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リーフェの祝福

魔王様に捕まって

作者: クレハ

「俺と結婚しろ、でなければ.....」






***



 平民では一生掛かっても着ることはない豪華な純白のドレスにベールを被り、多くの来賓客が見つめる中、シェリナはこれから夫になる男の元までゆっくりと歩いていく。


 しかし、その足取りは重い………。




 結婚相手の男は伯爵家の生まれで、最近父親が亡くなり後を継いだアーサー・オブライン。


 同じ学園の先輩で、度々シェリナに言い寄ってきていた。

 しかし、アーサーの性格は傲慢で、伯爵家の生まれ故か、いつも自分より地位が低い貴族の子息を引き連れ、権力を傘に弱者に威張り散らすような最低な男だ。


 伯爵家で金持ち、顔も良い方なので権力にすり寄る者やあの傲慢さが良いという一部には人気があった。

 だがその性格は一般家庭出身のシェリナから見れば嫌悪感しか生まれず、告白らしき言葉も「俺の女になれ」や「平民に俺が付き合うと言ってるんだ嬉しいだろう」。


 こんな上から目線で言われて告白を受け入れるはずもなく全て断っていた。



 その後シェリナが学園を卒業し、もう関わることもないと忘れかけていた頃、突然アーサーがやって来た。



「シェリナお前を迎えに来てやった」


「……はっ?……何言ってるの、どういう事?」


「結婚するんだよ俺と」


「えっ!?突然何言ってるのよ?」



 アーサーとは卒業してから今まで数年間一切会っても連絡もしていなかった。

 シェリナにすればアーサーは過去に少し関わった先輩程度の認識だったのだ、突然現れ結婚と言われ酷く動揺した。



(何!?結婚って一体何言ってるのこの人!!)



しかし、そんなシェリナの心中の動揺などお構いなしに言葉を続ける。



「俺と結婚すればお前は伯爵夫人になるんだぞ。

 そうすれば、こんな貧相なパン屋で汗水流して働く必要はない、侍女達に全てさせればいい。

 どうだ、庶民には夢のような話じゃないか」



 シェリナの家はパン屋を営んでおり、卒業後は両親の手伝いをしながら日々を送っていた。

確かに小さな街のパン屋で贅沢など出来ない生活だが、シェリナは小さなお店もそのお店で働きながら自分を育ててくれた両親も大好きなのだ。

 それを侮辱されカッと怒りがこみ上げる。



「いい加減にして!!

 私はこの生活で十分満足しているわ!

 あなたにどうこう言われる筋合いはないし、あなたと結婚なんて絶対に嫌よ、帰って!!」



 怒りで震えながら怒鳴りつけたが、アーサーは意に介さず口の端を上げ嫌な笑みを浮かべた。



「本当にいいのか?」


「………えっ?」


「拒否すれば大事な店を潰したっていいんだ」


「そんな事出来るはず……」



 シェリナは顔が青ざめ、先ほどまでとは違う意味で体が震える。



「出来ないと思うか?」


「……………」



 きっと出来る。伯爵家の彼ならば小さな街のパン屋一つ今すぐにでも潰せるだろう。

 そして、小さな店一つ潰したところで何も思わないような男だ、確実に実行に移すはずだ。

 シェリナは何とかして切り抜けようと頭を働かせた。



「あっ……あなたは伯爵家の跡取りなんだから平民の私と結婚なんてあなたの家族が納得しないでしょう?」



 急に思いついた悪足掻きながら良い考えではないかとシェリナは思った。

 普通貴族の家ならば庶民との結婚など許しはしないだろう。


 しかし、その思いは呆気なく崩される。



「跡取りじゃない」


「えっ?」


「父親が亡くなってすでに伯爵位を継いだ。

 オブライン家の当主となった俺に逆らう奴はいない」



 シェリナは言葉を発する事が出来なかった。

 もしかしたらと……。彼がなんと言おうが庶民の娘と結婚など許さないと、彼の家族が反対してくれるのだろうという最後の希望も潰えて目の前が真っ暗になる。



「今日は取りあえず帰ろう、3日後に迎えに来る。

 大事な店を守りたければ俺と結婚しろ、でなければどうなるか分かるな」



 茫然と立ちつくすシェリナにそう言い残し店を去っていった。




***



 その夜、シェリナとシェリナの両親とで話し合いがされた。



「なんだ、そのふざけた男は!結婚なんてする必要はない!」


「そうよ、必要ないわ」



 シェリナから話を聞いた両親は激昂した。



「でもそれじゃあこのお店が……」


「店がなんだ!

