Ｖ－０２５ 王女様との約束
王女が顔をゴシゴシと擦ると、振り返って俺を見上げる。
「この戦姫に乗せて貰えぬかの？」
小さな子の願いは叶えてあげたいな。
アリスに通信を送って返事を聞いてみた。
『構いませんが、彼女では動かすことは困難です。運ばれて来た戦姫を調査してみましたが、第２世代の戦姫です。第２世代であればパイロットの動作を主、脳波を従として制御していますが、私はそれが逆転していますし、マスターの意思を先読みして制御する事も可能です』
何か説明が難しそうだだな。
「たぶん王女には操縦出来ないと思う。俺の頭に中に小さなニードルが入ってるんだ。かなり脳のヤバイ所にあるらしく手術は不可能って言われた。どうやら、そのニードルを通してこの戦姫アリスを動かしてるらしい」
「それでは無理じゃな。まさかリオを解体するわけにも行かぬじゃろう……。カテリナ博士がここにいる訳も何となく分ったつもりじゃ。じゃが、操縦席に同席して動かして貰えないじゃろうか？ 話に聞く戦姫の機動を一度体験したいのじゃ」
それなら問題ないだろう。
アリスからも了承の連絡が入ってきた。
「そうですね。この場所で機密ハッチを開く訳には行きませんから、外に出る機会があったら、約束しましょう」
「本当じゃな？ 楽しみにしておるぞ！」
カーゴ区画を出ると、食堂に連れて行く。
ホールの見える窓辺の席で、女性２人にパフェをご馳走して、俺と男性の機士はコーヒーを飲む。
「騎士団は好いのう……。我等の乗船するのは軍船じゃから、このような物は食べることが出来ぬ」
「たまに遊びに来れば良いじゃないですか。俺達が鉱石を探しに出掛けている時は無理でしょうけど」
「中継点となれば商業施設も出来よう。それまではたまに訪ねてくるのじゃ」
そう言って、美味しそうに長めのスプーンで器のアイスクリームを食べている。
確かに、軍船には無いだろうな。
「リンダ、お前は一緒に食べなくても良かったんじゃないか？」
「あら、ここで食べなかったら何時食べられえるか分らないわ。まさか、ここで食べられるとは思わなかったけどね」
呆れたような目で同僚を見ていた若者は、溜息を着いている。何となく力関係が理解出来たぞ。
「さて、そろそろ艦に戻りましょう。我等は遊びに来た訳ではありません」
「そうじゃな。明日からは周辺の巡回もせねばなるまい」
「早速、始めるんですか？」
「このホールにいても、退屈だろうしな。俺達に手伝える事もない。尾根の砲台に適した場所は俺達が探すことになってるんだ。一応、大まかな指示は受けても、場所を見ないと何とも言えんからな」
そう言って「俺はグレンで良い」と付け加えた。
リンダにグレンか。まだ若そうだから、後１０年近く王女の護衛を勤めるんだろうな。
「今日は、世話になったのじゃ！」
王女が元気良く俺に言うと２人の機士を引き連れて食堂を出て行ったけど、ちゃんと帰る道が分かるんだろうか？
そんな疑問を持ちながら３人に手を振って別れた。
俺も、上階の待機所に向かうことにした。
何時ものソファーに向かって腰を下ろすと、早速タバコに火を点けた。
「お姫様の案内だって？」
「ローザ王女１４歳です。護衛の機士は２人。リンダとグレン２人ともベラスコよりも少し上に見えました」
「それは俺の範囲じゃねえな。リオも手を出すなよ」
「出したりしたら大変ですよ。やはり戦姫を持ってきたようですが、上手く動かせないようです」
サンドラが俺に渡してくれたのはビールだった。
グイっと一口飲む。やはり、ビールが一番あってるな。
「まあ、予想通りってことか。中継点の守り神ってことになるな。とりあえず俺達の邪魔にはならなそうだ」
「大手を振って戦姫が歩くんですね。わざわざここに訪れる騎士団も出て来ますよ」
ベラスコは嬉しそうだな。
それを狙ってるのかな。そうだとすれば、一気に西の鉱石探査は進みそうだ。
大陸中央や東に向かう騎士団は多いけど、西に向かう騎士団は少ないからな。それだけ危険が多いという事もあるんだけど……。
「ある程度は、中継所の管制官がハンドリングしてくれるさ。積み替えや定期便があるから、先着２艦位じゃないのか」
「そうね。緊急用に１艦は停泊出来る場所を開けないといけないし……」
結構、大変な仕事になりそうだな。
どんな人間が来るのか、それともあの会議室の１人がそうなのか……。
それは、ここを中継点と決めた連中が考えれば良い事だ。
俺達は専用の桟橋があるから何時でも戻ることが出来る。
獣機の数が一気に増えたから、仕事も捗っているようだ。
数日では変化は分らないけど、一月もすればだいぶ変わるんだろうな。
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今夜は、フレイヤが当直だ。
窓辺でビールを飲んでいるとドミニクが入ってきた。
冷蔵庫からビールを出すとソファーに腰を下ろしてビールのプルタブをプシュッと音を立てて開けた。
「今日はご苦労様。早速、明日から３隻で採取を始めるわ。それで、王女が助力を申し出てきたのよ。周辺の偵察も兼ねたいってね」
「だけど、相手は軍ですよ。ヴィオラに載せてだいじょうぶなんですか？」
「ローザ王女にはかなりの自由裁量権が与えられているらしいの。駆逐艦の艦長も問題無いの一言よ」
