V-009 体の秘密
フレイヤの実家は農園なんだろうが、農園って何だろう?……って感じが頭の中で繰り返している。
野菜は良いだろう。穀物も……。だが、カモに良く似た家禽や2周りほど大きなウサギの飼育は農園なんだろうか?
そして喉が渇いたからと取って食べた、鈴なりになっているリンゴに似た果物だって、果樹がずっと続いているぞ。
多角経営なんだろうな。
自動機械が、取り入れや、水遣りをやっている。農園自体は4km四方の大きさらしい。
そんな自動機械の動きを、レイバンがモトクロスバイクに乗って見ている。腰にはフレイヤの贈ったハンティングナイフを下げているぞ。
ログハウス風の家に戻る時、今度は同じようにバイクに乗ったソフィーに出会った。長い釣竿のようなムチと、ダックスフンドのような犬を使ってカモを操ってる。
「家の手伝いをしっかりしてるんだね」
「私もやったわよ。結構楽しかったわ」
そう言って俺の腕に自分の腕を絡ませてきた。
ムチを振りながらカモを操るフレイヤの姿は想像できるけど、アレクならば自動機械の方を担当したんだろうか?
リビングに戻ると、シエラさんとイゾルデさんが俺達を迎えてくれる。
ソファーに腰を下ろすと、シエラさんが席を立って、皆にアイスコーヒーを運んできてくれた。
「レイバンも手伝ってるのね」
「おかげで、私達は暇になってしまったわ。アレクが早く孫を作ってくれればいいのだけれど……」
そう言って、イゾルデさんがフレイヤを見てるけど、『貴方でもいいのよ』って目で言ってるな。
「ちゃんと伝えとくわ。でも、相手が騎士となるとね」
「騎士の血筋は維持させないとね」
獣機には誰もが乗れるのだが、戦機には誰もが乗れる訳ではない。
脳波に特定のパターンを持つ者だけが戦機を操れる。それは突然変異で生まれたものかも知れないが、出現率は10万人に1人らしい。
だが、その特定パターンを持つ騎士同士の子供であれば、出現率は10人に1人の割合で出現するとのことだ。
そういう意味で、騎士が複数の妻を持つことは珍しくないらしい。
顔を赤くしながら、『まだまだ先よ……』ってフレイヤが言っているのも、その思いがある事は知っているという事だろう。
フレイヤはその脳波を持たないらしいが、遺伝子は持っている。生まれた子供は、一般人よりも遥かに高い出現率で特定パターンを持つという事だろう。
だけど、俺は騎士らしいがそんな脳波を持ってるなんて船医から聞いた事も無いぞ。
動かしてるのは、戦機ではなくて戦姫だからな。
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農園の暮らしは、ある意味自然と一体となった暮らしだ。
日の出と共に働き始め、日暮で一日が終る。
美味しい食事を楽しみながら、皆で1日を振り返る。
ランドシップでは考えられないような、のんびりとした暮らしだ。
この暮らしを手に入れて直ぐにレイトスさんが亡くなったのは残念な限りだが、この農園があったから子供達を育てていけたんだろう。
自然を相手にして小さい頃から農園を手伝っていたから、責任感の強い人間に育ったようだ。
アレクは普段はあんなだけど、拾われた俺に色々と教えてくれたし、あの2人の女性達だってアレクの性格に惹かれたに違いない。
フレイヤが何時も俺を連れまわすのも、たぶん放って置けないと思ってのことに違いない。
そんなある日。
何時ものように、フレイヤと農園を散策しているとソフィーが急いでカモを移動していた。
しきりに空を見ている。
「ファルコ? まだこの辺にいたのね」
「やばいのか?」
フレイヤが手をかざして上空を探ってる。
「大型のワシよ。翼長が3mもあるの。家禽は諦めるとしても、ソフィーや私達が危ないわ」
レイバンは自動機械が守ってくれるそうだ。
となると、ソフィーは誰が守るんだ?
「一応、バイクにショットガンは積んであるはずだけど……」
「ちょっと心許ないな。フレイヤも拳銃は持ってるんだろ?」
フレイヤが頷くとソフィーに向かって走り出した。
その後を俺も追い掛ける。
拳銃ではちょっと心許ないが、無いよりはましだろう。それに、ソフィーだって心強いに違いない。
俺達に気が付いて、ソフィーもこっちに向かってバイクを走らせてくる。
あと数百m位に俺達が近づいた時、大空から真直ぐにソフィーに向かって突進する黒い物体を俺達は目にする。
「ソフィー!」
フライヤの叫びが、俺の意識が途切れる前に聞いた最後の言葉だった。
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体が動かない。誰かが乗っていたかのように体に重い……。
目を開けているはずだが、何かで覆われているようで何も見えないぞ。
かすかに香水の匂いがするが、これはドミニクの香水に似たものだ……。
「……何処で、この子を拾ったの?」
「荒野でよ。それで、何もしなかったでしょうね?」
「少しは、私の研究に協力してもらったけど? タダなんだから、それ位は良いでしょう。それに誰にも内緒にしておくんだから。これを発表したら学会はどうなるのかしら……。たぶん信じないでしょうね。でも、貴方達が彼の子供を得るのは私が協力せざる得ないわ」
2人の女性が俺の近くで話している。
1人は間違いなくドミニクだが、もう1人の声は始めて聞く声だな。
「これを見て。どうやって手に入れたかは話して上げられないけど、彼の体液よ。血液は採取できなかったわ。そしてこれが拡大画像」
ドミニクが息を呑む声が聞こえた。
「これって!……ありえないわ。これはまるで……」
「マイクロメカトロニクス。更に拡大すると、こうなるの。ナノマシンに似ているけれども更に小さいわ。私達の世界でこれを作れるものなど存在しない」
「ナノマシンは、うちのドワーフ達が使ってるぐらいだから、ありふれた技術ではないの?」
「この画像を見れば違いが分るわ。左が戦機に使われているナノマシンよ。現代科学が生んだ最小のナノマシンで、重量の2倍のプラチナで取引されているわ。そして、右が彼のナノマシン……どう? 私が興味を持つのも理解出来るでしょう?」
「この事は……」
「貴方の母親よ。誰にも言うものですか! でも、たまに訪ねてくれると嬉しいわ。そして、この子はもう少し預かっておくわよ」
「また私達と旅が出来るんでしょう?」
「たぶんね。かなり元に戻ってるわ。数日で復帰するでしょう。そしたら連絡するから引取りに来なさい」
「お願いよ。今ちょっと手が離せないから、代わりの者を迎いにだすわ」
そして、扉が閉まる音がした。
ここは、少なくともフレイヤの実家では無さそうだ。
会話から類推すると、ドミニクの母親の家らしいが、その母親は医者なのだろうか?
