表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/217

V-001 戦姫アリス

 パチパチと燃える焚火で厚切りのハムを炙る。

 そのまま食べても問題は無いだろうが、折角焚火があるんだし、ジュージューと焚火にに油が落ちるハムは何より美味しそうだ。

 これにをパンに挟んで食べるのが俺の夕食になる。

 もう少し待っていよう。折角入れたコーヒーはまだ残っているし、もうすぐ夜になる。

 夜の野宿は物騒以外の何ものでもない。

 大型の獣や魔獣がこの森にはうようよいるのだ。


 コーヒーを一口で煽ると、新たなコーヒーをポットから注ぐ。

 パンにハムを載せると、もしゃもしゃと食べ始めた。

 遠くで、獣の遠吠えが聞こえ始めた。

 用心のために銃をホルスターから引き抜くと、セーフティを解除する。銃はモーゼルの古い軍用拳銃に似ている。トリガーガードの先に弾装が付いてる奴だ。

 それでも、マガジンは下から入れる方式だし、グリップも少しはマシなリボルバーに使われてるものだ。かなり改造されてるようにも見えるが、俺にはシルエットだけを似せた別物じゃないかと思ってる。

 

 パンを食べ終えて、コーヒーを飲みながらポットのコーヒーを捨てると、バッグの中に仕舞いこんだ。

 そして、シェラカップのような薄い金属製のカップのコーヒーを飲み終えて、カップをバッグに放り込む。


 おもむろに焚火の傍から腰を上げると、銃をホルスターに戻した。そして、後ろに膝を付いて控えている戦姫せんきの足元に歩いて行く。

 「搭乗準備!」

 声を出さなくとも良いようだが、なるべく声に出すことを心掛けている。

 ゆっくりと戦姫の胸に位置する装甲板が開き、球形のポッドのようなコントロールユニットが顔を出す。

 シーケンスが進み、球形ポットの全面が左右に割れてコクピットが顔を出すと、そこからワイヤーが降りてきた。

 ワイヤー先端のカラビナにベルトのOリングを通して、「搭乗」と声を出す。

 すると、ゆっくり俺の体がコクピットに吸い込まれていく。


 パイロットシートは固いクッションだが、戦闘モード以外はゆったりとしている。

 シートの裏にある大型のボックスにバッグを放り込んでシートに腰を落着ける。


 「コクピット閉鎖。……状況は?」

 

 俺の声に反応してコクピットの正面が左右から閉じていく。完全に閉じたら装甲版も閉鎖する筈だ。

 そして、真っ暗だったコクピット内がほのかな明かりに照らされる。

 

 『……周囲5km以内に戦機の反応はありません。大型獣が3体北西4kmを南西に移動していきました。中型肉食獣の反応多数。こちらに近付きつつあります』


 あまり抑揚の無い女性の声だ。

 この戦姫が女性型のシルエットをしているからかも知れない。

 

 俺の名は、矢上理緒ヤガミリオたぶん、この世界に放り出された存在だ。

 過去の記憶は極めて曖昧なものがある。

 親、兄弟、友人……その顔そして名前さえ思い浮かばないのだ。

 思い出すことが可能だったのは、高校までに習い覚えた知識と日本と呼ばれる国でくらしていたこと。そして一番大事な俺の名前だけだった。


 この世界での突然の目覚めは、この戦姫であるアリスのコクピットの中だった。


 『情報を転写します!』

 

 その言葉と共に膨大な情報が頭に流れ込んで、たちまち気を失ってしまったが……。

 

 次に目が覚めた時には、この世界のあらましを理解する事が出来た。

 と言っても知識だけで、それがどのようなものかは、その時にならなければ理解は出来なかったけどな。


 この世界は広大だ。陸地と海の比率はほぼ半分ずつ。陸地は大きな1つの大陸で構成されている。

 急峻な山脈が北部を東西に走り、大きな湖が数個点在している。

 大陸に文明を築いているのは、どこか動物じみた種族だ。俺のような人間族もいるが数は少ない。1割にも満たないんじゃないか?


