2.はじめての会話
かたまっていた。
木を避け私の方へ足を踏み出した少年は私を見て目を見開き、かたまっていた。
それを見てはじめて、私は私がどんな姿をしているのだろうかと気になった。
「・・・・・・・・・」
少年が無言なのをいいことに、私は私を見ようと意識を向ける。
目がなくても周囲10メートルがわかるのだから意識を向けさえすれば、自分自身の姿もわかるのではないだろうか、と。その予想は合っていたようで私は私の姿を認識できた。
そして私もかたまってしまった。
これはなんていうか・・・、うん。
何もなくても生き物であるとは思っていたのだが、どうやらそれは間違えだったようで。
「・・・・・・・・・ひかりのたま?」
少年が呆然としたままつぶやいた。
そしてそれはそのまま、私の姿の事――つまり私は光の玉なのである。
私は地面から50センチくらい離れた位置に浮いている人ひとりの頭くらいの大きさの球体で、うすく光っている。
間に障害物があり少し距離があいていたにも関わらず、なぜ少年が私に気付いたのかが不思議だったのだが、それはつまり、日が沈み辺りが暗くなってきたにも関わらず明るく光っている何か――私に気付いたからだったのだ。
まさか私は生き物ですらなかったとは。
さすがにちょっとショックである。
それは置いといて、とりあえずこの状態をどうしよう。
少年はつぶやいたその口をひらいたまま、かたまっている。
私は安全だよ!と伝えたいが残念ながら私には口がない。
口がない、しかしそこでふと思った。
口はないが、そういえば光の玉で感覚器官っぽいものが何もないのに周囲の状態がわかるのだから、口がなくても伝えられるのではないだろうか。
「・・・・・・ヴヴヴヴヴン(あやしい光の玉じゃないよ!」
「・・・ッ!?」
残念ながら言葉は出ずに、一昔前の夜中に響く冷蔵庫のモーター音のような低い音が出た。
少年は顔をひきつらせて一歩後ずさる。
言葉にならなかったのだから仕方ないが、少年を怖がらせてしまったようだ。
こまった。
一歩踏み出してもいいが、そうしたら間違いなく少年はもう一歩下がるかそのまま逃げ出すかするだろう。
それはそれで構わない気もするが、すでに日は完全に落ち空に月はなく、私と少年の周辺は私の光に照らされて明るいが、それ以外の場所は真っ暗である。
眠らないと称される街ならば(別の意味で危険だが)ともかく、ここは森であるのだし、私の感知できる範囲にはいないようだが、熊や犬などの飢えた獣がいつ少年を襲っても不思議ではない。
こんな小さな少年がそれで命を落とす事になったら寝覚めが悪そうだ。私に睡眠が必要なのかどうかはわからないけれど。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
解決策が見当たらないので困ったなぁと少年を見る。
少年はこわばった顔で私を見る。
そのままの状態で何時間が経ったのか。実際は数分も経っていないかもしれないが、長く感じる。
「・・・なにもしないの?」
こわばった表情のまま、しかしずっとそうしていても仕方ないと思ったのか、少年が私に問いかける。
どう見ても生き物ではない私との会話を試みるとは、なかなかの肝の持ち主である。
「・・・ヴヴヴン(しないよ!」
伝わらないのはわかっているが、とりあえず言葉は通じているというアピールの為にも声・・・というか音を出してみる。
返事がかえってくる――言葉が通じた事に驚いたのか少年はもう一度驚いた顔になり、そしてほっとしたようにその場に座り込んだ。
私が言うのも何だが、今のやりとりだけで安心するとか、少し不用心すぎるのではないだろうかこの少年。
何度も言うが、私は人間どころか生き物ですらなく、怪しい音を出す浮いてる光の玉である。
怪しさというか、不気味さ満点。
それなのに・・・、この少年の将来が心配だ。何かで騙されたりしそうである。
「・・・・・・っくしゅ」
そんな事を考えていると、少年が小さくくしゃみをした。
寒いのだろうか。
私自身は暑くも寒くも感じないのだが、それは私が生き物でないからだろう。
くしゃみをした少年は手を合わせて温めるようにさすっているから、やはり寒いのかもしれない。
今がどんな季節であるかはわからないが、寒いと風邪をひく・・・くらいで済めばいいのだが場合によっては寒さによる体温低下でそのまま死んでしまったりする事もある。
この少年が死んだところで私には何もないのだが、なんとなく、本当になんとなくだけれどこの少年を死なせたくない。
そう思った時、少年が不思議そうに私を見上げてきた。
なんだろうかと私も少年に注意を向ける。
「・・・あったかい?」
そう言って私に手をのばす。
少年のまさかの行動と言葉に私は動けない。
少年の手は私に触れる触れないかの位置でとまり、その表情がうれしそうにかがやく。
「・・・あたたかい」
どうやら光の玉である私が発熱をしているようで、寒かった少年の暖となれたようだ。
仕組みはよくわからないが、寒くなくなったのであれば、私は嬉しい。
これで少年は凍死しなくて済む。よかった。万歳。
☆ ☆ ☆
私で暖をとる少年はしばらくは私に手をかざしていたが、何かを思い出したように腰につけたポーチから硬そうなパンのようなものを2個取り出すと1個を私に差し出した。
「・・・たべる?」
少年が首を傾げて聞いてくるのだが、口がないので食べれるかどうかわからないし、そもそもお腹も減ってはいない。
その事を伝えようにも伝え方がわからない。
どう伝えればいいのだろうかと考えていたら、少年は何かに気が付いたようにもう一度口をひらいた。
「たべる、たべない、へんじしてね」
少年の意図に気付いて感心する。
頭いいな少年!
