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異世界少女と恋した兵器  作者: 独蛇夏子
異世界少女
9/22

9 兵器



「そう、戦争をしていた頃は、魔法を使える子供を戦士として養成し、兵器として戦争に導入していました」


 事件後。

 メイファはお茶を淹れて、事件のあらましについて様々な質問に答えるべく、私と共に過ごしてくれた。


「あの子たち、ロイとマイユは別格でしたがね」


 私はたどたどしいながら、ロイとマイユに関する疑問を訊ねていた。


「兵器?マイユも戦争に?七年前に戦争は終わったと」

「彼女はれっきとした退役軍人です。七歳から八歳まで戦闘の現場に出ていました」

「た、たいえき・・・」

「軍人年金で今は暮らしています」


 道理で金を持っているわけだ。


 メイファの説明によると、私が誘拐された事件は軍事国家政府に対する反対勢力が起こしたものだった。

 要求は〝最強の兵器二人をこちらに引渡せ〟というもの。彼らの目的はグリフェーン兄妹にあった。


 建物を攻略し、敵を一掃せんというばかりの鬼神じみた兄妹を目撃してしまったからには、あの二人が〝最強の兵器〟というのも納得せざるを得ない。

 普段は無表情で、優しい二人。まるで別人のように敵を蹴散らして、そして、私を助けてくれた。


「・・・それをどうして引渡せ、と?まさか、兵器として利用したかったの?」

「いえ。あの反対勢力は『グリフェーン兄妹のような危険な存在を創り出した政府は断罪されるべきだ』と、度々公言していました。貴女を人質に、彼らはグリフェーン兄妹を殺害するつもりだった。リナの存在を見て、彼らの弱みを見つけた気になったのでしょうね」


 そして、メイファはグリフェーン兄妹のあらましを語り始めた。

 グリフェーン兄妹は、百年に渡る戦争の最後の十年間に登場した悪魔の最終兵器ともいうべき存在だった。

 兄のロイは手をかざして力を行使することで、戦車百台が並ぼうと、飛行機百機が飛ぼうと、全てを破壊し尽くす魔力の持ち主であった。ロイ一人の投入だけで、敵国の戦闘能力は激減することになり、その存在によって対話交渉の最終局面に入るきっかけを与えたともいわれている。

 隠密行動にも長けているので、ロイは様々な国を渡り歩き、多くの情報を集めた。

 最後の二年に参戦した妹のマイユは、彼女が手を捻るだけで戦場にいる兵士たちが一斉に捻り潰されるだけの魔力を持ち、人間の位置を把握する能力の高さが随一であったため、ジャングルや森に隠れての進軍・塹壕に隠れての戦闘を無駄にせしめた。

 遠かろうと、一辺に複数人の兵士の位置が特定され、その人間が一斉に捻り潰される。たった一人の、小さな少女のために。彼女が投入されるだけで敵国の司令官は震え上がった。


