V-044 プライベートアイランドへのお誘い
中継点に到着する前に、カテリナさんが錠剤の入ったボトルを渡してくれた。
真っ赤な錠剤なのがちょっと不安だな。しかも300ccのボトルだから300錠は入ってるぞ。
「貴方に不足している物が入っているわ。他の人に渡しちゃダメよ。かなりの腹痛を引き起こすから」
「俺もそうなるんですか?」
不安気に聞くと、貴方は大丈夫と答えてくれた。
「ついでにこれも」と言いながら、銀のピルケースを渡してくれた。
「昔の私物だから、貴方にあげるわ」
「でも、高そうですよ」
「金貨10枚だったかしら。イグナッソスの足を貰えたから、それのご褒美ってことかな」
そう言って微笑んで俺を見ると部屋を出て行った。
当直が終ったフレイヤとレイドラが帰ってくるのを知ってるのかな?
改めてボトルを見ると、太い字で、『1日3回2錠ずつ』と手書きしてあった。
たぶん食事の後に飲めって事だろうな。
「アリス。この薬の分析が出来るか? カテリナさんは俺に必要なものだと言ってるけど、ちょっと怪しくないか?」
『1錠をテーブルに出してください』
俺がボトルの中から1錠を取出してテーブルに乗せると、まるで手品のように錠剤が消えた。
『分析終了しました。危険な無機物、有機物は存在しません。マスターのピコマシンを構築する元素が99%。残り1%は人間の脳に働く薬物ですが危険な薬剤ではありません。マスターの生活からピコマシンの流出がみられます。この薬剤はその流出を補う為にむしろ積極的に使用すべきと推測します』
害がないってことか。ならば飲むことにやぶさかではない。
早速、貰ったピルケースにばらばらとボトルから錠剤を入れて置く。ライター程の大きさだから20個程が入ると満杯になる。
残りは俺のバッグに入れて置けば良い。
朝食に出掛けて、帰りに待機所に出向くと、何時ものメンバーがコーヒーを飲んでいた。
「今頃朝食なのか? もう直、昼食じゃぞ」
確かに10時を過ぎてるな。
「カテリナさんから薬を貰ってきたんだ。俺専用とか言って渡してくれたんだけど……」
そう言って、ピルケースから2錠取り出してコーヒーで飲み込んだ。
「例の件じゃな。まあ、カテリナ博士が出してくれた薬なら安心じゃろう。ちゃんと服用するんじゃぞ」
「でも、真っ赤なのね。それと、リオにしては珍しい物を持ってるのね。ちょっと見せて!」
サンドラがテーブルに置いたピルケースを手にとって眺めてる。
「凄く繊細だわ。しかも、この重さ、銀ではなくてプラチナよ」
「カテリナさんがくれたんだ。イグナッソスの片足のお礼だって言ってた。昔手に入れたらしくて、金貨10枚だって」
アレクが驚いてサンドラの手元を見ている。
「まあ、生きの良い片足ってのは注文しても手には入らないだろうな。カテリナ博士がそれをくれてもおかしくはないか」
「まだ、我にはそこまで近くには寄れぬ。そのピルケースは女性の優秀な科学者に王家が送る物じゃ。後ろに番号がある筈じゃ。まだ2桁の筈じゃが……」
「W-014と刻まれてます。ってことは、ウエリントンの500年の歴史の中で14番目って事ですか? やはり凄い科学者なんですね」
色んな意味で凄いぞ。
でも、貰って良かったのかな?