 大事な娘を引き換えにしてまで続けたいとは思わん」



 シェリナは夜も寝れず目の下にクマを作りながらも悩んだ。


 両親は潰されても構わないと言ったが、このお店は両親が結婚した当初から二人で精一杯働き、コツコツ節約して貯めたお金でようやく手にした両親の夢なのだ。


 その苦労と喜びを知るシェリナには簡単に決める事が出来なかった。




 そして3日後、予告通りアーサーが再びやって来た。



「どうだ、覚悟は決まったか?」


「っ……あなたと……結婚するわ………」



 悩みに悩んだ決断だった。

 両親には猛烈に反対されたが、しかしシェリナは店を守りたかった。

 なにより店が無くなれば働く場所がなくなり生活出来なくなる、そうなれば路頭に迷う事になる。

 それに、シェリナが一番恐れた事。

 それは断れば店を潰した上で、了承させる為さらに両親に危害を加えられるかもしれないと思ったのだ。



 アーサーは了承の言葉を得るとそのままシェリナを自らの家に連れて行き、その一週間後には純白のドレスを身に付け誓いの場に立っていた。


 どうやらシェリナが拒否する事はないだろうと、すでに準備を進めていたようだ。



 決心が変わってしまう前にとの意図もあったのかもしれないが、急過ぎる結婚にシェリナは怒り悲しみ悔しさで涙がこみ上げてくる、しかしこの男の前では決して流すまいとグッと奥歯を噛み締めて耐えた。





***



 こうして嫌々始まった結婚生活だが、何かと傲慢な態度が目立つアーサーへの嫌悪感はどれだけ時間が経とうと拭い去る事は出来ず、とても夫婦とは言えないギスギスした関係のまま、一年後には双子の男の子を出産した。


 たとえ嫌な男との子供とは言え自分の子供であるのは間違いなく、子供には愛情を感じていた。



「オギャーオギャー」


「奥様女の子ですよ」


「はぁはぁ………女…の子……」



 男の子二人が生まれて三年後、再び妊娠。

 次は女の子が良いと思っていたシェリナは、女の子が生まれ喜びに心が踊った。


 少しして、連絡を受けたアーサーが入って来た。




 元々期待してはいなかったが、アーサーは予想通り父親としては不十分過ぎた。

 育児は使用人やシェリナに任せ我関せず。子供と遊ぶ事も積極的にコミュニケーションを取る事もない。


 それでも双子の男の子、セシルとカルロは魔力も高い優秀な子であり、それなりに様子を気にはしていたようだ。


 勿論それは我が子としてではなく跡取りという理由でだが。



 そんなアーサーが生まれたばかりの女の子を見ると……。



「何だこの子供は!!!」


「何だってあなたの子供でしょう、あまり大きな声出さないで頂戴」


「ふざけるな!こんな子供俺の子供なものか!!」



 そう怒鳴ると苛立ちを露わにしながら部屋を出ていく。



「何をあんなに怒ってるのよ」


「奥様、きっとこの子の容姿のせいだと思います」


「えっ?」



 何を怒っているんだと不思議に思っていたシェリナは、産婆の言葉に首を傾げる。


 赤子の目はまだ閉じていて分からないが、金にも見えなくない薄茶の髪で、肌も上の兄二人より色白だった。



「おそらくこの子はリーフェと思われます」



 リーフェとは、魔力はあるが火・水・風・地の基本属性の魔法が使えない体質の者の総称で、髪や瞳や肌の色の色素が薄い特徴がある。

 基本属性が使えない事から一般的に落ちこぼれと思われている。


 貴族で強い者が偉いという選民意識のあるアーサーには落ちこぼれの娘は受け入れたくなかったのだろう。

 しかし、元々育児に関わりを持とうとしない男だ、どう思おうがさして気にする事もなく楽観視していたシェリナだが……。





「目障りだ!私の前に姿を見せるな!」


「と……父さま……」


「うるさい!!お前などに父などと言われたくない!」


「ちょっと何してるの!?」



 シェリナが怒鳴り声に駆けつけてみるとアーサーがユイと名付けた娘を怒鳴りつけていた。

 その目はとても我が子を見るようなものではなく、蔑むような嫌悪感を露わにしたもので、ユイは恐怖からか畏縮してしまっている。



「おい、そいつを俺に近付けるな!」


「あなたの娘でもあるのよ!!」


「そんな落ちこぼれなど娘ではない!」



 アーサーはそう言い捨てその場を去った。



 最初はユイを嫌おうが元々子供に関わろうとしないのだから問題無いと思っていた。

 成長するにつれ髪の色は少し濃くはなったが、その見た目はリーフェ特有のもので、アーサーは徹底的に落ちこぼれとユイを嫌悪し、ユイの姿を目にすれば烈火のごとく怒り、笑っても泣いてもうるさい目障りだと言い、手を出すこともあった。



