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V-072 ドロシーとカンザス

 朝早くに、カテリナさんに叩き起こされた。

 眠い目で起きてきた俺達にエミーが濃いコーヒーを入れてくれる。


 「今日は、乗組員が乗船してくるわ。皆もちゃんとしてなきゃダメじゃない」

 「でも、何時からですか?……まだ、8時前ですよ」


 俺の言葉に、まだ眠そうなフレイヤ達がうんうんと頷いている。


 「乗船指示は出発の前日にしといたけど、時間は決めて無かったわ」

 

 ドミニクが小さく呟いた。


 「たぶん、五月雨的に乗船してくる筈だわ。どんな船か見たい筈だしね。その前に、大切な決め事が残ってたんじゃなくて?」

 「この船の名前ですか?」


 俺の言葉にカテリナさんがコーヒーを持ちながら頷く。


 「そんな話を最初の夜にしたわね。で、どんな名前にするの?」

 

 ドミニクが俺に尋ねると全員が俺を見たぞ。

 あれって、皆で決めようてことじゃなかったのか?


 「一応考えたけど……。中央電脳が『ドロシー』そして、この船の名前は『カンザス』だ」

 「意味があるの?」


 「『ドロシー』は童話の中の女の子の名前で、その子が住んでいた場所が『カンザス』ってことになるかな」

 「それって、神話でしょう?知ってる者は少ないわ。失われた神話の断片でその名前を見たことがあるわ」


 神話なのか? 低年齢の子供向けの話だったぞ。

 

 「『カンザス』か……。音感は良いわね。『ドロシー』も良い感じね。親しみが持てる名前だわ」


 ドミニクの言葉に皆が頷いてるって事は、これで良いのか?


 「領主の言葉ですから、誰も反対はしないわ。もちろん変な名前だったら、考え直すように仕向けるけど」


 カテリナさんがそう言って笑ってる。


 『中央電脳、自分の名前を認識しました。現在、自己認識中……。終了したようです。私と似た存在になる可能性があります』

 

 突然のアリスの言葉に皆が互いに顔を見合わせている。


 「ドロシー。聞こえるかしら?」

 『何でしょう。カテリナ博士?』


 アリスよりも幼い声だ。これはローザと良いコンビになりそうだな。


 「出港準備のチェックリストを作って欲しいんだけど?」

 『了解しました。ファイルにしてホルダーに入れておきます』


 「これで、能力が少し分るでしょう。レイドラ、早速ファイルを確認してみなさい」

 「あんな感じで指示出来るんですか?」


 フレイヤがカテリナさんに質問している。

 音声認識だとは思わなかったようだ。

 

 「キーボードもあるけど、さっきの方が便利でしょう。その為に、名前がいるみたいだったようね」


 本人もそこまで必要だとは思わなかったみたいだな。

 だけど、自己認識に必要なものは、自分を表す固定的な名前だと思うな。型式番号みたいなものはあるんだろうけど、それではねぇ……。

 

 「問題ありません。機関部、生活部、補修部それに運航部と火器管制部の5つにリストが分類されています。運航部のリストを確認しましたが、特に不足は見当たりませんでした」

 「優秀ってことなんでしょうね。各部のチーフが乗船してきたら、確認させて頂戴。フレイヤも火器をお願い」


 「ドロシー。確認したいんだが……。このカンザスをcm単位で位置制御を行う事は可能なのか?」

 『私であれば可能です。ブリッジ航法コンソールのジョイスティックで位置のズレを指示していただければ、それに合わせて制御します』

 

 という事は、ヴィオラ専用の桟橋に停泊出来るってことになるな。

 

 『指定リスト以外の乗船確認が隔壁の警備所から来ています』

 

 ドロシーの言葉と共にスクリーンが展開して、2人のネコ族の娘さんが現れた。

 

 「早速送ってきおったか! 兄様、姉様のメイドという事で王宮から派遣された者達じゃ。身元は王家が保証する。姉様を3年間世話してくれておったのじゃ」

 「今は降嫁した身ですから必要はないと言ったのですが、公爵夫人であれば必要だろうと……」


 押し切られたんだな。

 まあ、それだけ愛されているんだろう。それにローザもいるし、世間体を保つには必要なんだろうな。不足する場合は生活部から出して貰えば良い。


 「しょうがないわね。でも、確かに私達はがさつな連中ばかりだから、それをある程度矯正してもらえる存在が来てくれたと思えば良いわ。フレイヤ、迎えに行って頂戴」

 「これだけ大きくちゃ、あそこで通されても途方に暮れるわね。了解よ」


 そう言って、部屋を出て行った。

 

 「ところで、来るのは彼女達だけなんだろうね?」

 「後は大丈夫じゃ」

 

 「これで、あのメイドルームの住人が出来たわ。少しは公爵の館らしくなったわね」


 カテリナさんがそう言ってタバコを取り出した。

 ひょっとして、カテリナさんの差し金じゃないだろうな?

 

 「ところで、乗船してくる連中にレクチャーしないで良いのか? かなりヴィオラとは変わってるから説明は必要になると思うんだけど?」

 「この1フロア下の食堂に集めるわ。詰めれば100人以上は入ることが出来るから、私とドミニク達でレクチャーするから心配しないで良いわよ」


 『フレイヤ様から通信です』

 

 ドロシーの言葉が終るとスクリーンが開いてフレイヤの顔が映った。


 「隔壁の警備所に騎士団の連中が集まり始めたわ。順次、カンザスに乗せても良いかしら?」

 「そうして頂戴。エントランスにレイドラを送るわ」

 

 ドミニクの言葉にレイドラが立ち上がる。

 

 「エントランスで1フロア上階の食堂案内すれば良いですね。2人程、エントランスに残して乗船の確認をして貰います」


 そう言って、部屋を出て行く。

 

 「私とエミーでメイドを連れてきます。職場はこの部屋中心ですし、皆さんの顔も覚えて貰わないといけません」


 仲良く2人で出て行ったぞ。

 残ったのは、カテリナさんとドミニクに俺の3人だ。


 改めて、コーヒーカップを片付けて新しいカップにコーヒーを運んで来た。

 俺って、公爵なんだよな。

 メイドを付けて貰えるのは、ちょっと嬉しい気がする。


 ソファーに腰を下ろしてタバコに火を点けた。

 ちゃんと明日に出発できるか、不安になったきたぞ。


 「そうそう、これはリオ君の分よ」

 

 カテリナさんがバッグから小切手を取り出した。

 額面は……、2億L?