 そんな住民が数百から数百万の規模で村や都市を作っている。

 その都市を3つの王国が支配しているのだが、支配地域は大陸の半分にも満たない。

 そして急峻な山裾に広がる森や荒地には鉱物資源とともに巨大な獣が跋扈している。


 貴重な資源を採取するのは、騎士団と呼ばれる山師の集まりだ。

 大型の多脚移動体である陸上戦艦ラウンドシップに、戦機や獣機を10体程載せて、北に広がる台地で鉱物資源を採取するのだ。

 採取するのはその時々に応じて変わるのだが、どうやら市場価格を考慮して決めるらしい。

 船の後ろにはそんな鉱物を入れるバージが何隻か連結されている。

 バージは簡易な重力制御が施されているから、動力船で容易に曳いて行けるし、その積載量は1隻で100t近くにもなるのだ。


 問題は動力船に積まれている戦機達だ。

 鉱石採取は北部の山脈に近付くほどに良質な鉱石を手に入れることが出来る。だがそこには、全長15mを軽く越える巨獣がいるのだ。

 巨獣は草食とは限らないし、草食であっても危険な種類が多い。

 

 そんな巨獣に対抗する為に作られたのが獣機という種類の機体だ。

 獣機は単座の乗り物で、身長10mの毛深いゴリラのような姿をしている。そのアクチエータは巨獣の組織を培養して作られているから、有機体と無機体のハイブリッドと思えばいいだろう。

 だが、獣機ではいささか相手が上手のようだ。10機の獣機が巨獣に取り付いても全機スクラップになる事が度々あったらしい。

 少し武器の性能を上げて、現在ではマシになったらしいのだが、巨獣に対抗するということは、殆ど無い。主に鉱石の採取に用いられる。


 戦機と呼ばれる機体が、獣機に替わって巨獣の迎撃に使用されている。

 この世界で作る事が出来ないが、過去の文明では作る事が出来たらしい。たまに北の山脈で鉱石採取に雑じって発見されるが、売り出される事は無い。

 あまりに希少価値が高い機体で、騎士団がその機体を管理している。

 数体あれば巨獣の群れすら狩れるという噂だが、現実には数体でやっと巨獣1体を倒せるかどうかだな。

 専用の武器が同時に発掘されれば群れを相手にも出来ようが、単体で発掘されることが多いようだ。またあったとしても腐食が酷く使い物にならないと聞いている。

 そんな訳で、ちょっと金属鎧のような姿をした戦機を持つ山師達を騎士団と呼ぶようになったのだろう。


 最後に、俺の乗っている戦姫だ。

 姿は女性型の金属鎧のように見える。滅多に発見される事は無く現在公式に確認された戦姫は3体のみ。俺の乗るアリスは4体目だが、アリスは自らをラストナンバーであると言っている。残りの機体はどこかに眠っている筈だ。


 戦姫と戦機の違いは形だけではない。どうやら動力炉の形式まで異なるようだ。このため見た目は華奢な機体だが戦機を遥かに上回るパワーを持つ。更に、戦機が外装式の武器を持つのに対して戦姫は内装式なのだ。

 このため、当初から持っていた武器を現在でも使うことが出来る。

 とは言え、余りにも武器性能が高いことから、戦機と同様の武器を携えている事が多いようだ。

 もっとも、このことは一般には知らされておらず、各国が持っている戦姫は王族専用の機体になっている。

 

 それを知らないものが殆どだから、俺が乗っているのも戦機だと、誰もが思っている事ではあるのだが……。

                ・

                ・

                ・


 『ヴィオラから通信。状況説明を求めています』

 

