V-008 農園には婦人が2人
クルーズ船のクルーが手を振る姿を見ながらタラップを降りる。
タクシー乗り場に歩いて、ポールのボタンを押すと直ぐに車?がやってくる。近くに待機してたんだろうか?
「すっかり日焼けしたわね。サングラスの跡が残ってるわよ」
「フレイヤだってそうだぞ。10日間は長すぎたと思う。どう考えても2回は脱皮した感じだ」
そんな事を言いながらも、タクシーにフレイヤを乗せて、大きなバッグを詰め込んで俺も乗り込んだ。
「N52W64のヘイムダルにお願い」
フレイヤの言葉を聞いて、無人タクシーはスイっと浮かぶと滑空するように走り出した。
「距離があるから、2時間は掛かるかもね。連絡はしてあるから歓迎してくれるそうよ」
「俺が行ったんでは迷惑じゃないのかな?」
「だいじょうぶ。皆喜ぶわよ」
そう言って俺に抱き付いて来た。
これから2時間と言う時間もあることだし……。
何時の間にか、無人タクシーは歓楽街を過ぎて、高速道路である地下を進んでいた。
かなりの速度を出している筈なのだが、反重力浮上の機体は全く振動を俺達に伝えなかった。
そして、再び地上に戻った時、フライヤが急いで身支度を始める。
何時の間にかそんな時間になったのだろうか?
周囲には疎らに建物があるだけだ。
「後、20分は掛からない筈よ。リオも服をちゃんとして!」
そう言って、俺のTシャツを渡してくれるのだが、それならちゃんと座っていれば良かったんじゃないかな?
更に俺達を乗せた無人タクシーは進んでいく。
既に周囲には建物が殆ど見えない。
たまに人家の明かりが見えるが、たちまち後方に流れていく。
そして、そんな人家の明かりの見える道端で突然速度を緩め、タクシーが停車した。
表示器に現れた金額をフレイヤがトレイに投げ込むと、バッグを持ってタクシーを降りる。
走り去るタクシーを眺めていたら、フレイヤに腕を掴まれた。
「あの家よ。ちょっと歩くけどね」
そう言って、左の石畳の小道を歩いて行く。
星明りのだけが頼りだが、石畳の周囲は草が生い茂っているのだろう。白く浮き立った小道がずっと奥の明かりを灯した家まで続いているのが分る。
5分ほど歩いたろうか? ログハウス風の建物の玄関は数段の階段が付いていた。
その階段を上って、玄関のチャイム鳴らす。
「何方ですか?」
「フレイヤよ。友人を連れて来たわ」
フレイヤの応えに、玄関の扉が開くと小学生位の男の子がフレイヤに飛びついてきた。
「お帰りなさい。みんな待ってるよ!」
「ただいま。……リオ、ここが私の家よ。さあ、入って頂戴」
早速、リビングに案内される。
リビング兼ダイニングルームという感じだな。結構な広さがある。木造の大きなテーブルは数人以上で食事が出来そうだ。その窓際にソファーを3つ配置したコーナーがあった。そこに俺達2人は向かった。
「よくお出でくださいました。フレイヤの母のイゾルデと妹のソフィー、それに弟のレイバンです。アレクからも連絡があったので何時来るかとずっとまってましたのよ」
そう言って、俺に握手を求めてきたので、軽くその手を握った。
「リオといいます。荒地でヴィオラ騎士団に保護されてから、アレクさんとフレイヤさんにはずっとお世話になってます」
そう挨拶したけど、フレイヤの姉のように見えるな。
高度に発展したバイオテクノロジーの恩恵で、寿命は200年、そして任意の年代に姿を変えられるとは聞いていたが……これ程とはな。
「さあ、座って。ソフィー、とりあえず冷たい物をお願い!」
姉の望みを聞いて、直ぐにソフィーが飲み物を用意してくれる。
「リオさんには、これが良いのでは?」