「ユイ大丈夫?」


「うん」



 泣き声も上げずポロポロ涙を流す娘にシェリナは自分の不甲斐なさに胸が締め付けられる思いだった。



 まだ何も分からない赤子の頃は普通に笑って泣いて表情豊かな子だった。

 しかし……成長するにつれ物事が分かり始めると、笑うことが少なくなり、泣く時もとても子供の泣き方とは思えないような、声を上げず静かに涙を流すような泣き方をする。


 次第に表情を無くしていくユイに危機感をもち、アーサーに何度言ったが聞き入れることなく態度は変わらず。

 使用人達もそんなアーサーの逆鱗に触れないよう見て見ぬ振り。

 この家に味方などいなかった。



 せめてもの救いは…………。



「ユイ、母さま!」


「ユイ大丈夫か!?」


「……っ兄さ……ま………うわーん」



 せめてもの救いは兄妹仲は良好だと言う事だろう。


 双子のセシルとカルロが生まれた時、一番不安に思ったのは、この双子がアーサーのようにならないかだった。


 あんな男のようにはさせないと、育児を使用人に任せずほとんどをシェリナが行った。

 普通の子のように悪い事はしっかり怒り、良い事は褒め、無関心な父親の分まで愛情を与えるように頑張った。


 そのかいあってか、アーサーの血を引いているとは思えないほど優しくてしっかり者に育った。



 妹のユイの事もシェリナが少し過保護過ぎるのではと思うほど可愛がり、父親に会わないようにしたり会ってしまった時は気を逸らしたりしてユイを守った。

 そんな兄二人の登場に安心したのかユイはそこでようやく声を上げて泣いた。




***




 さらに数年が経った頃、シェリナはアーサーに呼び出された。

 強引な結婚に加えユイへの態度で関係はさらに悪化、ここ1、2年は姿すら見ていない。

 正直会いたくはなかったが、仕方なく部屋へ向かうと、驚きのような納得のような言葉を告げられた。



「お前とは離婚する。

 書類はここに用意しているからすぐに記入しろ」


「………えっ?」



 最初、突然の事で言葉が出なかったシェリナだが、アーサーの様子から冗談ではなく本当の事だと分かった。



「一週間後には迎え入れるからな……。

 準備もあるから3日以内にあの落ちこぼれを連れて出ていけ」



 迎え入れる…………。

 誰をとは聞かずともシェリナには誰の事か分かった。


 結婚して何年経っても気を許さないシェリナに諦めたのか、ただ単に飽きたのか定かではなかったが、結婚してしばらく経った頃からアーサーは愛人を持ち始めていた。


 しかも、愛人にはユイと数ヶ月しか違わない子供がいると知ったのは少し前の事。

 おそらくその愛人の親子を次の妻として迎え入れるつもりなのだろうとシェリナは思った。


 元々アーサーに愛情など持っていないシェリナは愛人を持とうが子供が別に居ようが何も思わないが、ならもっと早く愛人を迎え入れて離婚してくれれば良かったのにと憤る。


 離婚するという事になんら問題はない。

 むしろ喜んで書類にサインする。

 しかしそこでシェリナは、ある事に気が付く。



「ちょっと待って、子供達はどうするの!?」


「先ほど落ちこぼれを連れてと言っただろう。

 セシルとカルロはこちらで引き取る」


「なっ!!

 ふざけないで、セシルとカルロも一緒に連れて行くわ!」


「そんな事を許すわけないだろ!