「はい!」って返してくれたピルケースはやはり高級品だな。後で再度確認しておこう。
「もう直、中継点ね。今度は長期の休暇が貰えるんでしょう。リオはどうするの?」
「それはフレイヤ達が考えてくれます。ウエリントン王国の地理にも暗いですし」
「前回はクルージングだったんでしょう? 今回は私達が参加するつもりよ」
「あれは、水着の勝負ですね。船長もパーティはビキニに帽子だけだったんですよ」
「フレイヤが『水着は3着いるわ』って言ってたのはそう言うことね。了解よ」
サンドラの言葉にアレクが溜息をついている。まあ、諦めるんだな。
「我も一度王宮に戻ることになっておる。高速艇は2隻やって来るぞ」
確か、1隻に100人が乗れるって聞いたぞ。
1日で王都に着けるなら、だいぶ休暇を満喫出来そうだな。
部屋に帰ると、フレイヤとレイドラが紅茶を飲んでいた。俺を待っていたのかな。
2人の傍のスクリーンには既に中継点への入り口が開いているのが見える。
俺がソファーに座ろうとするのをフレイヤが立ち上がって制すると、俺をジャグジーへと連れて行く。レイドラと2人で俺の衣服を脱がせるとレイドラがジャグジーを指差した。
先に入った俺の隣に2人が入ってくる。
舷窓は開いたままだけど、外からは見えないんだよな。
レイドラの背中から抱くと、横からフレイヤが俺達を抱きしめる。
レイドラを背中から抱けば爪を立てられずに済む事にようやく気が付いた。
ジャグジーで戯れているとヴィオラが何時の間にかホールの専用桟橋へと横付けされる。
バージは拠点の外で切り離されたようだ。
どうせ、今日1日はすることがない。
ジャグジーからベッドに移って3人で寝転んでいると、ドミニクが部屋に入って来た。俺達を見るなりいきなり衣服を脱ぎ捨て俺に抱き着いてくる。
生身の身体なら持たないんじゃないか?
「王都での休暇なんだけど、王女様が専用のクルーズ船を出してくれるそうよ。プライベートアイランドでのんびり過ごすことになるわ」
「それって、幾ら掛かるの?」
「タダに決まってるでしょう。王都のホテルは予約されてるわ。着いたら、早速買い物よ。水着は3着以上。リオも2つは買いなさい。パーティは非公式だから正装しないでも問題なし」
「私達以外の参加者はいるの?」
「王女様の縁者を何人か呼ぶと聞いたわ。同世代じゃないかしら?」
となると、それほど荷物にならないな。前回のクルーズで買った服があるしね。
だけど、この3人は荷造りが大変なんだろうな。
高速艇は明日の昼には出発するらしい。
夕食後には慌しく荷造りを始めるのかと思っていたが、全て王都で買い込むようだ。
招待するからには一切の費用を王族が持つことが恒例らしい。
これを機会に色々と買い込む魂胆が目に見えるけど、それが慣例だというから、金持ちのすることは理解出来ないな。
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次の日。
俺とレイドラでフレイヤとドミニクを起こすと、衣服を着ける。
ドミニクとレイドラが戦闘服のままだったので、慌てて俺とフレイヤの服を上に着させて何とか恰好を整えた。
王都での買い物の困難さが思いやられるぞ。
どうにか高速艇に乗り込むと、王女様が前の席から俺達に手を振っている。俺達が軽く手を振るとにこりと微笑んで席に着いた。
高速艇での移動は退屈だな。フレイヤ達は座席のタブレットでファッションの特集を眺めている。3人で談笑しているところをみると買い物の作戦を立てているのだろうか?
