始まり 1
私はミシュナ。
この国に大勢いる王女の1人――だった。
今は違う。
私は罪人の娘。その証拠に、私を見ている人々の目は冷たい。
玉座に座る王は、私の処分を告げようとしていた――。
事の始まりは昨日の朝。いいえ、本当はもっと前から始まっていたのだけど、事が発覚したのは昨日の朝だった。
その日、いつものように起き出した私は、困り顔の侍女を見付けた。
「どうしたの?」
「あ…、姫様…」
その侍女――メイという名で、16の私より少し年上――は、言葉を選ぶように口籠もった。
「その…」
「何?」
「リーシャ様が、いらっしゃらないのです」
そう言って彼女は、母様の寝室を指し示す。
「母様が?お散歩かしら」
何気無く寝室を覗いた私は、事態の深刻さに気付いた。
部屋が片付きすぎている。
物がまったくないのだ。
さらに室内を見回した私は、卓に置かれた文を見付けた。
「これ…、文よね」
「そうですね」
見れば分かることをわざわざ口にしたのは、不安になったからだ。
私達は恐る恐る文を開いてみた。
「え…」
「そんな!」
メイが思わず叫んだのも無理はない。その文は"ここにはもういたくない。私は恋人の元に行く"という内容だった。
「………」
最初に思ったのは、どうやって王宮を抜け出したのかしら、ということだった。
その次は、何も言わずに置き去りだなんて、お母様はやっぱり私のことが嫌いなのね、ということだった。
そのあと、ようやく私は気付いた。妃の姦通と逃亡。――これは大罪だ。捕まれば恋人共々斬首。それに――、大罪の責は身内にも及ぶ。
「ひ、姫様…!」
同じ事に気付いたらしいメイが真っ青になった。
「…大丈夫。あなた達には責が及ばないようにするから」
メイを落ち着かせようとそう言うと、彼女はぶんぶんと首を振った。
「それでは、姫様だけが罰を受けることになります!」
「私は仕方ないわ。娘だもの」
「だめです!」
「メイ…」
押し問答をしていると、後ろから声が掛かる。
「姫様、どうかなさいました?メイも、一体何事です」
振り向くと、アイリャがいた。その後ろには、ミンもいる。アイリャとその娘・メイ、そしてアイリャに育てられた孤児のミン。この3人が私達母娘に仕える侍女だ。
この一角の住人が揃ったのを見て、私は微笑んだ。
「ちょうど良かった。話し合わないといけないことがあるの」
私とメイが事態の説明をすると、あとから来た2人は唖然とした。
「いつの間に恋人など…。しかも、誰にも気付かれず抜け出してしまうなんて…」
ミンが、信じられないというように溜め息をつく。
「警備が甘かったのでしょうけど、問題はそこじゃないわ」
私が言うと、アイリャが後を引き取る。
「ええ、問題は連座ですね」
「そう。私は間違いなく身分を剥奪される。良くて追放、悪ければ幽閉かしら。でも、あなた達が罰を受けないように頼むことはできる」
「で、ですが…!」
「これ以上は無理よ、メイ。私自身はどうにもならない」
「………」
「…衛士に知らせなくては」
呻くようにアイリャが言った。
「そうね。隠蔽の罪まで被る必要はないわ」
私は、そう返事をして、立ち上がった。