 突然のアリスの声に我に帰った。どうやら考え込んでいたらしい。


 「そうだな。現在地に地質状況を知らせてやってくれ。それと先行偵察を続けるかどうかを確認して欲しい」


 アリスの電脳を使った地質解析は、俺達の船であるヴィオラの電脳並みだ。ただし、探査は地下10m程度に限られる。ヴィオラならば20m近くは可能だが、何と言っても船の速度が遅すぎる。

 アリスの通常モードでの地上速度は時速80km位だが、ヴィオラは最大船速でも時速40kmがやっとだ。通常は時速20km程度で大陸を旅している。

 そんな訳で、アリスを使って先行偵察を広範囲に行なってから、採掘をするのが俺達の常だ。

 1体での行動だが、危険は余り無い。イザとなればアリスは空も飛べる。

 通常モードで最大時速は500km。戦闘時は音速を軽く超える。

 この機体を製作した人達はいったいアリスに何をさせたかったのだろう。

 

 『ヴィオラとの通信完了。帰船を指示しています』

 「なら、帰るか。……だいぶ船から離れたからな」

 

 ヘッドバンドのようなヘッドセットを装着して、20個程左右に並んだ照光式スイッチを数個所定の順序で押すとリアクターが立ち上がっていく小さな振動を感知した。

 これで、リアクターが通常モードで機動したことになる。次元位相差リアクター……次元に僅かな位相のズレを生じさせてその回復力をエネルギーとして取り出すらしいが、全く未知の技術だ。

 戦機のリアクターはプラズマ磁気発電炉を使っているから、定期的に燃料である水素を、スポンジ状の金属に吸着させる必要がある。しかし、アリスは全く燃料の補給を必要としていない。

 シートのアームレストが両側から俺の体を保持すると同時に、ヘッドレストがゆっくりと俺の頭を沈めて行く。

 シートのアームレストについている左右のジョイスティックを操作してアリスを立たせる。

 機体全体の動きは、俺の脳波をヘッドレストに取り付けられた常温超伝導コイルが検知して、俺の望む動きをアリスの電脳が再現してくれる。

 ジョイスティックは、それらの動きのトリガー的な役割を果たす。


 左のジョイスティックを前に倒すと、ゆっくりとアリスが歩き始めた。その状態で右のジョイスティックを前に倒すと、段々と歩く速度が早くなりやがてランニング状態になる。


 『ヴィオラまでの距離、約30km。現在の速度で進めば25分で帰頭します』

 「了解。オートモードで帰頭する。ヴィオラの誘導信号を検知したら、その誘導でハンガーへ移動後に固定処理」


 『了解です』


 目の前の球面スクリーンには、アリスの疾走する周囲の風景が映し出されている。

 日が暮れた森の疎らな木立ちの中を進んでいるのだが、周囲には小型の獣がいるだけで大型は全く存在が検知できない。

 そして、折角の先行偵察だったが成果は全く無かった。

 やはり、大陸中央部の小さな森が点在する広大な荒地には、目ぼしい鉱脈は無いみたいだな。

 

 やがて、前方に赤色灯の点滅が見えてきた。

 どうやら左舷に接近しつつあるようだ。


 『誘導ビーコンを確認。ビーコンに乗ってヴィオラに向かいます』


 やがて、横幅30m、長さ150mの多脚をもったヴィオラが姿を現した。横から見ると高さが20mを越えているから壁のように見えるな。そして後ろに5台のパージを曳いて移動しているのだが、アリスの移動速度から見ればウサギとカメぐらいの差があるな。


 ヒュンっとアリスが飛立つとヴィオラの甲板に降り立った。

 数歩進んだ所で停止すると、床がゆっくりと下降する。

 昇降台が停止すると、今度は奥に歩いて行く。

 そこには、数台の戦機がハンガーに並んでいた。アリスはそんなハンガーに近付くとハンガーの2本の柱の間で足を止める。

 柱から触手のように何本かの固定用ベルトが伸びてアリスに絡みつく。

 アリスのリアクターが、ゆっくりと出力を落とし始める。

 どうやら、船に無事帰り着いたな。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