 この兄妹の登場で、戦争は終わった。

 それはある方面では肯定的な面があり、ある方面では否定的な面が残った。

 勿論、彼らは恐れられた。

 彼らが及ぼした被害が如何ほどなのか、戦火と対話交渉の中で伏せられた部分も多く、現段階では真相は闇の中に葬られている。

 しかし、その影響は甚大であり、その後子供と魔法の兵器としての利用について断罪する声が今も止まない。


 私は唖然とするしかなかった。

 まさか、そういう人たちの保護を受けているとは夢にも思わなかった。

 ロイの「Special」な白い軍服って、そういう意味だったのだろうか。

 私はきちんとした人に保護してもらっている、としか思ってなかった。


 ネコを連れて帰ってきたときのロイと、ネコを抱いたマイユを思い出す。

 二人は互いを見つめて、「まさかマイユが/お兄ちゃんがこんなことをする日が来るとは」と言っていた。

 それって、そういうことだったのか。

 戦争を終わらせるきっかけにまでなった、〝兵器〟の二人。

 二人は想像以上に、過酷な状況を生き抜いてきていたのだ。


 固まる私を見て、メイファは気遣うように言った。


「彼らが怖いですか?」

「いいえ」


 私は即答した。


「私は二人が優しい人だと、知っています」


 メイファはほっとしたように微笑んだ。


「そうですか。それならよかった。あの二人をリナが拒否しないか、それが心配だったのです」


 やや疲れた表情でメイファは言った。


「それにしても、私どもも、彼らが直接貴女を助けに行くとは思っていませんでした」


 今、別室で二人は反省文、始末書、報告書の作成に追われているらしい。

 アランの連絡で私が攫われたことが分かった直後、軍部で作戦を立てることになったのに関わらず、二人は姿を消した。

 そして、軍がついて包囲網を作った頃には、私を助け出していたのである。


「本当は軍法会議ものなんですがね。軍も勢力の大半を捕えることができましたし、お咎めなしになると思います」

「よかった」


 ほっとして、お茶を啜る。

 人が変わったかのように目を爛々とさせて魔法をぶっ放していたロイと、踊るように魔法を繰り出していたマイユを思い出して、歎息した。

 怖いっちゃ、怖い。

 二人とも凄すぎたもの。


 でも、私を連れ出した後の二人は、いつも通りで、私を両側から抱き締めて、「もう大丈夫」と繰り返した。

 そのぬくもりに、条件反射で私は安堵したんだ。


「しかし、二人が戦うときに、あんなに性格が変わるとは思っていなかった」


 「四の五の言わせずぶっとばす」とか。

 いつもとギャップありすぎだろ。


「・・・いえ、それは貴女だからこそ、だったのでしょう」

「え?」

「二人とも戦争のときは、もっと冷静に、無感情に魔法を使っていました」


 窓の外のビル街の夕暮れに、闇が濃くなって、メイファは室内の電気を点けに行った。

 スピード解決だったから、私は思ったより拘束されていなかったらしい。なんだか今日は詰め込み過ぎの一日だ。

 まだ、メイファの話に続きはある。私は大人しく聞いていた。


「ロイはね、全てに無関心で、ただ兵器としてそこにいるような存在でした。妹のマイユも同じでした。戦争が終わってから、二人とも役割を失くして茫然としたようでしたよ。マイユの方が年齢が幼く、戦争に従事した期間が短いのもあってか、ちょっとずつ人間らしさを取り戻して『休養をとりたい』と退役しました。しかし、ロイは最近まで全て軍の命令で動く、人の心を持たない兵器のままでした。決して、一人の人間を気に掛けたり、心配そうに女の子の顔を覗き込んだりする人ではなかったのですよ」


 メイファは慈悲深く微笑んでいた。

 ロイのことを気にかけていたのだろう。詳しくは知らないけれど、彼女はロイの上司であり、きっと様々な面を知っているに違いない。


 心配そうに。

 その女の子とは、私のことだ。

 心臓がとくんと鳴った。


 私の心を知ってか知らずか、メイファは悪戯っぽくウインクした。


「感情を爆発させて、それでも正確に、安全に貴女を救い出した。今の政府には、彼らに対する負い目がある。戦争の兵器として育て上げ、人生を奪ってしまった子供たちに対してね。意外と、彼らの成長を喜ぶ者は多いはずですよ。そして、政府に反対するあまり貴女にちょっかいかけたい輩も、控えるのではないですか。何しろ、兵器を怒らせたのは今回が初めてですから、よい威嚇になったかも知れません」


