V-013 神託
王都の防壁を越えて5日目。
昼に走る方向と夜間の方向を微妙に変えながらヴィオラは進んでいく。
第2巡航速度を維持して走り続けているから、1日で700km、5日で3,500kmは進んだ筈だが、進路を度々変更しているから、王都から直線距離で2,000km程しか離れていないようだ。
そんなある日、俺はブリッジに呼び出され、アリスの具現化を行なうように指示を受ける。
その夜。ベレットじいさんの立会いの下、アリスをカーゴのハンガーに亜空間より具現化した。
「全く驚かされるわい。まさかの技じゃな。この世界も科学技術は発展しておると思っておったが、この技に到達するのは遥かに先じゃな。そうじゃ、アリス用に武器をもう1つ作ったぞ。長剣じゃ。中型には使えると思うがのう」
そう言って指差したハンガーに立ててあった長剣が見る間に消えていく。
早速、亜空間に収納したようだ。
王都で手に入れた酒瓶を1つ、ベレットじいさんに渡して、アリスを見上げる。
やはり、実物がないとしっくり来ないよな。通信は出来るのだが、まるで幽霊のような存在に感じるのだ。
再度アリスを見上げて片手を上げると、俺に小さく頷いたように思えた。
「しばらく出番はないかも知れないけど、待っててくれよ」
そう告げると、誰もいないカーゴブロックを後にする。
深夜と言う事もあり、待機所に寄ってみたがあまり人影がいない。
入口扉付近で辺りを見渡していた俺を手招きしている人物がいた。
興味半分で、近付いてみると新しく乗船してきた円盤機のパイロット達だった。
「確か機士だったな?」
「ええ、そうですよ前回の航海からヴィオラに厄介になってます」
20代に見える男と女達だ。軍役を終えたところでヴィオラに乗船したんだろうな。
「アレクに聞いたんだが、お前が前回の偵察を担当したと言っていた。戦機でそんな事が出来るのか?」
「まあ、やれと言われればやるしかありません。ですが、今回は皆さんがいるから今のところ出番無しです」
そう言って、タバコに火を点ける。
そんな俺に、小さなグラスを女性が出してくれたけど、結構キツイ酒だぞ。
顔をしかめながら飲み終えると、俺に笑みを浮かべる。
「どんな奴が戦鬼を見つけたのかと気になっていたんだ。探査機を持ってしかも先行偵察をするようなバカを一度見ときたかったのさ」
「確かにムチャですよね。でもボーナスは弾んでくれましたから、結果良しって奴です」
そう言うと、4人が声を出して笑いあう。
「若者はムチャをする。だが、それで命を落とす者もいるのだ。もう、そんなムチャはするなよ」
そう言って俺を心配してくれるのが嬉しかった。
実際には全く心配はないのだが、それを彼らに話すことも無いだろう。
酒の礼を言うと、俺達の溜まり場に人がいないことを確かめて、自分の部屋に戻ることにした。
部屋には先客がいた。
ドミニクがソファーに座ってビールを飲んでいる。
「アリスをカーゴに移したの?」
「終ったよ」
俺の言葉に頷くと席を立って俺をベッドに誘う。
そういえば今夜はフレイヤが当直だったな。
「ところで、どこに?」
シャワーを浴びて再びベッドに戻ったところで行く先を聞いてみた。
「レイドラが占ってるわ。戦鬼を見つけた位だから、意外と神のお告げがあるのかもしれないわね」
「当るの?」
俺の質問に、俺の胸に顔を埋めて頷いている。
どんな、神に祈ってるのか分らないけど、ご利益があるならそれで良い。当るも八卦って言うしな。外れても、大きな問題にはならないはずだ。
どこに向かえば見付かるかは、探査衛星でも分らない。地表の姿と大まかな重力偏差は分るのだが、特定しようとすると、反重力で船体を浮かすようなラウンドシップが多数動いているから、その影響を除去出来ないのだ。
おかげで、これだけ科学技術が発達しても、ラウンドシップの搭載する探査機で地中内部を探る他に手がない。
さらに、荒地の半分は砂漠のように砂嵐で絶えず地形が変化する。
前に何も見つけられなくとも、次に同じコースを取って、有用な鉱石を見つけるなど、日常茶飯事らしい。
そんなことが多いから、騎士団のトップが占いに嵌まるのは良くあることだとフレイヤが言っていた。
ヴィオレ騎士団の場合は、副団長がそうなってるみたいだ。
「そろそろ、コースを正すことになるでしょうけど、レイドラは戦鬼の先を私に告げたわ」
俺の上から覗き込むようにして俺に言った。
「かなり北西になるぞ。だけど北緯50度は越えそうもないな」
「中型は出ると思うわ。リオに期待してるわよ」
そう言うと、俺の横に移動して俺の肩に頭を付ける。
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次の日の朝早く、ドミニクは戦闘服に身を包み、俺の部屋から出て行った。
俺も着替えてソファーに移動する。誰もいなくなったベッドは自動的にベッドメイキングが始まった。
窓を開けて外を見ると、何処までも続く荒地が広がっている。
昨日と全く同じ風景に見えるけど、数百kmは移動してるんだよな。
朝食はフレイヤと一緒に取ろうと、コーヒーを飲みながらスクリーンを展開して艦内ニュースを見る。
結構、おもしろいんだよな。
