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ミシュナ  作者:
14/19

子猫 1

ある日の朝、ツェン姉様の許に文が届けられた。


相手が遣わした侍女が文を渡すと、ツェン姉様は中身を読んで首をかしげた。不思議そうな顔で返事を書き、不思議そうな顔で遣いの侍女に渡している。


「そんなに不思議な内容だったんですか?」


侍女が去った後、私がそう訊ねると、ツェン姉様はなんとも言えない顔になった。


「相談したい事があるから睡蓮宮に行ってもいいか、という内容だったんだけどね、ほとんど関わりがない方だったの」


「それはまた、謎ですね…」


身近な人ではなく、関わりのない相手にしたい相談事とは一体なんだろう。


「ところで、その方のお名前は?」


「スーラ様よ」


――えーっと。


「ど、どんな方でしたっけ?」


「………」


呆れ顔をされた。


言い訳をさせて貰うなら、後宮の住人は多すぎて、全ての名前を覚えることは到底できない。とは言え、ツェン姉様の表情からすると、私でも知っていなければおかしい名前らしい。


「…アイラ様の御息女よ」


「ああ、あの方の」


儚げな佳人として知られている側室の名前を聞いて、ようやくスーラ様について思い出す。


「確か、8歳でしたね」


「そうよ。行事でお見かけするぐらいなんだけど、一体どうなさったのかしら」


「うーん…」


私達は、揃って首をひねった。






昼下がり。スーラ様が訪ねてきた。


「急な訪問をお許し頂き、ありがとうございます」


あどけない声で丁寧に挨拶した小さな王女の姿に、私達は思わず顔を綻ばせた。ツェン姉様もにこりと笑う。


「私は特に用事もございませんから。…ところで、ご相談とは?」


本題に入ると、スーラ様はおずおずと口を開いた。


「あの…」


「はい」


「わたしの猫が、あ、白くて小さな猫なんですけど…」


「ええ」


「いなくなってしまったんです」


「まあ。それはいつのことですか?」


しょんぼりとしてしまった彼女に、ツェン姉様は優しく続きを促す。


「5日前です。いつはお散歩に行っても、お腹が空くと帰ってくるのに、ずっと帰ってこないんです。きっと迷子になっちゃったんです」


私達睡蓮宮の侍女は、こっそりと顔を見合わせた。


飼っている猫がいなくなってしまって大人に助けを求める、というのは分かる。でも、どうしてツェン姉様を相談相手に選んだのだろう。


「お話はよく分かりました。確かに心配ですね。ですが…、どうして私に相談を?」


同じ事を考えていたらしいツェン姉様はそう訊ねた。


「ご、ごめんなさい。やっぱり迷惑でしたか…?」


「いいえ、そうではありませんよ。ただ、私などより頼りになる方は、大勢いらっしゃるでしょう?」


「でも、ツェンニャ様は、前になくなった首飾りを探し出したって聞きました!」


――はい!?


思いがけない理由に、私はうっかり声を出しそうになり、慌てて堪えた。


「その話はどちらで?」


ツェン姉様も一瞬固まったものの、すぐに冷静な声を出した。流石と言うかなんと言うか。


「侍女達が言ってました。とても素早い解決だったって」


…私は、後宮における噂の伝わり方を見くびっていたらしい。


よく考えれば、後宮は基本的に暇な人間が多い。噂話は、大事な娯楽ということだ。


「そうなのですか。ですが、その話には、欠けている事実があります」


ツェン姉様の声に余裕が戻った。と言うか、なんだか楽しそうだ。


…嫌な予感がする。


「あの時、確かに私は首飾りを探し当てました。ですが、解決に貢献したのは私だけではないのです」


「そうなんですか!?」


わくわくした表情で身を乗り出したスーラ様。それに応じて、楽しそうに笑うツェン姉様。


――この流れって、もしかして…。


そっと下がろうとしたのに、それを察知したらしいツェン姉様が、私の腕をがしりと掴む。


「彼女の言葉があったからこそ、あの騒ぎを素早く解決できました」


「すごいですね!」


曇りのない笑顔が眩しい。


私は、腕を掴まれて逃げることができないまま、とりあえず愛想笑いをした。

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