 あの二人のどちらかは家の跡取りだ、二人共優秀だからもう片方も家の為に役立つはずだ」


「役立つ………。

 そんな考えの人にあの子達を預けて行ける訳ないでしょう!」



 こんな愛情の欠片もない家に残していけないと声を荒げるシェリナだったが、アーサーが煩わしいとでも言いげに使用人を呼び無理矢理部屋から追い出された。



 意気消沈して子供達にその事を伝えると、ユイは何も言わず、家を出て行くまで出来るだけ二人の側にいるようになり、その様子にさらに胸が痛くなった。


 しかし、置いて行かれる当の本人達は至極あっさりしていた。



「まっ仕方ないよなぁ」


「あの男なら言いそうだし」


「………あなた達、そんなあっさりと」



 全く気にした様子もなく、けろっとした二人に、先程まで子供達にどう伝えようか悲しませるだろうと悩んでいたシェリナは呆れてしまう。



「大丈夫だって母様、俺達世渡り上手だし。

 それにしたい事あるし、なっセシル」


「うん」


「したい事?」



 首を傾げるシェリナに二人はニヤリと悪巧みをするような凶悪な笑顔を浮かべる。



「あの男、絶対叩いたら何か出てくると思うんだよな

 だから大人になったらあいつの悪さを暴いてこの家乗っ取ってやろうと思ってんだ」


「そしたら俺かカルロが当主になって、あの男も見て見ぬ振りした使用人達も追い出すから、母様とユイも一緒にまた皆でここで暮らそうよ」



 それを聞いたシェリナは、頼もしいと思いつつもどこかで育て方を間違えたのかと不安になった。




***




 半ば追い出されるように離婚して実家に戻って来たシェリナは、晴れやかな気持ちで毎日を過ごしていた。


 元々、一般家庭育ちのシェリナには貴族の家での生活は窮屈すぎた。

 家事一切は全て使用人が行い、シェリナは毎日を退屈に過ごすだけで気軽にお喋り出来るような人も周りに居なかった。

 ここでは全てを自分でしなければならないが、退屈からは開放され、昔馴染みの仲の良い近所の人達と沢山お喋りして毎日が充実していた。



 セシルとカルロとはしばらく会えない時期があったが、学園に入学した事で行動があまり制限されなくなった為か、授業が終わると時々家に寄ってパン屋の手伝いやユイの遊び相手になってくれている。


 今まで貴族の家で育ち、そんな経験をした事の無かった二人にパン屋の手伝いはかなり新鮮な経験だったようで、文句一つ無く楽しそうに手伝ってくれる。



 そんな充実した毎日を送る中、シェリナには少し気になる人物がいた。



「こんにちは、シェリナさん」



 店で働いていたシェリナが、店に入って来た人物に目を向ける。



「あら、こんにちはレイスさん。

 いつもありがとうございます」



 店に来たレイスという人は、ほとんど毎日のように訪れる常連さんで、最近シェリナが気になっている人物だ。



 レイスは紺色の長い髪を後ろで一つに纏めた細身の男性で王宮勤めの貴族の出身だ。


 物腰は柔らかで知的な雰囲気、いつも柔和な笑みを浮かべている。

 貴族の生まれだがそれをおくびに出す事はなく、庶民のシェリナや他の常連客にも敬語で丁寧に話しをする紳士的な人だ。


 貴族だと鼻にかけ傲慢なアーサーとは全く違う、同じ貴族でこうも違うのかと最初はその差に愕然としたものだ。


 アーサーのおかげで貴族嫌いになったシェリナだったが、その振る舞いからレイスに対しては概ね好感を抱いている。


 レイスは貴族で有りながら、他に美味しい高級店を知っているだろうに、何故か高級とは程遠い庶民的なこの店にいつも買いに来るのだ。



「ここのパンはとても美味しいですからね。

 毎日食べても飽きないですよ」


「そう言って頂けると作っている父も喜びます」



 普段ならばパンを数点買い、少し世間話をして店を出て行くのだが、今日はシェリナを見ては何か考える素振りをするレイス。

 話そうか話すまいか悩んでいるように見える。



「どうかしましたか?」


「ええ……あの……シェリナさん。宜しければ週末、演劇を見に行きませんか?

 今人気の劇の席が手に入ったのですが」


「えっ………でも娘も居ますし……」



 娘のユイを置いて一人だけ楽しむ事に引け目を感じ断ろうとしたのだが、話を聞いていたシェリナの母が横から声を挟む。



「ユイだったら私が見てるから行ってきたら良いじゃない。

 ユイだってもう小さな子供じゃないんだから、たまには楽しんできたら?」


「……じゃあ、ご一緒させて下さい」



 子育てにパン屋の手伝いで、最近は友人と遊びに行く事もままならなかったので、母の勧めもあり、たまにはとレイスに誘いを受けた。



「良かった、では週末の夕方頃迎えに来ます」





***




 週末になり、ユイを母に任せて普段は忙しさから出来ないお洒落をして待っていると、レイスが迎えに来た。


「こんにちは、今日は一段とお綺麗ですね。

 こんな美しい人と出掛けられるなんて嬉しいです」


「ありがとうございます、でもそこまで言われるとお世辞と分かってても恥ずかしいです」


「いいえ、お世辞ではなく本心ですよ」



 にこやかに笑いながら称賛の言葉を口にするレイスに嬉しいやら恥ずかしいやらで顔を赤らめながら一緒に出掛ける。



 実家に戻って来てから数年、毎日のように店に来るレイスとは親しい間柄になっていたので一緒に出掛ける事に気まずさは感じない。


 レイスの巧みな話術もさることながら、卒業した学校も同じという事で話も弾み、あの先生は今どうしているだとかあの学食は美味しかっただとかと、学生の頃に戻ったような楽しい時間を過ごした。


