首飾り 1
春の日差しが暖かい。
私は日向に座って、帯を仕立てていた。
思わず欠伸をした、その時。
「………!………!」
かすかに聞こえた怒鳴り声に、私は首をかしげた。
この睡蓮宮は、王宮とは一本の渡り廊下で繋がっていて、その反対側は池に面している。
私が今いるのは池に面している部屋。怒鳴り声は、どうやら渡り廊下から聞こえるようだから、そうとう大声を出しているらしい。
私は、様子を見に行くことにした。
声のするほうに行くと、ツェン姉様とメイリア様がいた。
第4王女であるメイリア様の母君は、正妃様に次いで高い地位を持っている。彼女自身もいつも人に囲まれている。
今も、彼女の後ろには、わらわらと取り巻きがいた。
「ここの者が持っているのを見たと聞いたのよ!いいから中を見せなさい!」
一体なんの話だろう。
メイリア様や取り巻き達が興奮しているのに対し、ツェン姉様は冷静だった。
「そう言われましても、私の侍女が人の物を盗むなど、あり得ないことです。首飾りを見たという方は、何か勘違いをしていらっしゃるのでは?」
…だんだん状況が分かってきた。ようするに、メイリア様の首飾りが消えて、それを探しているうちに"ここの侍女が持っているのを見た"と誰かに言われたらしい。
メイリア様は、ますます苛立った様子で掌に扇を打ち付ける。
「確かめないと分からないわ!」
私がどうしようかと迷っていると、ツェン姉様が小さく溜め息をついた。
「…分かりました。では、中をお見せしましょう」
――はい!?
そう来るとは思わなかった。
「ただし、私の侍女に立ち会っていただきます」
いつの間にか出てきていたシェイザが、優雅に一礼する。
メイリア様はまだ不満そうだったけど、とりあえずは勘弁してあげるわ、という顔で取り巻きを引き連れて睡蓮宮の中に入っていった。
柱の陰にいた私には気付かなかったらしい。
「ツェン姉様」
「あら、いたの?」
1人残ったツェン姉様に声を掛けると、驚かれてしまった。
「声が聞こえたので。…それよりも、良かったんですか?」
見られてまずい物は無いにしても、あまり見られたくないような物はあるかも知れない。そう言うと、大丈夫よ、と返された。
「ここに来た時に、人に見られたくない物はしっかり隠すようにって言われたでしょう?」
「え、はい。…もしかして、こういう騒ぎが前にもあったんですか!?」
「どこの派閥にも属していないと、そういうこともあるわ」
そういうものなのか。そもそも、派閥を作るような人々とは関わりがなかったので知らなかった。
「ちなみに、どの部屋にも小さな隠し扉があるから」
何故。
私がぽかんとした顔になったので、ツェン姉様は説明を付け加えた。
「少し前に、皆でこっそり作ったの。素人がしたことだから、ごく簡単な物だけど」
…ここの人達は、よく分からない。
しばらくして、メイリア様達が出てきた。何も見付からなかったせいで、先程よりさらに機嫌が悪い。
ツェン姉様を見た途端、ずかずかと近寄ってくる。
「ここにはなかったわ。一体どこに隠したのよ」
まだ言うか。
ツェン姉様も、さすがに呆れ顔になった。
「ここで見付からなかったのなら、私にはどこにあるのかは分かりません。やはり、ここの者が持っていた、という話は何かの間違いでしょう」
「………」
メイリア様は、まだ疑っているようだったものの、とりあえずは引き下がることにしたらしい。ぷいと背を向けると、取り巻きと共に去っていった。
それを見送ったツェン姉様がぽつりと言う。
「…私達も少し探してみましょうか」
その言葉に私は驚いたけど、すぐに納得した。
「…まだ疑われてますもんね」
こうして、私達はメイリア様の首飾りを探すことになった。
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