『……ということで、大陸北東部に騎士団が集結している模様です。大陸中央部の騎士団は北緯40度前後を探っています。北西方向に進んでいる騎士団はヴィオラ騎士団以外に小さな騎士団が2つとなっています……』
なるほど、皆が探さないところを探すって事だな。
とは、言うものの仲間がいないという事は、何かあれば手助けしてくれる者がいないという事だ。
北東部に集まった騎士団は、相互に協力しあって問題の北緯50度を越えようという事だろう。
スクリーンの画像を変えて前回のコースを表示させる。
一番端が戦鬼を見つけた場所だ。北緯40度は越えていない。この先を目指すようなことをドミニクは言っていたが、1000km程進むと問題の北緯50度を越えることになるぞ。
航法の責任者はレイドラだけど、どの辺りで諦めるかが問題だな。
部屋の扉が開き、フレイヤが入ってくる。
ちょっと眠そうだな。
「あら、起きてたんだ。早速朝食に出掛けましょう!」
俺達は連れ立って食堂に出掛ける。
時間は9時過ぎだから、それなりに混み合っている。壁際の相席で、ハンバーグとカップスープが朝食だ。
さっさと朝食を済ませると、自室に戻ってゆっくりとコーヒーを飲む。
フレイヤはシャワーを浴びて直ぐにベッドで横になった。
結構疲れたみたいだな。
周囲に円盤機が周回しているんだろうけど、目視も重要だからな。
のんびりと窓の外を眺めながらタバコを楽しんでいると、突然ヴィオラが進行方向を大きく変えた。
『緊急通報、緊急通報。火器管制要員は至急管制室に集合せよ。繰り返す……』
急いでフレイヤを起こして、着替えを手伝う。
緊急通報の話をすると、俺に急いでキスをするとクローゼットからガンベルトを掴んで部屋を飛び出して行った。
俺も、戦闘服に着替えて、上着を着る。俺のガンベルトを取り出して、バッグの中身を確かめ待機室に急いだ。
情報なら、艦内ニュースを聞くより待機所の方が早いに決まってる。
それに、さっきの針路変更はあまりにも唐突で急激だ。絶対何かあるに決まってる。
待機所まで駆けて行くと、既にアレク達が揃っている。
俺に掛けるようにアレクが手で示すのに従って、ソファーの端に腰を下ろした。
「全員揃ったな。とりあえずは待機になる。運航部からの連絡では小型の巨獣が10頭ばかり前方50km付近にいるそうだ。大型獣は確認されていないが、餌がいるなら一応考えねばなるまい。レックス級が出てくると面倒だからな」
巨獣を避けたのか……。君子危うきにってヤツだな。
「小型であれば、蹴散らせるんじゃありませんか?」
「蹴散らした後が面倒なんだ。血の匂いで大型が来ることはよくある話だ」
そう言って、ベラスコにやんわりと諭している。
若いと血気盛んだからな。俺も、前にアレクから同じことを言われたぞ。
『艦内イエローⅡ宣言。繰り返す……』
新たな艦内指示が放送される。
「イエローⅡなら、待機所に集合ってことよ。もう集まってるから、これで問題ないわ。イエローⅢになると、出撃15分前だから、戦闘服着用になるわ」
サンドラが俺とベラスコに教えてくれる。
そういえば、戦闘服を着てるのは俺だけなのか?
「たぶん、2時間程はこのままだろうな。イエローⅢに発展するようだと、ちょっと忙しくなるぞ」
そう言ってるアレクは期待してるような雰囲気だ。戦鬼を使いたいんだろうな?
シレインがスクリーンを展開して、どんな奴が現れたかを調べている。
艦内ニュースではまだ公開されていないようだ。
それでも、騎士のコードで火器管制の情報データをアクセスしている。
「どうやら、これね」
「イグナスじゃないか? ちょっと大げさだな。……だが、これから仕事に取り掛かる以上、無駄な争いはしない方が良い事は確かだ」
4本足の草食獣に見えなくもない。
尺度が下に出ているのを見ると15m位だな。体重は20tと言うところだろう。
「ちょっと、待って! まだあるわ」
そう言って、次ぐの画像がスクリーンに現れると、アレクが身を乗り出した。
「これは、アウロスだぞ! イグナスを追っていたのか?」
「中型巨獣ね。20mはあるわ。肉食で獰猛なのよ」
「これでは、急激な針路変更はやむなしだな。戦機でならどうにか狩れるが、無傷という訳にはいかんだろう」
「イエローⅢにならないと良いわね」
再び、ヴィオラの進路が変わった。
相手の動きに合わせて反対に進路を変えたんだろう。
『艦内イエローⅢ宣言。繰り返す……』
俺以外の人間が待機室のロッカーに向かって走る。
なるほど、最初から着てくる必要はなかったみたいだ。
突然、小さな振動が数回断続的に聞こえてきた。
「主砲を撃ったようだな。相手の進路が変われば良いんだが……」
戦闘服の上にスラックスと袖を千切ったTシャツを着て現れたアレクが呟いた。
サンドラ達はセパレートの水着のように見えるぞ。ベラスコはTシャツに短パンだな。
「円盤機からの受信画像よ!」
シレインの声に俺達はスクリーンを眺める。
かなり離れた所を恐竜に似た巨獣がイグナスを追い掛けていた。
「どうやら、危険は去ったようだな。88を撃つ必要も無かったんじゃないか?」
「たぶん牽制でしょ。75と違って弾種が増えたって言ってたわ」
そんな会話をしながら、サンドラの入れてくれたコーヒーを飲む。
そして、1時間程で艦内放送がイエローを解除すると、俺達は自室に引き上げていく。