V-007 クルージングツアー
目が覚めると傍らの時計を見た。
時間は7時前だ。隣に寝ているフレイヤ起こさないようにベッドを抜け出ようとしたら、腰に腕を回された。
俺より先に起きていたようだ。
2人とも裸だからそのままバスルームに行ってシャワーを浴びる。
このままベッドに逆戻りしないようにしないとな。
そして、簡単に着替えをして、備え付けの袋に入れて置く。後部屋の掃除をしたときに回収して、クリーニングしてくれるとのことだ。
「朝食が楽しみね」
そんな事を言って備え付けのドレッサーの前に座った。
時間が掛かりそうなので、ベッド脇の扉を開いて外に出る。
バッグから携帯灰皿とタバコを出すと、ベンチに座ってのんびりと一服だ。
朝7時だと言うのに結構気温が高い。
それでも塩の香りを伴って沖合いから吹いてくる風は気持ちが良いものだ。
再び船室に戻った時には、フレイヤが最後の仕上げに髪を梳かしている時だった。
「さて、行きましょう」
そう言って、俺に腕を絡ませる。
ヴィオラではこんなことは出来ないからな。
食堂は2階にある。
階段を上って食堂に入ると、小さなテーブルが20個程並んでいる。そんなテーブルの上に部屋番号が振ってあるから、そこに座れば良い。
俺達のテーブルは正面より少し左にずれた場所にあった。
俺達が座ると同時に、朝食が運ばれる。
1つのトレイに全てが載っている感じだが、柔らかなパンはたぶん焼きたてなんだろうな。
ハムエッグに野菜サラダとジャムが朝食だ。パンは2個載っていたからこれで十分だな。そしてマグカップで出されたコーヒーも上等だ。
そして、食堂を去るときに銅貨を1枚トレイに載せておく。
食事が終って部屋に戻ると早速フレイヤが着替えだした。
今度は水着なんだけど、どう見ても布の少ないビキニなんだよな。俺の方はサーフパンツだけどね。
「それで良いの?」
「そうよ。この上にTシャツを羽織れば十分だわ。リオもこのTシャツね」
そう言って出してくれたのは模様は同じだが色違いだな。
備え付けの冷蔵庫からビール1本取り出して、2個のグラスに注ぐ。
『メリーエン号船長のヒルダです。ツアーの皆様、メリーエンをご利用頂き……』
船内放送から船長の挨拶が始まった。
そして、最後に船長の出航の合図が終ると同時に振動が伝わってくる。
どうやら、旧式のレシプロエンジンでスクリューを使って進む船らしい。
こんな懐古趣味丸出しだとすると、結構おもしろいツアーになりそうだ。
ゆっくりと岸壁を離れて、大型船を見上げながらメリーエン号が進む。
そして、港の防波堤を越えたとき、一気に速度が増した。
その加速に思わず身構えた時に、スイっと船体が浮上する。
水中翼船なのか?
海上の風景は変化にとぼしいから、何時しかソファーに座ってパンフレットを眺めていた。
それに簡単な船のイラストが書かれていた。
2つの船体の外側に客室があって、限定20室らしい。
船員は船体の内側と船尾に専用の部屋があるようだ。
ブリッジは3階にあり、エンジンはやはりレシプロエンジンだった。その代わり補助エンジンが水素タービンエンジンなんだからおもしろいな。
食堂は1階で2階にラウンジがある。ちょっとしたパーティがこの2つで行なわれるらしいのだが……。
「今夜が最初のパーティらしいわ。正装って事は、私はドレスでリオは騎士の正装になるわ。丁度良いわね」
「そうなると、夕食はどうなるんだ?」
「パーティが2000時から始まるわ。その前にちょっと摘めば良いでしょう」
「たっぷりと食べたいところだ」
そんな感じでツアーが始まった。
確かに3食昼寝つきだが、最終日まで都合4回もパーティがあったし、一緒に乗船していた貴族主催のパーティまである始末だ。
そして、島が近付くと船が水中に潜り始めた。
20m程の深さを堪能出来るのはすごいと思うぞ。
砂浜では皆でビーチバレーをしたし、水中呼吸器を付けてのダイビングも中々おもしろい。
問題は、ここが赤道に近い場所であることだ。
サンオイルをたっぷりと塗りたくっても、3日目には日焼けで真っ黒だ。
綺麗に焼くためのオイルをフレイヤが船内で購入してきたけど、ちょっと使うのが遅れた感じだな。
ビキニのラインが綺麗に残ってるから何時でも下着を着てるようにも見えるのがおもしろい。
「また、こんなツアーに参加したいな」
「そうね。でも、今度は少し事前に調べておくわ。こんなに焼けるとは思わなかったもの」
そんな話をジャグジーでしながら冷たいビールを飲む。
小さな島の入り江に停泊したメリーエンの窓からは、今正に夕日が沈もうとしていた。
今夜もパーティがあるのだ。
退屈はしないけど、船旅って本当はゆったり過ごすものじゃなかったのか?
