9.王都に到着
途中、一度だけ盗賊に襲われはしたが、その後は何事もなく順調に街道を進んでいった。
その間、ミィは私に王都シアータがどういう場所であるのか、ミィの父親である国王がどれだけすごい人なのか、その王を守る近衛騎士たちの強さや恰好良さ。そう言ったものを私に聞かせてくれた。
目をキラキラさせて語るミィは可愛らしく、エリザベータはにこにことして聞いていた。私にも顔があったのならば、きっとエリザベータと同じように、にこにことして聞いていた事だろうと思う。
そうこうしている間に、馬車がカタンと止まる。
どうしたのかと外へ意識を向ければ、そこには高い石造りの門があった。
その門の前に兵士が3人並んでおり、ワーズがその中の1人と話をしている。
関所か何かだろうかと考えるが、その門の向こうを探るとそこには道も確かにあったがそれだけではない。数々の店が並び、人々がにぎやかに通る、街があった。
≪ミィ、街に着いたようだ≫
私が伝えるとミィは目を輝かせ、そのままそれをエリザベータへと伝えた。
エリザベータはまあと微笑み、「王都へついたのね」と頷いていた。
なるほど、ここが王都シアータなのか。
私はさらに門の向こう――街の奥へと意識を向ける。
何人かの兵士が走って門の内側に並び、それを見た街の人や商人が道を開けて何事だろうかと門へと視線を向けていた。
「殿下、エリザベータ様。城へと向かいますので、国民へ挨拶をお願いします」
兵士と話し終わったらしいワーズがミィとエリザベータにそう告げると、二人はわかったと頷く。
ミィに私はどうしたらいいかと聞くと、ホタルはそのままで大丈夫だよと良い笑顔で言ってくれた。
さすが私のミィだ。今日も可愛く良い子である。
しかし、私はウィルオウィスプ。亡霊で無敵に近いと言われているモンスターだ。
何も知らない者が私を見れば恐怖するだろう。ミィやエリザベータを心配して、私を排除する為に攻撃を仕掛けてくる者もいるかもしれない。
どうしたらいいだろうかと少し考え、ミィの胸についているブローチに気がついて、ひらめいた。
≪ミィ、そのブローチに入ってもいいだろうか≫
大きさが自由になるのだし、そもそも亡霊というだけあって物をすり抜けてしまう身体を持っているのだ。ブローチならば光っても問題ないし、私を知らない人々を怖がらせる事無く、ミィの側に常に在る事ができる。
そう言うと、ミィは最初は不思議そうな、そして少しずつ難しい顔になっていったが、エリザベータにその顔の理由を聞かれると、エリザベータに何もしらずに喧嘩になってしまったら嫌でしょう? と言われ、しぶしぶとではあるが、了承したのだ。
そんなミィの様子にエリザベータは微笑み、私に向かって「ミィは本当にホタルさんの事が好きなのね」と言い、ミィが「もちろんだよ!」と答えていたのは、とても嬉しい出来事だった。
☆ ☆ ☆
馬車が門をくぐり、ミィとエリザベータの家――城へと続く道に乗ると、わあっと歓声が上がった。
意識を向ければ、兵士だけではなく、たくさんの人。
その誰もが笑顔で、エリザベータとミィに視線を送っている。
きっと良い国であり、良い王なのだろう。
だからこそ、その伴侶であるエリザベータとその息子であるミィは人々に歓迎されているのに違いない。
「ただいま!」
そんな人々に向かって、ミィはにこにこと手を振りながらそう言い、エリザベータも反対側の窓から笑顔で手をふっている。
私はなるべく弱めに光る様に気を付けながら、ブローチの中に納まっていた。今の私はブローチ! ミィを飾る装飾品なのだ。
カラカラと街道を走っていた時よりもゆっくりと道を進み、30分ほどかけて城門へとたどり着いた。
その間ずっと笑顔で手を振り続けていたミィとエリザベータは、疲れた様子も見せずににこにこと嬉しそうに笑っている。きっと歓迎された事が嬉しかったのだろう。もちろん、二人が慕われている事は、私にとっても嬉しい事だ。
こういう時、私にも人のように顔があれば一緒に喜ぶことができるのにと思う。
「殿下、エリザベータ様。着きましたよ」
にこにことしている二人にワーズはそう言うと、ミィのブローチの中にいる私にへと視線を向けた。
「ホタル殿、お願いがあります。陛下や大臣たちへ私やエリザベータ様が紹介するまで、そのままで居てもらいたいのです」
その言葉にミィが反応するが、ワーズとエリザベータがそれを説得し始める。
たしかに、ウィルオウィスプの私が何の説明もなくミィの肩に乗っていたら……というか、さっき王都へ入る時に言った言葉にミィは納得していなかったのか。
ワーズとエリザベータが必死に説得するも、ミィは譲ろうとしない。
≪ミィ、困らせてはいけないよ。私はミィの側にいられるのならどこであろうと構わない≫
私の言葉にミィが「でも」と言いかけるので、それを遮って言葉をつづけた。
≪ミィは優しいね。その優しさは愛すべき部分であり、とても好ましく思っている。だが、私は無駄な争いはしたくない。私がウィルオウィスプであるのは事実であり、ミィが説明する前に私がミィの側に……見える位置に居ては、最初のワーズのように私を排除しようとする者が必ず出るだろう≫
ミィは年齢の割にとても賢い子だ。それ以上は言わなくてもわかるだろう。
事実、ミィは私の言葉に唇を噛み、恨めしげに私を――ミィの胸元に光るブローチを見下ろしている。
両手をギュッと握り、悔しそうな顔で、私を見ていた。
その様子に、ワーズとエリザベータは私がミィを説得しているとわかったのだろう。
ミィへ言葉をかけるのを止め、二人はミィを静かに見守っている。
「ぼくがちちうえやみんなをせっとくできたら、ホタルはいつも通りにぼくといられる?」
泣き出しそうな声だったがミィは男の子である。気付かないふりをして、私はもちろんと答えた。
わかったとミィは頷き顔を上げ、ワーズとエリザベータを見上げて宣言した。
「ぼく、ホタルといっしょに歩けるようにがんばってちちうえをせっとくする!」
そして私たちは帰還の報告と、私――少し変わったウィルオウィスプの存在を報告する為に、玉座の間へと向かうのだ。