2 保護
ようやく理解できるがややずっこける言葉に出会った私に、ここぞとばかりに説明されたのは、私の境遇だった。
いわく、「おめぇは世界の裂けたところを通って別の世界に来ちまった」。
いわく、「向こうの世界からだと広ぇ裂け目だがこっちゃ世界だと狭ぇ」。
いわく、「魚の罠ァかかってぇるようなもん。裂け目も何処にあんのかも分かんねぇ」。
ゆえに、「簡単にこっちゃから向こうの世界に帰れねぇ」。
ただただ驚く私に説明する無表情な東洋系イケメンはべらんめぇ調で説明し続けた。
呆然としつつ、スープを啜る。
古めかしいべらんめぇ調の日本語だけれど、ようやく安心できるものに出会えた。そしたらお腹が空いてきて、お腹を押さえていたら近くの軍服さんがスープを勧めてくれたのだ。
温かいスープはトマトの味がする。
周りにいる人たちは皆笑顔で私を見ている。
やっと、状況が理解できた。
全員、わけの分からない状態に置かれた私をどうにか宥めようとしていたのだ。
そう思うと涙が出てきて、暫くひたすらトマトスープを食べ続けた。
そんな私に彼は必死に言葉を探しながら話し続けた。
私がいる場所は軍の施設であり、官庁である。
アランがいるように、別の世界から入ってきてしまった人は他にもいる。
世界の裂け目から入ってきてしまった人は、この国の決まりで全員助かるようになっているから、大丈夫だ。
スープを食べ終わった私は素朴な疑問をぶつけた。
「貴方は何で日本語を喋れるの?」
質問の意図をゆっくり理解したらしい彼は、目線を天井に向けて少し考え、答えた。
「わっちのご先祖さんジンロクが江戸の出でごぜぇまして、こっちの世界に入り込んぢまいました。農民でごぜぇまして、農家の大事を為したもので、こっちの世界では少し名のあるモンでごぜぇやす。同郷の者がまた来たときに、困っちまうといけねぇと、一肌脱いで筆を手に、言葉のありようを残したのでごぜぇます。わっちはそれを使って、備えということで、この言葉を勉強したのでごぜぇます」
若干文法的に変な感じのする言い回しだが、私は理解した。
この人は江戸時代にこの世界に迷い込んでしまった農民の子孫なのだ。だから書き残した言葉がべらんめぇ調なのだ。
彼は農民の子孫なのか、と思って落ち込んだ。
本当に帰れないんだ。
しょぼんとした私に彼が訊ねた。
「おめぇさん、名前は?」
「高西里奈」
「コーザイ?」
何を恨めばいいのだろう。
分かっている。何も恨めない。
だけどこの不安定な場所に立たされた心地を、どうすればいいのだろう。
力なく見ると、彼は相変わらず無表情だった。
「わっちの名前はロイ・ジンロク・グリフェーン」
絶望しているのに思わず吹いた。
駄目だ、このイケメンの「わっち」は駄目だ、ツボだ。
何故笑われているのか分からない、という表情で、ロイは言った。
「ロイと呼んでくれろ。おめぇの面倒はわっちが見ることになった」
こうして、私は異世界で日本人の先祖を持つ軍人ロイの世話になることになったのである。
江戸時代の人は言葉に「エー」という音が入りやすく、「しない」が「しねぇ」、「おまえ」が「おめえ」となまったそうです。
ただこの日本語はあくまで「雰囲気」で書いていますので、実際のものとは異なりますので、ご了承ください。