子猫 4
ちょっと嫌な話です。
次の日。私とリアンは、ツェン姉様に付いて、昨日猫を見失った所に来ていた。
「ここで見失ったのね?」
「はい」
「そうです」
「やっぱり、こっちに行った可能性が高いわね」
ツェン姉様が指差した先には、とある妃の居室がある。
「なんでですか?」
「すぐに帰ることができそうな距離にいながら帰ってこない。と言うことは、帰ってこれない状況になっているんじゃないかと思ったの。…アイラ様とスーラ様を疎む方は少なくないから」
「つまり、嫌がらせのために猫が捕らえられた、と?」
「そう言えば、陛下は最近、アイラ様の所へいらっしゃることが多いと聞きましたね…」
「そういうこと。こちらの妃は、これまでにもアイラ様に嫌がらせをしてたことがあるの。言い方は悪いけど、一番疑わしいのよ。と言っても、今回は関係ない可能性も十分にあるけど」
「証拠は何もない、と…」
「何か、ほかに手掛かりがあればいいんですけど」
残念ながら、そんな都合がいいものがあるわけもなく。
結局、ひとまずはここを中心に子猫を探すことにして、私はほかの侍女を呼びに行った。
ミンとセリファと一緒にツェン姉様の下へ向かう途中、見覚えのある赤毛の女性に呼び止められる。
よく見ると、スーラ様が伴っていた侍女の1人だった。酷く焦った顔をしている。
「姫様をご存じありませんか?」
「私は存じ上げませんけど…。2人は?」
「私もです」
「私も存じません」
「………」
私達の返事を聞いて泣きそうになった彼女を宥めて話を聞くと、スーラ様が侍女達が話をしているのを聞いてしまった、とのこと。その内容が悪かった。
ツェン姉様と同じように、嫌がらせの可能性に気付いた侍女が、同僚に自分の考えを打ち明けた。侍女達は話し合いに熱が入ってしまい、結果、スーラ様が聞いていたことに気付くのが遅れた。
彼女達が気付いた時にはすでに遅く、スーラ様は真っ青な顔で飛び出していってしまったと言う。
「…分かりました。とりあえず、一緒に来ていただけますか?」
言いたいことはあったけれど、ツェン姉様への報告を優先するとにした。彼女達の迂闊さを責めている間に、スーラ様が何かやらかす――じゃない、困ったことになるかも知れない。
私達は、早足で歩き出した。
「なんですって?」
ツェン姉様が片眉を跳ね上げた。赤毛の侍女は縮こまる。
「………。では、まずはスーラ様を探しに」
行きましょう、とでも言おうとしたらしいツェン姉様は、不意に言葉を途切れさせた。
「何か、聞こえなかった?」
「え?」
慌てて耳を澄ませると、確かに何人かが言い争っているようだった。――その中に、猫の鳴き声が混じっている。
「…!」
全員が鳴き声を聞き取ったらしく、揃って目を見開く。
「行きましょう!」
走り出したツェン姉様に続いて、睡蓮宮の侍女4人も即座に地面を蹴る。私達が揃って裾をたくし上げているのを見て、赤毛の侍女が目を丸くしたのがちらりと視界に入ったけれど、構っている暇はなかった。こうでもしないと、誰よりも豪快にたくし上げているツェン姉様に置いていかれる。
声の方に近付くと、どうやら少年――後宮にいるということはどこかの王子――と数人の大人が言い争っているらしいと分かった。
「――だよ!」
「――、―――!」
「でも―――!」
「いいえ!――!」
私達が声の出所を探していると、一際大きい少年の声が響いた。
「だって、確かに聞こえた!猫を池に沈めるって!」
とんでもない内容に、足が止まりそうになる。しかも、
「やめて!私の猫よ!返して!」
スーラ様の声まで聞こえてきた。
「まあ、スーラ殿下。何か勘違いをなさっているのでは?」
「これは、私達の主の猫です」
おそらくは侍女なのだろう大人達の声には、悪意が籠もっていた。
「勘違いじゃないわ」
気丈に返したスーラ様は、けれど声を震わせている。その声を聞いた途端、込み上げてきたのは――、頭が真っ白になるぐらいの怒り、だった。