 演劇は人気だけあり超満員、それなのにシェリナ達の席はその中で最も良い席で、よく取れたものだと驚いた。



 劇を見て食事を終えると家まで送ってもらった。

 家のすぐ近くに馬車が止まり、お礼を言って外に出ようとした時、先にレイスが口を開いた。



「シェリナさん、これから結婚を前提にお付き合いしては頂けませんか?」




 突然の告白だったが、驚きはしなかった。


 今日迎えに来てからというもの愛おしそうに見つめ、まるで恋人のように甘い雰囲気出すレイスに何となくそうではないかと感じるものがあった。


 レイスは良い人だとは思う。話し上手で紳士的で貴族のような傲慢さは露とも感じない。

 しかし、告白の言葉を聞いた瞬間感じたのは、喜びや戸惑い等ではなく激しい嫌悪感だった。



「私は一度結婚に失敗しています。

 それに貴方も知っての通り、私は街の小さなパン屋で働く庶民の女です。

 貴族の貴方とは釣り合わないのは誰の目にも明らかでしょう、冗談は止めて下さい」



 先程までの楽しそうな雰囲気とは違い、冷めた声と不機嫌な態度で話すシェリナだったが、レイスはさして気にした風ではなく話を続ける。



「冗談ではありません。

 身分や子供がいる事は私の両親も……」


「すみません、貴方とお付き合いは出来ません」



 それ以上聞きたくないと話を続けるレイスの言葉を遮り、はっきり断ると馬車から逃げるように外に飛び出した。

 続いて出て来たレイスは、そんな取り付く島のないシェリナに苦笑いを浮かべる。



「そうですか、では仕方がないですね。それなら……」




 またかと思った、この人もあの男と同じように権力で動かそうとするのかと。

 今までレイスに対し好感を抱いていただけに、その失望感は言葉に出来ない。



 しかし、次いで告げれた言葉は予想していたものとは違った。



「それなら、また後日仕切り直すとしましょう。

 元々直ぐに了承して頂けると思ってはいませんでしたからね、本気で嫌だと言われるまでは何度でも求婚しに来ますから覚悟して下さい」


「えっ?」



 思わぬ言葉が返ってきて目を見開きレイスを凝視するシェリナに。



「ああ、もしかして私が権力を使って言う事を聞かせると思いましたか?あの男と同じように……」



 図星をさされたと同時にアーサーとの事を知られていたのかと顔が赤くなる。



「確かに考えなかった訳ではありませんけどね」



 その言葉にシェリナはびくりと体を震わせる。



「けれど、それでは貴女の心は手には入らないでしょう

 私は貴女に愛して欲しいのです。私が貴女を愛しているのと同じくらい。

 今はまだ無理でも貴女を諦めるつもりはありません。

 取りあえずは貴女に私の気持ちを知っていて欲しかったんです」



 微笑みながらも真剣な眼差しで言葉を言い残し帰って行くレイスを呆然としながら見送った。



 今までレイスのようにはっきりとした愛の言葉を男性に言われた事がなかったシェリナは我に返り、言葉を振り返ると途端に赤くなる。


 次いで、先程までの自分の考えに恥ずかしさが襲ってくる。



 アーサーとの事でレイスも同じ貴族だからと告白の言葉を信じず、従わなければ権力を使って従わせるのだと勝手に軽蔑してしまった。


 そんな最低な態度を取ったにも関わらず、レイスは誠実な態度を崩さなかった。


 再び顔を合わせるのは気まずいが謝らなければと、シェリナにどうしようもない罪悪感が押し寄せる。




 そして、その日は思いのほか早く来た。




 次の日いつものようにレイスが店に来た。


 まさか次の日に来ると思ってなかったシェリナは激しく動揺し慌てたが、レイスは昨日の事など全く覚えていないかのようにいつも通りで、ただの妄想だったのではと勘違いしそうだった。



「あ……あのレイスさん……」


「おや、もしかして昨日の返事ですか?