そう言って、イゾルデさんがジュースではなく、氷の入ったグラスに近くの棚から酒のビンを持ってきて注いでくれた。
自分の分も作ると互いにグラスを合わせる。
グイっと飲んだが結構強いぞ。
「ランドシップを変えなくちゃならないわ。リオが戦鬼を見つけたんで、今のダモス級だと乗せられないみたいなの。一月は掛かるみたいだから、10日程クルージングを楽しんできたわ。残り20日はここで厄介になるわね。兄さんは、来ないみたいよ」
「随分日焼けしてるからそんなことだと思ってたわ。まあ、アレクは仕方ないわ。貴方達は乗船までのんびりしていなさい。ところで、お腹はすいてないの?」
俺達は思わず顔を見合わせた。そういえば昼から食べていなかったぞ。
そんな俺達を見てイゾルデさんが簡単なサンドイッチを作ってくれた。
「ところで、リオさんの出身地は?」
「それが、よく思い出せないんです。荒地で長く彷徨っていたせいだろうと船医は言っていたのですが……」
「荒地のど真ん中で戦機に乗っていたから、最初は皆が驚いてたわ。戦機を見捨てるような騎士団はいないし、乗ってた戦機もちょっと小さめなの」
「私も、昔は戦機を操っていました。確かに、戦機と騎士は貴重ですからね……」
どうやら、フレイヤの母親も騎士団の一員だったらしい。しかも騎士とはね。アレクが騎士なのは血筋なんだろうな。
「でも、どの騎士団にも属さない戦機と騎士を同時に得られたなら、騎士団長は喜んだ筈ね。しかも、その騎士が戦鬼を見つけたなら……、かなり贅沢なクルージングだったんでしょうね」
そう言ってフレイヤに笑い掛けている。
俺達の行動を大まかに推察したみたいだな。
フレイヤが柄にも無く真っ赤になってるぞ。
「そうだ! ソフィーとレイバンにお土産があるのよ。……こっちが、ソフィーでこれがレイバンね。お母さんにはこれにしたわ」
そう言って、渡したものはソフィーにはビキニの水着だし、レイバンにはハンティングナイフだった。そしてお母さんにはドレスだけど……それってシースルーだぞ。
それでも、家族は喜んでいるところを見ると、俺の感性がこの世界と上手くマッチしていないのだろうか?
「ありがとう! 今度のパーティに着ていけるわ」
そんな恐ろしいことをイゾルデさんが言っていた。
夜も更けたところで、ソフィーが俺達を部屋に案内してくれた。
当然、一緒の部屋なんだが昔のフレイヤの部屋らしい。1人なのにベッドがクイーンサイズとはどんな寝相だったんだ?
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次の日は、朝早く目が覚めた。
窓から外を眺めると、ずっと先まで畑が続いているぞ。栽培してるのは、たまにサラダに乗ってくる野菜のようだな。
朝露に輝いて緑の絨毯のようにも見える。
気持ちの良い朝だな。
まだ夢の中のフレイヤを起こさないように、短パンにTシャツを着ると、ホルスターの付いたベルトを腰に付ける。小さな革のバッグも付いているからウェストポーチ代わりにも使える優れものだ。
サングラスを帽子の中に入れて手に持つと、そっと扉を開けて階段を降りていく。
「おはようございます」
「あら? もうお目覚めなの。自分の家だと思ってのんびりして欲しかったんだけど……」
そう言ってキッチンから振り返ったイゾルデさんは、慣れた手つきでポットからコーヒーをマグカップに注ぐとテーブルに置いた。
俺と同じような短パンにTシャツだけど、体の線が出てるからちょっと目の毒だな。
「座って待ってて頂戴。まだ、誰も起きないのよ。ホントに困ってしまうわ」
コーヒーにたっぷりと砂糖を入れると、一口飲んでみる。
