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異世界少女と恋した兵器  作者: 独蛇夏子
恋した兵器
21/22

9 瓦解

 こちらに残ることを決めたリナは、フリースクールに通い始めた。

 そしたらマイユまでフリースクールに通い始めた。なんだか二人は仲が良さそうだ。

 よかった、と思う反面、なんとなく俺はマイユに嫉妬している。性別が違うとこうも関わり方が違うのかと思う。リナとマイユがじゃれているのを見ると、時々置いていかれたような気分にすらなる。

 「お姉ちゃんお姉ちゃん」と言ってリナを慕うマイユを見ていると、そんな気持ちが馬鹿らしくなるが。

 何より。

 リナがきちんと俺を真っ直ぐ見て、付き合ってくれる。

 それは、マイユと話していたり、フィッシュ&チップスの店で客を相手にしているときとは違う親しみを持っている。

 俺は自分の心がリナと寄り添っているのを日々実感して、感謝していた。

 何に、かは分からないが、リナと、マイユと、暮すことが、とても安らかで、大切で、ありがたいことのように感じるのだ。


 そんな心穏やかに暮らしていたある日、俺は出張で、地方の山奥に降り立つことになった。

 岩がごつごつと張り出した山を、魔法で補助しながらひょいひょい跳んで登り、俺は久々に一人になって色々と考えた。


 出張中一週間もリナに会えないのは苦しいが、フリースクールに行き始めたリナは生き生きしている。暫く俺と会えなくても大丈夫そうだった。

 リナは「メールするよ。ちゃんと文字覚えたから!」と言って、元気に送り出してくれた。

 少し寂しい気もしたけれど、同時に俺は安心する。

 リナはきちんとこの世界に定着している。

 消失を心配しなくてもよさそうだ。


 出掛けにキスしてくれたことを思い出し、俺は切なくなった。帰ったらもっとたくさんしてもらおう。


 こちらにいると決めたリナに、俺は「結婚してくれ」とつい口走ってしまった。

 「ごめん、保留にして」と言われた。結構落ち込んだ。

 だが、リナにとって突然の申し出だということは分かっていたし、俺もずるいといえば、ずるかった。

 リナと一緒に生活して、これからも生きていきたい、守りたいという気持ちは確かにある。

 だが、自分を肯定するために、リナを側に置きたい気持ちもある。

 リナが大切だと思ってくれているから、俺は生きていてよかった。

 本当にそう思っているけれど、それで俺の内面に渦巻くものが整理されるかというと、そういうわけではなかった。

 リナを理由にして俺が生きる、というのだと、何かが違う。


 リナがこちらの世界に残る決意をしたのは嬉しかった。マイユも、メイファ大佐も喜んだ。

 リナはアランのフィッシュ&チップスの店も受け継いだという。お客さんからも喜ばれたらしく、リナも嬉しそうだった。

 とはいえ、リナには一生、元の世界から引き離された傷が残るだろう。今も時折、暗い表情を見せる。ジンロクが残した資料も、読めないのに読もうと努力していた。


 しかしリナは、この世界で生き、歩んでいく覚悟がある。

 それに俺は教えられた。

 学校に行きたいと言うリナに、大変だからと俺とマイユは止めたが、リナは譲らなかったのだ。


「私、この世界に来て知ったの。世界って、社会って、きっと私が思う以上に色んな人たちの心が働いていて、私は知らない内に支えられている。私はロイやマイユを支えたい気持ち、あるし、私もそんなふうに、誰かのために、この世界のためになれるように、もっと何かを身につけたいの。小さなことでも」


