朝の日課
チチチ、と鳥の鳴き声が聞こえる。
「んー」
寝台で目を覚ました私は、のびをして起き上がった。
私がツェン姉様に引き取られてから、はや数日。離宮の新しい部屋にも、だんだん慣れてきたところだ。
ちなみに、この離宮は"睡蓮宮"と呼ばれている。大きな池が近くにあって、そこの睡蓮から取った名前らしい。
私の朝は、ツェン姉様の寝室に行くことから始まる。
いくら侍女という立場が対外的なものでも、何もしないでお世話になるのは居心地が悪い。
そこで、ほかの侍女達に交ざって働くことにした私は、ツェン姉様の身支度のお世話を引き受けている。
「おはようございます、ツェン姉様」
「おはよう、ミシュナ」
寝室に入ると、すでにツェン姉様は着がえていた。これは毎朝のこと。
ツェン姉様は自分のことは大体は自分でやってしまう。だから、私がする事は実は少ない。
髪を結うのを手伝うぐらいだ。
「今日はどの簪にしますか?」
「そうね…」
少し考えてから、ツェン姉様は小さな花飾りがいくつか付いた簪を選んだ。
緩く波打つ茶色の髪を飾り紐でまとめて、受け取った簪を挿す。
「ありがとう」
「いいえ」
そのまま離れようとした途端、さっと袖を掴まれる。
――来た。
私の背中を冷や汗が流れた。
「………」
「………」
無言で見詰め合う私達。ツェン姉様の背後の鏡には、引き攣った笑顔の私が映っている。
「ミシュナ」
「は、はい」
次に来る言葉は、もう分かっている。
「髪、結わせてくれない?」
――やっぱり!
「嫌です、あんな派手な髪型」
「趣味が悪い派手さはなかったでしょう?」
「嫌なものは嫌です!」
毎朝繰り返している遣り取りを、今日もまた繰り返す。
最初の日、うっかり承諾してしまったのは失敗だった。あの時は、どこの正妃かというほど簪や歩揺で飾り立てられ、頭は重いわ恥ずかしいわで散々な目にあった。
それ以来、毎回断っているのに、ツェン姉様は懲りた様子がない。
「せっかく綺麗な銀髪なのに」
「侍女が主よりも派手だったらおかしいでしょう!」
「今だけよ」
「今だけでも無理です」
ツェン姉様が諦めるまでひたすら拒否するのが、最近の私の日課になっている。
ようやく部屋から出てきた私は、ここの侍女の取りまとめ役であるシェイザという女性に行き合った。
「お疲れ様です」
労われてしまった。私の顔を見て何があったのかを察したらしい。
「私が来る前から、ああだったんですか?」
「はい、誰だろうと構わず髪を結おうとなさっておりました…」
「そ、そうですか」
「ですから、身支度のお世話を引き受けていただいて、皆感謝しております」
確かに、私がツェン姉様の世話係である限り、ほかの侍女が被害に遭うことはないだろう。
…ああ、なんだか生贄になった気がしてきた。
こうして、私の朝は過ぎて行く。