中々良い豆を使ってるな。インスタントじゃないから香りも良い。
そんな事を考えてる俺の前に、同じようなマグカップと灰皿をもってイゾルデさんが座った。
短パンのベルトに付けたポーチからタバコとライターを取り出して、早速タバコを吸いだした。
「ここでは遠慮はいらないわ。夫のレイトスも大のタバコ好きだったのよ。10年程前に巨獣にやられてしまったけどね」
「それでは、遠慮なく」
そう言って、バッグからタバコを取り出して火を点ける。
朝の一服は格別だからな。
「まあ、アレクは男の子だから行ったきりになりそうだけど、女の子はちゃんと家に戻ってくるわね。でも、男の子を連れて来たのは初めてよ。そして、その銃には、見覚えがあるわ。先代の騎士団長の遺品よ。ドミニクが大切にしてるんでしょうけど、フレイヤのこともよろしくね」
そんな所に、もう1人の女性が入ってきた。
「おはよう……。あら、お客様?」
「フレイヤが連れてきたの。リオと言う名の騎士よ」
自分の家のようにマグカップにコーヒーを注ぐとイゾルデさんの隣に座る。
「それじゃあ、レイバンの兄と言うことになるのかしら? 始めまして。シエラインよ。シエラと呼んで頂戴!」
そう言って、おもしろそうに俺を見る。
どんな関係なんだ?
ひょっとして、イゾルデさんのお母さんって事じゃないだろうな?
いくら、バイオテクノロジーが発達した世界でも、これは問題だぞ。2人ともどう見たって20代中ばにしか見えないからな。
「そういえば古い記憶が定かでないってフレイヤが言ってたわね。私とシエラは共にレイトスの妻なのよ。上の3人が私の子供で、レイバンはシエラが生んだ子なの」
一夫多妻なのか?
それはまた良いところに来たものだが、そうなると養うのも大変なんだろうな。
「レイトスさんが亡くなって苦労したんでしょうね?」
「それなりにね。でも、騎士の収入はそれなりに多いのよ。騎士でなくともそれなりの収入は得られるわ。3人でこの農場を手に入れて、騎士団稼業から足を洗おうとした矢先の事だったわ」
「あの時はショックだったわね。私達の目の前で2機の戦機が大破したんだもの」
「ええ、どうにかランドシップは無事だったけど、獣機も8機が破壊されたわ」
「でもそれは過ぎた話。私達の騎士団はそれで解散したわ。残った騎士は他の騎士団に移ったの」
まだ巨獣とやりあった事は無いが、かなりヤバイ相手だという事なんだろうな。
「貴方も、巨獣と遣り合おうなんて考えないでね。牽制しながら逃げなさい。50mmライフル砲なんて、数十発も同じところに当てない限り倒すことなんて出来ないわよ」
シエラさんの言葉にイゾルデさんも頷いている。
結構ゴツイライフルだと思って見ていたんだけどね。
だとしたら、獣機が腰に下げている短銃身の30mm砲は全く意味をなさないってことになるぞ。
「まだ、巨獣自体を見たことが無いのでなんとも言えませんが、ご忠告は肝に刻んでおきます」
俺の言葉に2人は満足したような顔で頷いている。
一応心配してくれるんだな。
そんな所に、フレイヤの兄弟が起きてきた。
ハムエッグをパンに挟んで簡単な朝食を頂いていると、ようやくフレイヤが起きて来る。
俺の隣に座ると、早速朝食を頂きはじめた。
「今日は、家の農園を案内してあげるわ」
まるで、自分で農園を経営しているような口調で俺に告げる。
「ああ、農園ってのは始めてみるからね。でも、外は暑くなりそうだぞ」
「だいじょうぶよ。帽子を被っていればね。日差しは強いけど湿度が少ないの」
雨が少ないって事なんだろうな。
もっとも、この世界の科学力なら人工降雨ぐらいはやりそうだぞ。