 リナの言葉からは強い意志を感じた。

 世界に迷い込んできたばかりの、頼りなくて泣いてばかりいた、面倒臭がりの異世界少女はもう、そこにはいなかった。


 リナの言葉を聞いて、先祖のジンロクがニホンジンが迷い込んでしまったときのために残した言語資料のことを思い出した。

 どんなに可能性が低かろうと、後世に役立つよう、人が困らぬよう、ジンロクは慮って資料を書いた。

 それは、世界に対する愛情だ。

 誰かのためになるように、小さなことでもジンロクは行った。

 あのボロ紙にしか見えない資料を残し、子孫に伝えていった俺の家族もきっとそう思っていた。

 父親や母親は、戦火に追われて財産も少なかったのに、資料だけはきちんと持っていた。


 父親と母親は、どういうつもりだったのだろう。

 俺を〝兵器〟に仕立てようと考えたのは確かだと思うが、それはどんな理由からだったのか。

 前まで抱かなかった疑問が、燻っている。

 今となっては、もう分からない。

 だが、その時、俺はきっと両親から何かを託されていた。


 俺は何をすべきなのだろうか。

 〝兵器〟としての過去に目を背けたまま、俺は人間として生きれないだろう。

 不安定な気持ちでふらふらしている、時折暴走しそうになる俺が自分自身の暗闇をいつまでも放っておくわけにもいかない。


 あんなにも簡単に散らしていった命たち。

 大量破壊を行ってきた罪深い俺は、裁かれずに生きている。

 戦争であろうと人殺しは罪である。

 しかし、戦争による殺人は裁かれない。

 ギルファロはそれを戦争のための特別措置、としている。このため、戦争を行ってきた首謀者たちや兵たちの多くは裁かれなかった。

 俺も裁かれなかった。それでも罪は消えない。法律があり、裁かれるから罪なのではなく、他者の悲しみと怒りを生むから罪は存在する。悔恨と呵責が心に根を下ろしているから、俺の中には罪が存在する。


 呪われた俺は一生懸命生きようとするリナと共に歩けるのだろうか。

 誰かが愛している他人を殺した俺が、誰かを愛し守りたいなんて、死んだ人々に対して冒涜的なのではないだろうか。


 その思いがずっと引っかかっている。



 久しぶりに居場所の分かったロシア人の冒険家は岩山の上にテントを張って、カップでコーヒーを飲んでいた。

 魔法でひょいひょいと跳び上がって登ってきた俺をぽかーんと見て、服装で「ああギルファロの軍人か」呟いた。

 冒険家だというが、意外と小柄だ。一回しか会ったことがなかったけれども、相変わらずである気がした。


「こんなところまで登ったのか。すごいな」

「それはこっちの台詞だ。こっちは苦労して登ったのにあんたはひょいひょい登ってきやがって」


 こんなやつがいるのに何故今も地図が完成していないんだとロシア人はぼやく。


「生存確認だ」

「あーはいはい、生きてるよ。そういえばこの間、魔女と名乗る女も現れたな。あの魔女も簡単に現れたな、びっくりした!元の世界に戻るかと訊かれけど断っちまった。元の世界に戻ってもつまんねー。ギルファロはいいよな!旅行券だけで移動できるし地図が未完成だから冒険し甲斐がある!」