 あっけらかんと言うメイファに、私はこの感覚分からないな、と思った。

 彼らには出来れば怒って欲しくないし、私も二度とあんな目に遭いたくない。

 怒りや力を利用して欲しくない。


 少女ノベルに『普段穏やかで優しいやつほど怒らせると怖い』という記述があったけれど本当だったんだなぁ。

 くすぐったい気持ちもある、しかし、空恐ろしい気分で、私はメイファの淹れたお茶を啜った。



 始末書を書き終えた兄妹と三人で一緒に帰った。

 二人は私と手を繋ぎ、真ん中に入れてもらって道を歩いた。

 私はなんか恥ずかしいのに、二人ともいつもの無表情なんだもの。私だけこそばゆいみたい。道行く人も微笑ましそうな目で見てくる。


「ね、一人で歩ける」

「駄目」

「駄目」

「また攫われたら心臓が止まる」

「今度攫われたら犯人なぶりころす」

「ごめん分かった」


 結構物騒な言葉を聞いた気がする。

 でも、大切にされるって、こんなに安心することだったんだ。

 冬空を見上げて、都会の高いビルに隔てられた空に星を見つけて、なんだかこの世界を好きになれそうに思えた。



 それから暫くして、私は久々にアランのフィッシュ&チップスのお店に出勤した。

 アランは私の顔を見るとほっとした顔をして、すぐに仕込みを手伝わせた。

 日常を取り戻すのが、一番大切。


「そう、最初から〝最強の兵器〟に預けるのかよって、ちょっと心配だったんだ」

「知ってたんですか?」

「ああ。知っての通り、僕は世間に詳しいからね」


 と、アランはウインクする。


「でも、思ったより君を大切にしていたみたいだったし、いいかなって。何よりあの白い制服の軍人」

「ロイね」

「そう、ロイが君に日本語で話しかけたとき、僕が英語で話しかけたより君の反応が全然違ったから。なんか、笑いそうになってなかった?」


 あの時のことを思い出して、笑いそうになって、変な顔になった。


「そう、あんなイケメンなのに、彼は古い日本語で喋ったんです。そのギャップが」

「へー、なるほどね」


 アランはフライにする魚に丁寧に衣をつけていく。

 暫し沈黙が流れた。


「もし、元の世界に帰れるようになったとして、君がこの世界に残るつもりだったら、僕はこの店を君に譲るよ」



 え。




 思いも寄らないアランの言葉に、急に胃の下あたりをきゅっと掴まれたような気分になった。





 スマホの電池はとっくに切れている。消費電力が大きすぎるからあっという間になくなっちゃった。

 だけど度々私は荷物からスマホを取り出す。家族や友達と繋がったこの機械を触ると、色んなことを思い出すのだ。

 どの思い出も、今となってはキラキラと輝いている。戻りたいと思う気持ちは変わらない。それが故郷なのだ。

 でも、「故郷」と思ってしまうこと自体が、もう私をあの日本での日々から引き離している。

 グリフェーン家は私の居場所だった。

 大好きな人と、生活。好きになれそうな世界。ギルファロ国の歴史も、もうちょっと知りたい。


 でも、アランはどうしてあんなことを言ったのだろう。

 まだ異世界との裂け目や、戻り方は解明されていないはずだ。


 コンコン、とノックの音がして、返事をするとロイが入ってきた。

 ロイは私がスマホを持っているのを見て、表情を強張らせた。


「どうしたの?」

「・・・・いや」


 ロイは黙って私に袋を差し出した。

 紙袋に入っていたのは、箱に梱包されたこの世界でのスマートフォンのような通信機器だ。


「これ・・・」

「使って、欲しい」


 驚いて見上げると、真剣な目とぶつかった。


「俺と、マイユと、メイファ大佐の番号とメールアドレスが入っている」


 と、ロイが手にしている黒い通信機器を見た。彼がこれを持っているのは初めて見た。もしかして、買ってきたのではなかろうか。

 ロイの手が震えている。何故だろう、私を見る目も切実なものが籠っているように感じられた。


「お願いだ」


 嘘みたい。

 〝最強の兵器〟なんて言われている、メイファ曰く人間らしくなかったという人物。

 ただ心を揺らせて、私に断られやしないかと震えている。


 とっても、愛しい人間じゃないか。


 私は通信機器を手に取った。使い方はスマートフォンと一緒らしかった。文字がところどころ読めないから機能をどこまで使いこなせるか分からないけれど、女子高生ナメんなよ、と思う。

 カメラ機能を起動させて、私はロイに近寄り、一緒に写真を撮った。


 パシャ


 メールアドレスを取得して、ロイに送信すると、ロイは私とのツーショットをまじまじと見ていた。


「それ、持っていてね」


 ロイはぼんやりした表情で、通信機器の画面を眺め、それから嬉しそうに微笑むのだった。

 私はそれを見て、とても嬉しくなる。


「これ、ありがとう。大事にするね」


 ロイがとても大切な人だから。

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