確か、最後に見た光景はダイブしてくる大鷲の姿だった気がする。
その後の記憶が無いというのおかしな話だ。
そんな事を考えていると段々と意識が遠のいていく。
『マスター……』
『アリスか?』
『良かった。通常モードで次元歪曲移動を行ないましたから、心配していました。戦闘モードに移行して行なってください。通常モードでの動きは人間の動きとさほど代わりませんから体の負荷が大きすぎます』
『俺は、人間ではないのか?』
『人間ですよ。でも、この世界の人間とは少し異なります。限りなく私に近い存在ですが、私は作られた存在です。でも、マスターは人から生まれた存在なのです』
『2つ、疑問がある。1つはアリスと俺の存在理由。もう1つは俺達はこのままで良いのだろうか?』
『最初の疑問ですが、私達は他の惑星探査を目的で作られています。100体ほど作られましたが私が最後のモデルです。マスターは作られた訳ではありません。何らかの原因で体に変調が起きた為に、その臓器や構造体を順次置き換えた形跡があります。最終的には今の体に落着いたと考えられますが、通常モードでは他の人間と区別することは不可能です。
次の疑問ですが、問題は無いと思われます。
私と似た戦姫と呼ばれる存在もいるようです。そしてマスターは人間と変わりません』
俺は自分を人間だと思っている。
だが、体がかなり違っているようだ。
どうやら微少機械の複合体が俺のようだ。
だが、ちょっと待てよ……。
ヴィオラの船医が俺を診察してくれた筈だ。
その時には何も言ってはいなかったぞ。
『通常モードでは、マスターを構成する微少機械は人間の各臓器や構造体に擬態しています。通常の検査では区別することは不可能です。今回は次元歪曲移動を行なったために一時的に戦闘モードに体が変化しました。そして、ドミニクの母親は生体工学の権威者のようです』
やはり医者だったようだ。
それにしても……、俺の存在がそのような存在だったとはな。
体をいじられた記憶が遠くにあるのはそんな理由だったのかも知れないな。
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そんなある日。
俺の上半身が起こされて、目を被っていた包帯が解かれていく。
部屋の中は薄暗い。そして俺のベッドの直ぐ脇にドミニクとよく似た顔をした女性が椅子に座っていた。
「どう? すっかり普通の人間のバイタル反応に戻ったわ」
「はあ……。そう言われても、良く理解出来ないんですが」
俺の言葉を無視して、俺の目を小さなライトを使ってみている。
そして、口を開けさせると舌を出すように言った。
口の奥まで覗いて、1人で頷いている。
「どうやら、戻ったようね。急に体を動かしたから、体に無理な負荷が掛かって倒れたってことにしておくわ。騎士の中にはそんな連中もいるようだから信用はしてくれるでしょう。
夕方には貴方を迎えに来るはずだから、それまで私と一緒よ。
私はカテリナよ。ドミニクの母親だから、お母さんって呼んでも良いわ」
「カテリナさんですね。色々とご迷惑をお掛けしました」
俺の言葉にちょっと残念そうな顔色なったけど、直ぐにそれは治まった。
部屋の端に行くとコーヒーを作っているようだ。部屋に香りが広がってくる。
コーヒーのマグカップを両手に1つずつ運んで来て、俺に1つを渡してくれた。
甘いコーヒーは俺好みだな。
だいぶ寝ていたような気がするからコーヒーが体に染み渡るようだ。
「後で、食事を用意するわ。あれから10日も経っているからお腹も空いているでしょう?」
「そんなに寝てたんですか? ちょっと電話を貸してもらえませんか?フレイヤが心配してると思いますから」
「だいじょうぶ。こっちから連絡してあるわ。夕方には迎えに来るはずよ。少し早いけど、新しいラウンドシップに向かうのね」
集合は一月後だから残りは10日あるのだが、別にする当ては無いから早めに新しいヴィオレを眺めるのも良さそうだな。
俺達はコーヒーを飲みながら、世間話をして過ごすことになった。