「明日は港らしいから、今夜が最後のパーティね」
「何が出てくるのかな? 何時も驚かされるからな」
俺の正装は、黒いスラックスに黒のシャツだ。革のベルトには拳銃のホルスターがあるが、正装だから仕方が無い。黒の革靴にネクタイは赤。そのネクタイに1輪の花が刺繍されている。どうみてもスミレだ。まあ、ヴィオラ騎士団だからそうなのかもしれないけどね。
これにマントが付くんだが、今までは着るのは止めていた。
「最後だから、ちゃんと着るのよ。騎士がマントを着けないなんて、砂糖のないコーヒーみたいなものよ」
それは、飲みたくないぞ。コーヒーには砂糖が必要だ。苦いコーヒーなんて飲めないからな。
「だけど、この刺繍がねぇ……」
そう言って、マントを広げて背中の刺繍を眺める。
マントは絹のような光沢のある生地で、内側が赤で外側が黒だ。黒騎士みたいでかっこいいと思ってたのだが、背中の刺繍はスミレ畑だった。ご丁寧に妖精まで描かれている。ちょっと抵抗があるんだよな。
「中々のものよ。さすがドミニクの感性よね。ちゃんと剣も付けるのよ」
「分ったよ……」
背中に刀を背負ってマントを羽織る。
そんな俺の隣には、シースルーのピンクのドレスを着たフレイヤが寄り添うのだが……。しっかりと中のビキニが見えてるぞ。そして、そのビキニは今まで見た中で一番布が小さい。これが、フレイヤの正装なのか?
そんな俺達がパーティ会場に来て見ると、俺達の装いがまともに見える光景だった。
船長はビキニでドレスさえ着ていない。帽子で船長とかろうじて分る感じだし、他の女性達も似たり寄ったりの格好だ。
それに引換え、男達はちょっと中世じみた格好だな。
半数が武装しているし、俺と同じように剣を持っているものも数人いる。
「俺は12騎士団の1つ、レイドラル騎士団の騎士だ。その旗印、初めて見るぞ」
「ヴィオラ騎士団所属です。小さな騎士団ですから当然です」
そんなことから、俺達は世間話を始めた。
戦機が4つと言ったら、相手が驚いていた。レイドラル騎士団には戦機だけで10機いるらしい。2つの船で行動していると言っていたが、確かに大型船より小回りが効きそうだ。
「だが、ヴィオラ騎士団と言えば戦鬼を見つけたと聞いたが……」
「それを見つけたから、このツアーに参加できたようなものです。俺が見つけました」
見つけた本人と聞いて驚いてる。
そして、ニヤリと笑って頷いたところをみると、勝手に納得したみたいだな。
バッグからタバコを取り出すと俺に勧めてくれた。
ありがたく受取って火を点けてもらう。
「中々に運の良い奴だ。俺のところに欲しいところだが、小さな騎士団ではそれも叶うまい」
「小さな騎士団ですと?」
俺達のところに新たに1人が話しに加わってきた。
確か、貴族の跡取りだったな。俺にはどうでも良いような男だ。
「それでも、このツアーに参加できれば大したものです。それなりの値段がありますからね。王都の西を守る軍団を指揮しています。マクミリアンと言います」
「ごていねいに、恐れ入ります。ヴィオラ騎士団のリオと覚え置きください」
俺の挨拶が気に入ったのか、近くの娘を呼び寄せて俺達に酒を振舞ってくれる。
「ツアーではなく、私の持込です。どうですか?」
俺は思わず頷いた。今までとはまるで異なる味だ。コクがあるが、飲み口はさっぱりしている。
「限定100本と言う奴か?」
「分りますか? 実際には200作るのです。売るのは100本のみ。後は私のさけですな」
多角経営ってことだろうか? 軍団を指揮しながら酒造りとは……。貴族が楽に思えてきたぞ。
「それでも、私は武人であると自分では思っています。たとえ相手が人ではなく獣であってもです」
「確かに、獣が多くなってきたな。問題は、獣が集まると巨獣が来るという事だ」
「一応戦機を10機持っておりますから、何とかなるでしょう」
そう言って、俺達に自ら酒を注いでくれた。
「3カ国の王族会議で、巨獣討伐の褒賞を増やすと言っています。貴方達にも期待していますよ」
最後にそんな事を言って、他のテーブルに歩いて行く。
そんな貴族を2人で見詰めながら互いに顔を見合わせた。
明らかに俺達とは住む世界が異なるな。
俺達の鉱石採取に合わせて巨獣狩りを勧めているようだったが、戦機で巨獣を相手にするのは大変だぞ。
絶対に逃げろと強く教えられたからな。
夜も更けてきたところで、フレイヤを女性達の輪の中から連れ出して、自分達の船室へと戻っていく。
服を床に脱ぎ捨て、ジャグジーで体を洗うとベッドに倒れこむ。
これでこのツアーは終了だ。
すっかり波の音にも慣れたけれど、明日からはこんな波の上下を直接感じるようなベッドでは、しばらく眠ることは出来無いだろうな。
翌朝は、朝早く訪れたクリーニングの回収員にチップを弾んで礼服を綺麗にしてもらう。
テニスウエアを身に着けて、大型のバッグに荷物を詰め込んでいく。
「夕方には港に着くわ。そしたら直ぐに私の家よ」
「俺が行ってもだいじょうぶなのか?」
「問題ないわ。兄さんにも頼まれたしね」
そんな事を言いながら、荷物を詰め込んでいくと扉がコンコンと叩く音がする。
俺が扉を開けると、さっき頼んだ礼服のクリーニングが終ったようだ。綺麗に畳まれた礼服を受取って、持ってきてくれたネコ族の娘さんに銅貨を渡す。
ニコリと笑顔を見せて頭を下げると嬉しそうな足取りで帰って行く。
「こんなに早く出来るのか?」
「自動クリーニング機を使ってるのよ。ポイって入れればちゃんと畳まれて出てくるわ」
全く、とんでもなく科学が進んでるな。
フレイヤの家は農家らしいけど、どんな機械で耕作してるか想像も出来ない。
大型のトラクター位じゃ無さそうだ。