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ミシュナ  作者:
18/19

子猫 5

お久しぶりです。


ちょっと長くなりました…。

気付けば、7歳ぐらいの少年とスーラ様を、抱き寄せていた。


いつの間にか、辿り着いていたらしい。怒りのせいか、記憶が曖昧だ。


と、目の前にいる数人の侍女を見て、意識を切り替える。


「なんなの、あなた。どいてちょうだい」


中心にいた背の高い侍女が、高圧的な言葉をぶつけてくる。でも、


「どきません」


不思議なぐらい、冷静に2人の年少者を背中に庇うことができた。


「この猫は、スーラ様が探していらっしゃった猫です」


「それは間違いよ。その猫は、主のものよ」


「ご自分の猫を間違うわけないでしょう」


冷静に、と心の中で唱えつつ答える。


「実際、スーラ姫は勘違いをなさっているのだから、仕方ないでしょう」


…まだ言い張るのか。


「…自分の主の猫を、池に沈めるのですか?」


誰がどう考えてもおかしいところを指摘すると、彼女達は目を見張った。聞いていたとは思っていなかったらしい。


「い、池に沈めるとは誰も「言ったよ!」


幼い王子が、私の背後から叫ぶ。


「だ、そうですが」


「…うるさい!」


――ぱん、と音がして、頬に痛みが走った。スーラ様が微かに悲鳴を上げる。


とうとう我慢できなくなった背の高い侍女に、頬を叩かれたらしい。


――ずいぶん短絡的な…。


思わず呆れた私に、相手はますます苛立った顔になった。


「…っ!何よ…!」


もう一度手を振り上げた彼女に、私が身構えたその時。


人影が、目の前に立ち塞がった。


「私の侍女に、狼藉は許しません」


強い口調でそう言った人影――ツェン姉様は、相手の手を扇で払う。


「ツェンニャ姫!?」


身分の高い姫の登場に青褪める侍女達に、ツェン姉様はきつい声を放った。


「スーラ様とセルデ様に対する無礼と、私の侍女に対する乱暴の理由を、説明してくれないかしら?」


長身の侍女は慌てたように口を開いた。


「そ、それは、スーラ姫が、不思議なことをおっしゃるものですから…」


「だからと言って、無礼な態度をとる必要はないでしょう?」


強い瞳で見据えられた彼女は、ひくりと喉を鳴らす。


「それに、私の侍女が叩かれる理由もない」


「そ、それは、つい苛立ってしまって「何よりも」


おろおろと口を開いた相手の言葉を遮り、ツェン姉様は、扇を突き付けた。


「他人のものを奪い、平気で相手を傷付けるなど、人として問題があるわ」


「ですから、これはっ…」


「あなた方の主の猫であるなら、その証拠を見せなさい」


彼女達は、完全に顔色をなくして黙ってしまった。状況は不利になったし、ツェン姉様の気迫は凄まじい。…自業自得だとは言え、ちょっと同情する。


と、私達の争いに怯えたらしい子猫が、小さくみい、と鳴いた。スーラ様がはっとした顔になる。


「カル!」


カルと呼ばれた猫は、王子――セルデ様と言うみたいだ――の腕から抜け出し、スーラ様に飛びついた。


「あ!…っ」


長身の侍女が慌てて伸ばしてきた手を、思わずはたき落としてしまった私に、ツェン姉様がにっこりと笑いかけてくる。


「その意気よ、ミシュナ」


「はい!」


「胆が据わってますね」


他の3人と一緒に遅れて駆け寄ってきたリアンが、釣られて笑顔になった私を見て、呆れていた。


「さて、あの猫はカルと言う名のようだけど、あなた方の主の猫はなんと言う名前なの?」


にっこりと笑ったツェン姉様は綺麗だったけれど、――とても、怖かった。






「本当に、ありがとうございました」


スーラ様が一礼し、その後ろで赤毛の侍女も頭を下げる。


「いいえ、私はほとんど何もしていません。お礼ならば、セルデ様に」


2人は素直に頷き、セルデ様に向き直った。


「ありがとうございました」


「猫は大丈夫ですか?」


スーラ様より少し年上らしいセルデ様は、にこにこと笑う。


「大丈夫です」


異母兄に釣られてにこにこと答えるスーラ様に、私は思わず顔が綻んだ。


「ああ、それと、私の侍女もですね」


「はい」


――綻んだ。綻んでいたのだけれど、ツェン姉様が続けた言葉に口元が引き攣るのを止められなかった。


身分の

高い相手に頭を下げられることには、慣れていない。


そんな私に気付かない2人は、こちらを向く。


「助けてくださって、ありがとうございました」


「い、いいえ。当然のことをしたまでですから」


予想以上に丁寧な言い方をされて、声が裏返りそうになった。


私にできるのは、スーラ様達の後ろで面白そうに笑っているツェン姉様を、こっそり睨むことだけだった。






あれから数日が経った。


件の侍女達は、あまりにも非礼を重ねてしまったので、後宮を辞めたらしい。彼女達の主だったとある方も、監督不行き届きである、と、注意を受けたとのこと。


そして、この睡蓮宮にも変化が起きた。


「こんにちは、ツェンニャお姉様、セルデお兄様」


「いらっしゃい」


「こんにちは」


今回の件で、すっかりツェン姉様に懐いたスーラ様は、あれ以来、よく遊びに来るようになった。


セルデ様に至っては、毎日ように遊びに来ている。リアンによれば、セルデ様の母君は、次男であるセルデ様のことにはどうやら関心がないとのことなので、それが原因の1つかもしれない。


とりあえず、ここにいる間は楽しそうなので、ツェン姉様は口出しをするつもりはないらしい。…今のところは。そのうち何かやらかすのでは、と言うのが、私達侍女の認識だ。


いつの間にか、睡蓮宮はますます賑やかになった。と、同時になかなか忙しくなってしまった気もするけれど。


「ミシュナ、お茶とお菓子を出してちょうだい」


「はい」


でも、こんな生活もいいと、私は思っている。

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