とんでもない特権だな。
王国の戦姫をただ１人動かせるのでは、それ位はあたりまえなのか？ ここに来たのもその範疇であるのだろうけどね。
「でも、俺達のラウンドシップに戦機３機を載せる場所はありませんよ」
「ヴィオラの獣機を６体、それにベラドンナの獣機を１０機降ろすわ。桟橋建設を全て任せるわけにも行かないでしょう？」
獣機が１６機なら、かなりの作業が出来そうだな。
向うの連中も３０機近く獣機を持って来たらしいから、中央と西の桟橋は彼らに任せておけば良い。
「まあ、なるようにはなるでしょう。母さんも静かだから丁度良いわ」
そう言って、俺の横に席を移す。
明日は、外に出られるのか。
そう思うとちょっと嬉しくなるな。
ビールを飲み終えた俺達はソファーを離れてベッドに向かう。
そして、次の朝。
寝ている俺の目の前でドミニクが服を着替えている。と言っても何時もの戦闘服を素肌の上に着るだけなんだけど……。
俺としては、もうちょっと気を付けてもらいたいよな。せめてフレイヤのように上にワンピースみたいな制服着るぐらいにね。
長い髪をバサリと片手で跳ね上げると、腰にガンベルトを付けて、俺の鼻を突付いて部屋を出て行った。
時計を見ると、まだ７時じゃないか！
もう一眠りしようとベッドのなかで丸くなる。
そして、次に目を覚ました時には隣にフレイヤが寝ていた。
まだ寝て間が無いのか、もぞもぞとやたらと動く。おもしろいから見ていると、遂にガバってシーツを跳ね除けてフレイヤが上半身を起こして俺を見た。
「全く。ドミニクの香水が気になって眠れ無いじゃない。ベッドメーキングのやり直しよ！」
そう言って俺を立たせると、ベッドの傍のスイッチを入れる。シーツが畳まれ真新しいシーツが引き出されていく。
そんな光景を見ながら俺をシャワー室に連れて行くと一緒にシャワーを浴びた。
「ドミニクったら、ちゃんと元に戻しといてくれないんだから……」
ブツブツ言いながらも体を洗っている。ついでに俺まで洗ってくれた。
「さあ、これで良いわ。もう一眠りしましょう」
とは言っても、俺はすっかり目が覚めたぞ。
そんな俺の事は構わずにベッドに入ると俺の腕を枕にして眠ってしまった。
しょうがないから、俺も目を瞑っていると軽く振動音が伝わってくる。
ヴィオラが僚艦を引き連れて拠点を出発したようだ。
まあ、その内、イエローが発令されるだろう。
そんな事を心待ちにしながら、フレイヤを起こさないように気を配る。
ぐっすりと寝たフレイヤが起きたのは３時過ぎだった。
お腹をすかせた俺達は真直ぐに食堂に向かう。
ガラガラの食堂の船首付近のテーブルに座ると、食事時間が過ぎているので軽いものしか出せないというネコミミ少女の答えが返ってきた。
「サンドイッチでいいよ。それとマグカップに熱いコーヒーだ。」
「それなら出せるにゃ。待ってて欲しいにゃ」
そう言って、尻尾をピンと伸ばして厨房に走って行った。
まだ、学生みたいだけど、学校に行かなくてだいじょうぶなのか？
「何時の間にか出発してたのね。今夜当直は大変だわ」
「今度は３隻だし、戦機も３機増えてるぞ。かなり安心出来るんじゃないか？」
「今は３時過ぎよね。太陽の位置はあそこだから、ほぼこの間と同じコースを進むつもりだと思うわ。３隻が並列に進めば前２回の航行と同じ横幅を探査出来るわ。それだけ鉱脈を見付け易くなるはずよ」
そんな所に、トレイに注文のサンドイッチを載せたネコ族の少女がやって来た。
品物を受取り、携帯で俺のコードを少女の持つタブレットに発信する。
「ありがとにゃ！」
そう言って、元気良く帰って行った。
野菜サンドが３つずつとは、ダイエットしてるような気がするぞ。
静かに食事を取りながら前方を見詰める。キラリと上空で光った物は、周辺を監視している円盤機だろう。
この間はトリケラがいたが、今度は何もいないことを祈りたいな。
食事を終えると、フレイヤを伴って待機所に向かう。
何時ものメンバーの集まるソファーには人が多いぞ。
「あれ、ローザ王女も来てたんですか？」
「一応、ヴィオラにおる機士になる以上、待機所にいるのは当然じゃ。リオはだいぶ遅かったようじゃの」
王女の言葉にアレクと両脇の２人が噴出した。
そんな兄貴を睨みつけながらフレイヤが俺の隣に座る。
「そちらの連れは初めて見るのう」
「俺の妹で名をフレイヤと言うんだ。リオの彼女という事になるな」
「そうか。我はローザでよいぞ。そしてリンダにグレンじゃ」
「フレイヤと言います。機士ではなく火器管制官をしています」
そう言ってフレイヤが王女に手を伸ばすと、王女も手を伸ばして握手をしている。
ちょっと嬉しそうなのは、普通の娘として扱ってくれたと感じたのかな？
「ところで、まだ出発はせぬのか？」
「一応、騎士団員ですから、騎士団長の指示で動かねばなりません。周囲は荒地、巨獣の生息地です。どんな危険があるか分かりませんが、ヴィオラを守る事が俺達の使命になります」
俺の言葉に王女が目を輝かせる。
「そうじゃのう。騎士団の機士じゃからのう。使命は重大じゃ」
そう言ってくれるのは嬉しいが、何となくアクシデントを楽しみに待っているような気がするのは、俺の気のせいなのかな？