俺はのんびりと色んな情報を見て楽しむことにした。
タブレットでの情報検索で王家の持つプライベートアイランドを見てみると、何と3つも持っている。
最大の島は大きさが100kmもあるぞ。小さくても20kmはある。
そして、その島を珊瑚礁が取り囲んでいる。
ダイビングや浜辺でゴロリも出来そうだな。
全てコテージ方式の宿になっていて、大きな食堂はダンスホールにも使えると書いてある。
そして、セキュリティは専用の部隊が駐屯しているとの事だ。
客の要求に応じて無い物は円盤機が運んできるシステムらしい。
これで、商売をしたらどれだけ客が来るだろうか、と考えるのは庶民の浅ましさだろうな。
ネコ族の娘さんがドリンクを運んでくれた。
旅客機みたいなサービスだな。たぶん夕食も期待出来そうだぞ。
楽しい浜辺の過ごし方なんていう特集を見ていると、夕食が運ばれてきた。
ナイフにフォークとスプーンを使う食事なんて、食堂でもあまり食べたことがないぞ。
ここは、フレイヤ達に恥をかかせないように上品に食べることに専念した。
食事が終るとコーヒーが出て来る。
有難く頂いた後は、座席を傾けて目を閉じる。
次に目を開けた時には、既に王都が真近に迫っていた。
流石に高速艇だけのことはあるようだ。
少し高度を上げたのは王都の摩天楼を避けるためなのだろう。
やがて、専用の離着陸港に到着すると、沢山の無人車が俺達を待っていた。
降りようとして、出口に向かったところで王女様が話し掛けてきた。
「明日は1200時に迎えを出すのじゃ。ゆっくりと10日間を過ごそうぞ」
「ありがとう。でもこんなにしてもらって良いのですか?」
「構わぬ。そち達のお蔭で戦姫を動かせるようになったのじゃ。我も感謝しておるが、一番感謝しておるのは父君じゃからな」
「ちゃんと起きるのだぞ」って言っている王女様に手を振って俺達は高速艇を降りて用意されたリムジン車のような無人車に乗り込んだ。
「さて、買い物を始めるわ。バッグ、衣服、水着、そして小物の順番で回るわよ」
フレイヤの言葉に俺達が頷いた。
ドミニクやレイドラは、こんな機会が無かったんだろうな。
全てフレイヤにお任せで済ませようと考えているみたいだ。それでも、その場になったら自分の主張を言うに違いない。
無人車が大きな建物の前に停車すると、俺達は車を降りてぞろぞろとフレイヤの後に付いて行く。
先ずはバッグだったな。
専門店に着くと、フレイヤが店員を呼んで形とサイズを告げる。そして色は……3人が対立してしまった。
結局俺が選んだオレンジに決まったけど、今後を考えるとかなり不安だ。
「このマークとイニシャルを入れてください」
最後に店員にフレイヤがメモ帳のようなものを見せてお願いしている。
この種の注文は結構あるらしく、2つ返事で店の奥へと店員が消えて行った。
俺としては値段が気になるところだ。
やがて店員が4個のバッグを運んできた。
硬質で蓋に大きくヴィオラの騎士団マークが入っている。その下にイニシャルが入ってるから間違うことは無さそうだ。
下にキャスターが付いてるし、伸びる取っ手もあるから、持ち運びは楽そうだな。
決済は、王家からカードを貰っていたようだ。
店員が慣れた手つきでカードを受取ると、手続きを済ませてカードをフレイヤに返却している。
「次は衣服だけど、この前と同じでスポーツ店に行くわ」
こうして、お店回りは夕方まで続くことになった。
最初にバッグを買い込んだのは正解だったな。
小さな防水ケースも手に入れたし、銀製のシガレットケースとライターも手に入れた。
これで、浜辺でのんびりタバコが楽しめそうだ。
夕食をホテルのレストランで終えると、ロビーのカウンターに俺達の名を告げる。
ボーイが案内してくれたのは、最上階のスイートルームだった。
俺達が購入したもの全てに騎士団のマークが入っている。これには不可能だろうと考えていた超ビキニも、小さな布地にちゃんと入ってる。
入ってないのはサングラスに、3人のネックレスぐらいだ。
フレイヤはお揃いの指輪をみながら微笑んでいる。
そんなネックレスと指輪だけになった彼女達を連れて、ヴィオラの倍はあるジャグジーに向かう。
明日の昼頃って言ってたから、楽しむ時間はたっぷりある。
それに、女性は買い物で疲れはしないって、アレクに聞いたことがあるしね。