「たべる?」
私にそう聞き、ゆっくり10数えるくらいの間を開け、少年はもう一度、別の言葉を口にする。
「たべない?」
「・・・ヴヴン(たべない!」
「わかった」
少年はうなずいて、食べたくなったらいつでも言ってと言い、ポーチにパンを1個しまい、もう1個を口にくわえてもぐもぐしはじめた。
携帯食なのだろうか。乾パンに見えるが、それよりも硬そうである。
時々、水筒(と思われる筒)に口をつけて口内をうるおし、そしてまた食べかけのパンをくわえてもぐもぐと食べる。
なんだろう。少年のその様子を見ているととても心があたたかくなる。
少年が食べ終わるまで私は心をほくほくとさせながらずっと少年を見ていた。
☆ ☆ ☆
身体があたたまり、食事を終えて心に余裕ができたのか、少年は私の方に少し近づくとまじまじと私を見てきた。
そして私を触ろうとしたのか手をのばし・・・失敗した。
少年の腕は私の体を突き抜けて、反対側から出てきたのだ。
「もしかして、おばけなの?」
私の中を突き抜けた手をグーパーさせて、少年は私に聞いてくる。
もちろん私にはわからないし答えられないのだが、少年も答えが返ってくる事は期待していなかったようで、私の体に触れないどころか素通りしてしまう自分の手を面白そうに見ている。
そして私は私で、なるほど生き物ではなく霊魂だったのかと、それなら浮いてても光の玉でもおかしくないなと納得していた。
しばらく面白そうに私の体をすり抜ける手を少年は見ていたが、それをやめて真面目な顔で私を見た。
「おばけさんは、ホティタのまちをしってる?」
もちろん知らない。
が、知ってても知らなくてもどちらでもいいのか少年は続ける。
「ははうえといっしょにホティタのまちにあそびにきたの」
母親の事を母上と呼んでいるということは、この少年はやはり良い家柄のおぼっちゃんのようだ。
以下、少年の話をまとめるとこういう事だそうだ。
少年は母親と一緒にホティタと呼ばれる街にある別荘へ遊びに来た(父親は仕事で忙しいらしい)のだが、買い物をしているうちに母親や護衛とはぐれてしまったので別荘へと戻ろうとしたら、途中で何者かに襲われ、必死に逃げているうちにいつの間にかこの森の中にいたのだという。
「ははうえもワーズもしんぱいしてるから、かえらないと・・・」
そう言いながらもここがどこで、どちらへ行けば街へ行けるのかもわからず、さらに言えばいつ街の中で襲いかかった者たちと出くわさないとも限らない。
大きな緑色の目に涙をため、それでも泣かないとこらえるのは少年が男の子だからであろうか。
その様子に私としては少年をよしよしとなぐさめてやりたいが、手がないので無理である。
少年を街へ・・・母親の元へと返してやりたいが、ここがどこだかわかっていないのは私も同じなので、どうにもできない。
私にできるのは少年が凍えないように少年に寄り添う事だけである。
私から少年に近づいたのがわかったのか、少年はなぐさめてくれるの?ありがとうと言い少しだけ笑う。
その笑顔に少しだけ救われた気持ちになった私は、だからこそより強く、少年を無事に母親の元へ送りたいと思った。
すると少年が驚いたように声をあげる。
私はいつの間にか少年の肩の上で卵ほどのサイズになって浮いていた。
「これ、ちず?」
手を前に伸ばし何かつかおうとするが何もつかめず宙を掻く。
不思議そうに目をきょろきょろさせ、私には見えない何かを一生懸命見ていた。
≪地図って何の事だろう。大丈夫かな≫
そう思った時、少年がハッとして私を見る。
「いまの、おばけさん?」
そう聞かれても何が何だかわからない。
地図とやらの事だろうか。それとも何か別の事だろうか。
「いま、ちずって何の事だろう。だいじょうぶかな、って聞こえたの」
おばけさんの声じゃないの?と視線でそう少年は問いかけてくる。
私には音は出せても声は出ない。そして、声を出そうとは思っていなかった。
驚いた。私の意識が少年に一部であっても伝わったという事に驚いた。
≪もしかして、意思が伝わっているのだろうか≫
少し考えて少年に意識を向けてそう思うと、少年はぱっと顔を明るくさせる。
「おばけさんのこえ、きこえてるよ!」
先ほどより明るい声で言い、少年はにこにこと笑う。
よくわからないが、私は少年と意思の疎通ができるようになったらしい。
よくわからない事だらけではあるが、私と少年のはじめての会話は、私にとっても少年にとっても喜ばしい事であったのは確かである。