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秘密の隠し場所

楽しく読んでいただけたら幸いです

 私の手には恐ろしい感触が残っていた。


 恋人を殺めてしまった感触だ。


 何気ない会話をしていたはずなのに、どこからか歯車は狂い出して、そのまま崩壊してしまった。ドンっという歯車がかち合った音がしたと思ったら、その音は私が恋人を殺めた音だった。


 何で殺めたかは覚えていない。ただ、感触は確かにあったのだ。


 気がつけば、倒れている恋人がいた。頭から血を流していることから、たぶん鈍器のような物で殴ってしまったようであるが、肝心の凶器は見当たらない。


 私はいったい何で恋人を殺めてしまったのか?


 まあいい。


 問題はこの死体をどうするべきかということだ。


 だが、私の心は落ち着いている。


 もちろん、愛しい者を殺めてしまったことには心が傷つき、張り裂けそうと誓ってもいい。次にこんな愛しい者が私の前に現れてくれるのはいつになることだろうか。


 こんな機械人形のような私を好いてくれる女性はそうはいない。


 もし、次にそんな女性が現れるなら、もっと大切にしなければならない。


 私は恋人が流した血を丹念に拭いた。


 先ほどまでこの血が、恋人の中で流れていたかと思うと、色々と感慨深い。何気なく、血だまりを指でなぞり、そっと血を舐めてみる。


 口の中に血の味、鉄の味が広がった。だが、その味は私が想像していた愛しい者の味ではなく、指を切った際に自分で舐める血の味と何一つ変わらなかった。


 おかしい…… 本当なら、愛しい者の味がすると思ったのだが、それがしないとは……


 つまり、この女性は愛しい者ではなかったということなのだろうか?


 今となってはそれもわからない。


 恋人だったものは人形のように床に倒れている。もう、何度も口づけを交わした口で、私にとっての愛しい者だったのかということも教えてはくれない。


 私の頬を涙が流れた。なんの涙だろうか?


 恋人を殺めてしまった悲しみの涙なのか。それとも、もう愛しい者だったのか語ってはくれないことに対する悲観の涙なのか。


 この答えは永遠に出ないだろう。この答えは自分で探すしかない。


 さて、死体を片付けなければ。


 もう一度言うが私の心は落ち着いている。


 それは誰にも見つかることのない秘密の隠し場所があるからだ。これまでも私は都合の悪いものはそこに幾度となく捨ててきた。点数の悪い答案、嫌いなピーマン、いじめっ子、そして――


 いや、そんなものは今はどうだっていい。


 捨ててきたものだ。思い返すのも馬鹿馬鹿しい。


 そして、この元恋人も思い出となり、いつしか馬鹿馬鹿しいこととなるのだろう。


 私は、床を拭き終わると部屋の中にある程度の大きさの式を書くためのスペースを確保するために乱雑

する部屋を片付け始めた。


 狭い部屋だからスペースを確保するのも一苦労だ。


 外を見ると、真っ赤な夕焼けが見える。


 美しい。


 そう思えた。


 恋人を殺めたのに、夕焼けを美しいと思える私は果たして機械人形のような者なのか。もしかすると、美しいと感じることのできるプログラムをされた機械人形なのかもしれない。


 何を馬鹿なことを考えているのか。


 今は部屋の片付けることに集中しろ。


 それから、五分ほどして式を書くためのスペースができた。


 私は何本ものペンを使い時間を掛けて式を書きあげた。


 いつ頃だったか。私は奇妙な本と出会い、隠し場所へと通じる穴を呼ぶことができるようになった。


 それは奇妙な穴だった。


 私の呼び声に導かれるように現れて、捨てたいものを捨てると自然に消える。便利だが、唯それだけだった。人の前で呼んだことのない。私だけの秘密の隠し場所だ。


 私は穴を呼ぶための呪文を唱えた。


 日本語ではない。かと言って、英語でもない。そんな、呪文を口にする。言葉というよりは音。それも太古から人知れず、伝えられていたような気さえする。なぜ、その呪文を私が口にできるかは忘れた。


 重要なのは私が穴を呼ぶことができることだ。


 詠唱により目の前の空間に揺らぎが起きる。


 穴の出現である。


 穴は入れるものによって大きさを変える。今回、私が呼び出した穴はテレビと同等の大きさのものだ。小柄な恋人の死体を入れるには十分だ。


 私は穴に向かってゆっくりと死体を入れる。重力を感じさせないが、不思議なことに穴自体が入れるものを吸い込んでいくような感覚さえある。


 死体が穴の中へ消えると、穴も役割を果たして消えていく。その際、綺麗な燐光を発する。あまりにも綺麗で気づけば、それに見とれている。


 燐光が儚くも消えていく。


 さあ、くよくよしてはいられない。


 私は答えを見つけださなければならない。


 あのとき流した涙の答えを見つけださなけれらばならないのだから。


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