始まり 3
ツェンニャ様に連れられて、私の居室に戻ると、アイリャ達が飛び出してきた。
「姫様!」
ミンに飛び付かれて、慌てて支える。隣でくすくすと笑う声がした。
「あ」
ミンが恥ずかしそうに離れる。
私は改めてツェンニャ様に向き直ると、丁寧に膝を折った。
「助けていただき、ありがとうございました。今後はツェンニャ様に誠心誠意お仕えさせていただきます」
もともと、彼女と私では、同じ王女でもその地位には差があった。ましてや、もはや王女ではなくなった私にとって、主となったツェンニャ様に膝を折るのは当然だった。ところが、
「"侍女"というのは対外的なものよ」
ひょい、と屈んだツェンニャ様は私と視線を合わせてそう言った。
「あなたは私の妹。王女であろうとなかろうと、それは変わらない」
「ツェンニャ様…」
――どう返せばいいのかしら。
そう思いながら名を呼ぶと、悲しそうに眉を下げられてしまう。
「…もう、昔みたいには呼んでくれないの?」
「…!」
「それとも、忘れてしまった?」
「…っ、いいえ…!」
忘れるわけがない。あんな大切な思い出を、忘れられるわけがない。
もう一度、あの頃のように呼んでもいいのだろうか。
「…ツェン姉様」
小さな声でそう呼ぶと、彼女――ツェン姉様は、明るく笑った。
「これからよろしくね、ミシュナ」
ツェン姉様が暮らしているのは、王宮の中に数多くある離宮の1つで、侍女共々引き取ってもらった私も、今日からそちらに移ることになった。
4人とも大した物は持っていない。そんなわけで、引っ越しはすぐに終わった。
ここがミシュナ様のお部屋です、と教えてもらったのはそれほど大きいわけではないが随分立派なもので、私は目を丸くした。
「ここは使用人が使う部屋なのですが…」
案内してくれた侍女がすまなそうに言うのを聞いて、私はますます驚く。
――こんなに立派な部屋が使用人のためだなんて。
私がこれまで使っていた部屋よりもよほどいい。
「素敵な部屋ですね。気に入りました」
「ようございました」
私が感想を言うと、ほっとしたような返事が返ってきた。
部屋に入って荷物を片付ける。大した量ではないので手伝いは断った。
今日から、ここが私の部屋。新しい居場所。
私は、ひっそりと微笑んだ。
シリアスは一旦終了。次から日常話です。