 しかし、私は了承の言葉しか聞きませんよ」


「違います!」



 思わず大きな声が店に響き、我に返ったシェリナは母親にこの場を離れると伝え、レイスを連れ店の裏に行くと、勢い良く頭を下げた。



「昨日はすみませんでした。

 あんな失礼な態度を取って、レイスさんは何も悪くはないのに」



「いいえ気にしていませんよ。

 突然あの様な事を言われたら、動揺してしまいます、配慮が足りず申し訳ありません」


「そんな!」



 怒るどころか、シェリナさんを気遣うレイスに益々アーサーと同一視した事が申し訳なくなってしまう。

 落ち込むシェリナにレイスが切り出した。



「昨日の事を気にしてはいませんが、もし悪いと思ったのならば、私の事を真剣に考えて、チャンスを頂けませんか?」


「具体的にはどのような?」


「そうですねまずは敬語で話さず普通にして下さい。

 後は時々一緒に出掛けたりしませんか?

 その上で私とは無理だとおしゃるのなら、私も男です、すっぱりと貴女を諦めます。どうでしょう?」



 レイスとアーサーは違うと思えたが、やはりレイスも貴族の生まれだという事が引っかかり頷けないでいた。



「けれどレイスさんは貴族ですから、一般人の私では釣り合わないと思いますが」


「私の家は元々落ちぶれた男爵の生まれで、ほとんど一般の家庭と変わらない生活を送っていました。

 そんな家なので両親の価値観もどちらかと言えば貴族より庶民寄りで、一般人だからと差別する事はありません」


「私には子供がいますよ」


「貴女の子供なら大歓迎です」


「正直レイスさんの事は友人ぐらいとしか思っていません。

 それに結婚も今は考えていなくて、レイスさんに出す答えがいつになるか分かりません」


「構いません」



 矢継ぎ早に繰り出すシェリナの心のわだかまりを全て受け止めるとばかりに、なんら躊躇う事なく即答していく。



「いつになるか分からないんですよ?

 それよりも、レイスさんなら良い方が沢山いらっしゃると思いますが」


「それでも、簡単に諦められるような軽い気持ちではないんです。

 だから待ちます、貴女の心が手に入るまで、ずっと」



 ストレートな告白に頬を赤くする。


 少し迷ったが、レイスは強引な真似はせず一貫としてシェリナの意志を確認した上で話を進めた。シェリナの疑問にも誠実に答えるレイスと話をする内にいつの間にか了承をしていた。