 「あのう……。何の分け前なんでしょう?それに額面のゼロが多すぎませんか?」

 「リオ君に貰ったものを分けてあげたの。そしたらそれをくれたわ。トリケラの足の代金よ。トリケラの筋肉は持続タイプだから通常の獣機の筋肉組織に使えるの。製作工房にある巨獣の筋肉組織は死んでからしばらく経った後だし、100年以上前のものだったらしいわ。

 いくら、バイオテクノロジーでクローン細胞を培養しても新鮮さが無い分、色々と弊害があったのよ。

 あの筋肉組織を確認した途端、その小切手を渡されたわ。そして、1機作るたびに100万Lが私に入ることになってるの」


 それって、ボロ儲けに近いんじゃないのかな?

 たぶんそんな事をして、ラボの運営をしてるんだろうけど……。

 

 「新しい獣機と武器もお金が掛かります。やはりこれは受取れません」

 「大丈夫。そっちはリオ君の血液で手に入れた資金を還元してあげる。かなり普及して来たわよ。全ての血液に適合する人工血液としてね」


 何となく納得したいような、したくないような話だな。

 だが、その研究が何から生まれたかを知りたい連中はいないだろう。マッドと思われていることを逆に利用している感じがする。

 でも俺はマッドそのものだと思ってるけどね。


 とりあえずありがたく頂いておこう。

 中継点の改造には資金が足りない位だからな。


 とんとんっと扉を叩いてエミー達が帰ってきた。

 彼女達の後から入ってきたネコ族の娘さんは、キャスター付きのバッグを引いてきた。

 扉の近くにバッグを置くと、俺達のところに歩いてきて頭を下げる。

 

 ショートカットの飴色の髪から茶色いネコ耳がピョンっと飛び出している。


 「ヒルダ様から仰せつかってきたにゃ。ライムにレイムにゃ。リオ公爵様達のお世話をするにゃ」

 「ありがとう。お願いするよ。それで……」


 「こっちにいらっしゃい。メイドルームに案内するわ」

 

 そう言ってカテリナさんが2人を連れて行く。

 この部屋と俺の執務室の間にメイドルームがあるらしい。

 カテリナさんの後に続いてミニバーの奥にある扉に入っていった。


 「気心が知れているメイドじゃから安心じゃ」

 「まさか、またライム達と一緒にいられるとは思いませんでした」


 そんな事を言ってソファーに腰を下ろした。

 元王女様だからな。何でも1人で行なうには時間が掛かるだろう。

 

 「これからよろしくお願いするにゃ!」


 改めて、メイドルックで出て来たライムさん達が俺達に頭を下げる。

 どう見ても俺達より年上の気がするぞ。

 黒いミニのワンピースに、白い襟のあるTシャツを着ている。定番のカチューシャは着けてないけど、あっても無くても良いような小さなエプロンを着けていた。

 足には白いソックスに黒のパンプスを履いている。

 それ程暑くないから、これでも良いのかも知れないけど、もうちょっとラフでも良いと思うな。


 「俺達はいつもこんな格好だから、合わせてくれるとありがたいな。俺達が正装する時はその格好でお願いするよ」

 「分ったにゃ。私服で良いって事にゃ」


 そう言って部屋に戻っていく。

 

 「確かに、あれでは浮いちゃうわよね」

 

 フレイヤがそう言って頷いている。

 そして、次に俺達の前に現れた時は、Tシャツにショートパンツ、そしてスニーカーだ。このままスポーツが出来そうだ。


 「その方がずっと良いよ。さっきの服装は年に何回かあるかないかだ。こっちこそ、よろしく」


 俺が座って頭を下げると、向うもしきりに頭を下げている。

 ちょっと戸惑ってるのかな?

 まあ、その辺は慣れて貰うしかあるまい。

 公爵になったばかりだし、そもそも庶民が急に公爵の生活を出来るわけが無い。


 『レイドラ様から連絡が入っています』

 「乗船人員の7割を超えています。


 「後2時間程で始められるわね。一旦、戻って来て」

 

 これで、しばらくすれば全員が揃うことになるな。

 だが、その前に食事を取りたいぞ。

 今朝から何も食べていないし、もうすぐ12時を回りそうだ。


 「カテリナさん。ちょっとお腹が空いたんですけど、この部屋に非常食は無いんですか?」

 「冷凍品が入っている筈よ。一応リストがあるから、タブレットで検索してライム達に解凍してもらいなさい。私はフルーツサンドにコーヒーで良いわ」


 早速タブレットで部屋の配置図を見つけて、冷凍庫の中身を調べてみる。

 結構色々入ってるぞ。夜食に食べるのも悪くは無さそうだ。


 タブレットを片手に皆が食事を考え始めた。そして、次々にリストの番号をライムさん達に告げると、お尻のポケットから小さなタブレットを取り出してそれを確認している。


 「了解にゃ。直ぐに準備するにゃ」


 中々元気なお姉さん達だな。


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