 それがこの世界に残った理由か。

 彼は魔女のことと、何故この世界に残ったのか、俺が訊こうとしていたことをすべて勝手にぺらぺら喋った。

 拍子抜けした。

 異世界に迷い込むという、自分に存在に関する重大な事件があったのに、彼はあまりにあっけらかんとしている。


「貴方は何故生きているんだ?」

「何だ?!突然。あんた思春期なのか?!」

「思春期?それは何だ?」


 ロシア人は呆れたように俺を見た。


「はぁ~インテリなんだかガキなんだか分からないヤツだな」

「俺もよく分からない」

「よく分からないのかよ。何でそんなことを訊く」

「気になるからだ。貴方は大分、世界にこだわりなく生きている」

「そんなことねーよ故郷のウォッカが懐かしいぜコノヤロー。だがな、いいか、教えてやる」


 いきなり立ち上がり、彼は突然山脈に向かって叫んだ。


「何故生きているかなんて知るか!理由なんかある前に、俺は生きているんだ!」


 俺は茫然とした。


 理由なんかある前に、生きている。


「分かったか?」


 冒険家が、ニカッと笑って俺に言った。


 山脈に、咆哮がこだました。

 俺はこだまするその言葉に聞き入った。




 山脈の向こうには、かつての戦場がある。

 その当時、人々が這いつくばり、塹壕の中に犇めき合い、その上を銃の弾が行き交い、魔法合戦が行われ、焦土となった土地だ。


 冒険家の無事は確認できて、ふと山脈を見ていて思い出したので、自然と足が向いた。

 戦争が終わってから、初めて訪れた。

 戦場の復興はさすがに及んでいないらしい。

 そこはどこまでも広がる平野だった。


 あの頃は荒れ地で、硝煙と火の魔法と水の魔法がぶつかりあった水蒸気で満ちていた。

 大地は多くの人間の血を吸い、死体が山となって腐臭を放っていた。

 どす黒い空気が充満し、空は見えなかった。


 十年以上前、俺はここに降り立って、そんな戦闘機と戦車、兵士が殺し合っている場所を、破壊し尽くした。

 この平野が無になり、静かになるまで。

 すべてが無駄になるまで。

 最も中心的な戦闘地だったこの場所を俺が制圧したことで、世界中の国が恐怖し、ギルファロへとその支配権を移す流れが出来上がった。


 平野は今、青々と草で覆われていた。

 草原を歩いても、見覚えのある景色は見当たらない。

 あの頃、土が剥き出しになった大地があり、物言わぬ死体と重機があった。

 地面からは煙が立っていた。

 俺はただ一人、荒廃した土地を生き残りがいないかと歩き回った。

 殺す。そのために。


 だが、今は残された大穴が開いた戦車に雑草が生えている。白骨が積み上がっているが、それらも草が覆い、土と同化している。

 時折花が見える。

 平原の向こうには山が見え、空は晴れ渡っていた。


 静かだった。けれど、穏やかだった。

 草花がそよぎ、蝶々が花の蜜を吸っている。蜂が飛ぶ。小さな細かい羽虫が散っている。

 風が吹いてくる。木々の香りがする。


 捨てられた戦車の側に、墓碑が立てられていた。


『戦争に翻弄されし魂、ここに眠る 穏やかならんこと願う』



 ここにいた兵士、皆、死んだ。

 俺に殺された。



 俺は途端、衝動的に叫び声を上げた。

 涙が流れ、地に伏した。

 胸に走る苛烈な痛みに耐え切れなかった。


 俺は何でここにいる。

 あんなことを、したくなかった。

 途方もなく人の恨みと悲しみが積もる出来事が、俺のせいで起こった。

 それを今、まざまざと感じるのだ。


 ギルファロは、俺は、あまりにも多くのものを奪った。

 それなのに、俺は生き続け、人々が求めて止まなかった平和な社会で生きている。

 かけがえのない大事な人にまで出会って。


 壊れそうなほど、悲しく、悔しく、何かが許せなくて仕方なかった。


 罪深い自分を肯定できるわけがない。

 この先、ずっと俺は呪われ、恨まれた存在であり続けるだろう。


 だが、思い出すのだ。

 この世界に来て、絶望していたリナが、微笑み、前を向こうとしていった姿を。

 街が復興し、人々が行き交う街を。


 どんなに罪深かろうと、この地が呪われていようと、生命は再び芽吹いている。


 理由があるより前に、生きている。


 見上げた空は青く、白い雲が流れるように過ぎていった。

 ここがどんな場所であろうと、世界は美しく、そして巡っている。


 途轍もなく、罪深く、悲しみは連鎖している。

 それでも俺は生きる。

 大切なものを投げ出したくなかった。決して許されることがなくても。


 大切で愛しい存在のいる人間として、今度はこの世界を守る。

 笑い、平和に過ごす人々が生きる世界を、それこそ、馬鹿みたいに。


 罪深さは一生消えない。

 それでも愛している。

 リナを愛し、リナやマイユが生きるこの世界を。




 風が吹き抜けて、頬に触れていった。

 風は草原をなびかせ、駆けていく。


 俺は風を背負って、立ち上がった。

 帰ろう。

 リナとマイユのいる場所へ。


 俺は風に押されるように、草原を後にした。



 リナ、帰ったら君を抱き締めるよ。

 どうか、笑っていて。

 馬鹿みたいに、この世界を守ってみせるから。


 まだ、終わらない。

ロイさん編終了。読んで下さりありがとうございました。


マイユさん編をその内始めます。

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