「じゃあレイスさんも敬語は止めてね」


「私のは普段からこれが普通なので気にしないで下さい」


「それって狡い……」




 それからレイスは毎日欠かさず店に通い、時々一緒に出掛けるようになり、時には贈り物を贈ったりと、シェリナに想いを伝え続けた。


 その頃には店の常連や近所の人の知ることとなり、シェリナの知らぬ所で一体いつくっつくかと掛けの対象になっていたりした。



「いい加減レイスさんが気の毒になるね。

 さっさと結婚しちゃったらどうだい?」


「もう、お母さんそんな簡単に言わないでよ。

 ……今はユイを優先したいし、レイスさんならもっと良い人がいるだろうし」


「けど、その言い方だとレイスさんが嫌だからって訳ではないんだね」


「それは……」



 母の指摘にシェリナは口ごもる。

 正直、最近ではレイスと結婚した後の生活を思い浮かべるようになっていた。

 けれど貴族という身分がどうしても引っ掛かり、シェリナ自身もどうしたら良いか分からないでいた。



「まあ、どうするかはシェリナが決める事だけど、ユイも大きくなったんだからそろそろ自分の幸せを考えても良いんじゃないかい?」


「………」



 シェリナの心が僅かに揺れ動き始めた頃、今まで毎日訪れていたレイスがぱったりと姿を見せなくなった。




***




 2ヶ月が経っても姿を見せなくないレイスに、シェリナの心が沈む。


 最初は仕事が忙しいのだろうとあまり気にしていなかったが、流石に2ヶ月も連絡一つない事に不安になってきた。



 全然返事を返さない自分に飽きたのかもしれない。

 やはり自分では相応しくないと見限ったのかもしれない。

 もしかしたら、他に良い人が見つかったのかもしれない。


 気が付けばいつもレイスの事を考えている事に気が付いて、そんな自分が可笑しかった。

 どうやらいつの間にかレイスの事が好きになっていたのだと、今更になって気が付いた。


 しかし、気付いた所でもう遅いかもしれないとシェリナはさらに落ち込んでいく。



 気持ちに気付いたシェリナだが、さらに1ヶ月が経ちもう諦めかけた頃、レイスから家に来て欲しいと連絡がきた。



 早速教えられた場所に来たシェリナは、その家の大きさに驚愕した。



「間違いないわよね………。

 確か実家は落ちぶれた男爵家って言ってたはずじゃ……」



 だが、目の前にある家はどう見てもそうは思えない。

 シェリナを圧倒する大きな門と、そこから屋敷まで続く広く綺麗な庭。

 明らかに高い地位のある者だけが住めるような立派な屋敷だった。


 きっと間違いだと踵を返そうとした時、家の執事に呼び止められた。



「シェリナ様でしょうか?」


「はい、そうですけど………」


「お待ちしておりました、中へどうぞ」




 戸惑いつつ執事に案内されながら、シェリナに嫌な想像が過ぎった。

 もしかしたらレイスはどこかの地位の高い貴族の令嬢と結婚したのではないか。

 それならばこの立派な屋敷に暮らしている事も納得出来る。

 ここに呼んだのはそれを話す為だと。



「お入り下さい」



 部屋に入ると微笑んで迎え入れたレイスを複雑な気持ちで見つめた。



「お久しぶりですシェリナさん。ゆっくりくつろいで下さい」


「いえ、直ぐに帰りますので」



 久しぶりに会えた事は嬉しいけれど会うのはこれが最後かもしれないと思うと、シェリナは冷たく素っ気ない態度しか取れなかった。


 こんな事ならば早く気付けば良かったと後悔が残る。

 泣き出しそうな気持ちを押し殺し、結婚を祝福する言葉を絞り出す。



「レイスさん、この度はおめでとうございます」


「おや、もう耳にしたのですか。

 とんとん拍子に話が進みましてね、今まで連絡が出来ず申し訳ありません」



 レイスの言葉にやはり予想は正しかったのだと悲しみが襲う。



「ではこれで失礼します」



 これ以上堪えきれず、さっさと部屋を出て行こうとするシェリナをレイスが慌てて呼び止める。



「えっ、シェリナさん!?ちょっと待って下さい!」


「レイスさんの気持ちは言わなくても分かりましたから。

 会うのは最後と思いますので、お幸せになって下さい」


「何を言っているんですか?

 私はまだ貴女を諦めたつもりはありません。また何度でも会いに行きます」



 その言葉に怒りが込み上げる。



「なっ………!私を愛人にでもするつもりですか!?

 レイスさんがそんな人だなんて思いませんでした!」


「愛人だなんて持つつもりはありません。

 私には妻が一人いればそれで十分です」


「けど結婚したのに私を諦めないって事はそういう意味でしょう!」


「結婚?していませんし予定もありませんが………」



 不思議そうな表情をするレイスは、とても嘘を言っているようには見えず、段々シェリナの勢いも無くなっていく。



「えっ……でも私がおめでとうと言ったら否定しなかったじゃないですか」


「それは私が宰相に就任した事を言ってくれたのではなかったのですか?」


「えっ宰相!?レイスさんが?」



 宰相と言えば国で二番目に権力がある、庶民のシェリナから見れば一生お目にかかる事もない雲の上の人物だ。

 その宰相がレイス………。しかも結婚もしてないらしいし、何から驚いていいか分からなかった。



「はい、………………どうやら私達には大きな誤解があるようですね。

 一旦落ち着いて座りましょう」




 落ち着いてレイスの話を聞くと、今までの宰相に不正が発覚し次の宰相にレイスが指名された事を聞かされた。


 その引き継ぎや前宰相の後始末に始まり、宰相就任と同時に伯爵の爵位を与えられこの大きな屋敷への引っ越し。

 それに大きな屋敷ともなればその管理のため使用人が必要となり、人員の手配やその他諸々の準備に追われ、この数ヶ月店に顔を出す所か連絡すら取れない程の忙しさだったとのことだった。



 その話を聞き終え、シェリナは考えていた事は全くの早とちりだったと知り脱力した。



「すみません!声を荒げたりして。

 私てっきりレイスさんがどこかの貴族のご令嬢と結婚でもしたんだと思って、それで……あの……」


「ずっと連絡出来なかった事は申し訳ありませんが、私の気持ちはそんな簡単に心変わりするような簡単な思いではありませんよ。

 ………それにしても、シェリナさんは酷い人ですね」



 苦笑いを浮かべながら突然酷い人と言われた。

 確かに怒鳴りつけたがそこまで言われる程ではないはずだ。意味が分からずシェリナは首を傾げた。



「私は貴女に告白したのですよ?

 私が結婚したと思って声を荒げたなどと言われたら期待してしまうじゃないですか」



「……………だ…さい」


「えっ?すみませんもう一度言って下さい」



 シェリナは恥ずかしさから紅く染まった顔を隠すように俯きながら、しかし今度ははっきりと伝えた。



「………期待して下さい」



 それを聞いたレイスは瞬きも忘れるほど驚き固まった。

 しかしその言葉の意味を理解すると、素早く立ち上がりシェリナの目の前に跪いてシェリナの手を取った。



「シェリナさん………いえ、シェリナ。

 私は宰相になってしまったので貴女が嫌いな貴族の世界に引き込み事になります、辛い思いもさせるでしょう

 しかし、貴女を生涯愛し続けると約束します。

 ですからどうか、私と結婚してくれませんか」


「………本当に私で良いんですか」


「貴女以外必要ありません。

 ですから私と一緒に生きて下さい」



 迷いのないレイスの眼差しに射抜かれ、シェリナの心も決まった。



「はい、喜んで」





***




 シェリナは2度目の真っ白なドレスを身にまとい、控え室で鏡の前に立ち自分の姿を見る。

 側には可愛らしい薄いピンクのドレスを着たユイがいる。



「ママ凄く綺麗」


「ふふ、ありがとうユイ」



 前に着た時は悲しみと絶望しか感じなかったが、今は幸福感に包まれ鏡に映るシェリナは自然と笑みが浮かび上がる。



コンコン




 ノックの後、正装したレイスが入って来た。



 結婚する事で一番の気掛かりは娘のユイだった。

 ユイは父親という存在に対して良い思い出所か悪い事しか思い浮かばない。


 そんなユイに新しい父親は受け入れられるか心配だったのだが、そんなシェリナの気持ちをよそに知らない間に二人は仲良くなっていたようで、親しい人以外には表情が固いユイがレイスと笑み浮かべながら話すのを見た時シェリナは驚きと共に安堵した。



「二人共良く似合ってます、こんな綺麗な妻と娘が出来て私は幸せ者です」


「レイスもとても格好いいわよ」



 幸せそうに笑い合う二人に気を使いユイはそっと部屋を出た。



「ねえレイス、私今凄く幸せだわ。

 でも、何だか不思議な気持ちなの、こんな風に誰かを好きになって結婚するなんてないと思っていたから」


「私はずっとずっと前から貴女と結婚するつもりでしたよ」



 レイスは愛おしいものを見るように優しくシェリナを見つめる。



「あら、それっていつから?」


「ユイが生まれる前からですよ」



 その答えにシェリナは小さく笑った。



「そんな前からじゃ分からないじゃない。

 だって離婚したのは彼の愛人に子供が出来たからで、そうじゃなかったら離婚出来なかっただろうし」



 アーサーはやけにシェリナに執着していた。

 目を合わせる事もなくなった頃、何度となく離婚を打診したが、何故か聞き入れなかった。

 たとえシェリナがあのまま拒絶し続けていたとしても、愛人の存在がなければ結婚生活は続いていただろう。

 運良くシェリナへの執着をなくす程の愛人が現れたから離婚する事が出来たのだ。


 いくらレイスでも偶然を予想など出来ないだろうと、シェリナはクスクスと笑った。

 しかし、レイスから発せられたのは予想外の事だった。



「分かっていましたよ、愛人が出来るのも離婚するのもね」


「………それってどういう事?」



 シェリナは不思議そうに首を傾げる。



「偶然ではなくそうなるように仕向けたという事ですよ」


「…………」



 ニヤリとシェリナが今まで見たことのない凶悪な黒い笑みを浮かべるレイス。


 いつもは柔らかい笑みを浮かべる紳士の黒い一面を垣間見てしまったシェリナは、あらっ?もしかして結婚するの早まったかしら、という思いがシェリナの頭を過ぎるがもう遅い。



 レイスが貴族や王宮の官吏から冷酷非道の魔王様と恐れられている存在だとシェリナが知り、アーサーよりも厄介な人物に捕まったと知るのはすぐ後の事……………。



 けれどその生活は、愛情と幸福に包まれたものになる。



(愛してるわ、レイス)





最後までありがとうございます。

これは「リーフェの祝福」の番外編でユイの母シェリナの話です。

近い内にレイス視点も書きたいと思います。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 子持ちで離婚されても、その後に幸せな再婚できることもあるんだなぁ。 [気になる点] シェリナは結婚を強要されるほどアーサーに求められてますし、レイスにも求婚されましたけど、それだけ男を虜に…
[一言] 短編なのに凄いまとまっててサクッと楽しくよめました。 平民×貴族最古ー
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