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異世界少女と恋した兵器  作者: 独蛇夏子
恋した兵器
15/22

3 願意

「貴方たちは私の罪です」


 赤く光る瞳が、白い睫毛の下に光る。

 総帥ギルティ・ファローナはその玉座で、憂うように俺とマイユを見つめた。


 その表情は氷のように冷たく、それでいてすべてを受け容れるとでもいうような包容力に満ちている。


 誰かがそう言ったが、俺にはその真偽などどうでもよかった。

 戦争が終わり、功労者である俺たちに総帥が言葉をかけている。

 それだけ分かれば充分なのだ。


「人を殺める兵器を作り出した私の罪は重い」


 しかし、と唇が動く。


「兵器よ、人を殺すことは罪なのです。貴方たちも罪を被ることになる。これから負う責苦を他者に、社会に、国にぶつけてはなりません。すべては人々の望みです。平和でありたいという呪われた望みと、生き続けたいという祝福に満ちた恨みを貴方たちは背負ってゆく」


 よく、分からない。

 目の前の美しい熟女の魔法使いの言うことが、俺は理解ができなかった。

 俺たちは国のため、人のためにしか力を使うことを許されていないはずだ。

 一体今更、どうしてそんな当たり前のことを言うのだろう。


 総帥は目を眇めた。


「・・・私は、いつか貴方たちが、自らの苦しみに目覚めることを望む。そして、苦しみの果てに幸福を掴むことを望む、子供たちよ」


 隣でマイユが目を見張っていた。

 総帥の言葉は妹に何かをもたらしたらしかったが、俺の中に何も変化はなかった。

 戦争が終わるということは、そんなにも違うことなのだろうか。


 分からなかった。



 戦後、マイユは退役し、家でゴロゴロするようになった。

 特にそれについて、俺は意見を持たなかった。マイユの望む進路はそれだったのだろう、と思うのみだ。

 俺は軍人を続けることになった。

 軍の規範がない生活など、俺には想像できなかった。


 だが、戦争のない社会で、軍部は主に政治を行う場となり、変化していった。

 ルドクレス国の中枢部と抗戦勢力ギルファロの幹部が合併し、各敗戦国から派遣された代表で構成された国家は、ギルティ・ファローナを中心とした巨大軍事国家ギルファロ国として急速に復興し始めた。


 俺は暇になった。当たり前だ、戦争がないのだから。

 白い軍服が与えられ、それを着て歩いていると、軍部の者たちのほとんどが俺を避けた。

 グリフェーン兄妹の顔写真は出回っていない。マスコミの誰も撮る隙がなかったからだ。

 だが、白い軍服は『触れることなかれ』=『危険人物』である証だった。

 その事実は後から知ったことだったが、軍で白い軍服を着ているのは俺だけだった。

 『触れることなかれ』といえば、〝最強の兵器〟。

 俺がロイ・ジンロク・グリフェーンであることは筒抜けだった。


 いや。俺だけではなかった。

 もう一人白い軍服を着ている人がいた。

 ギルティ・ファローナ総帥だ。


 戦時中から、ギルティ・ファローナ総帥は目立つのに白い軍服を着用している。

 赤い目に白い髪の、年齢のわりには美しいといわれる総帥が、常に背筋を伸ばして立つ。

 その姿を拝す者の多くは悪魔の化身か神の権化か、どちらかであると表現するらしい。

 触れることなかれ。

 彼女にぴったりの言葉かも知れなかった。


 昔はあの御髪は綺麗な金髪だったのです。


 ギルティ・ファローナの侍女だったといわれる、軍幹部の老婆はそう言う。

 悩み、考え、主張し、否定され、徹底して抗戦し続け、圧倒的な力を得て敵を排除してきた末に、ギルティ・ファローナの髪の毛は真っ白になった。


 その逸話を一般的に知られていることらしい。知らなかった、という軍部にいる女が泣きながらその話を聞いていた。

 だが俺は、不思議な気がした。

 一体、その話に泣くのが何故なのか分からなかったし、ギルティ・ファローナが悩んだり考えたりするというのもよく分からなかった。

 国を作り上げるのは大変だったのかも知れない。

 だが、彼女は法律に従ったのではないのだろうか。彼女が作ったのだから、そうに違いないのに。

 何故、髪が白くなったり、ギルティ・ファローナの顔も見たことがないはずの女が泣いたりするのだろうか?



 街は急速に復興していった。

 各国も同じように復興しているという話が聞かされた。

 俺が壊した街も、元国も、戦後復興のため急速に整備されていると。


 街には様々な建物が建ち、会社や店が集まった。

 多くの民族の人々が街を行き交い、豊かな都を形成する。


 俺は自分の欠陥を意識せずにはいられなかった。

 人々が嬉しそうに行き交う街。

 俺はそこに加われない。

 平和の何が嬉しいのか、俺には分からない。


 テロ行為や内紛が暫くは各地で起こったが、いずれも治安部隊が沈静化する。

 俺の出番はそこにはなかった。俺が行くには小さすぎる事件だと言われ、そして軍は俺をあまりを使いたくないようだった。

 〝兵器〟は人々の恐怖の的であり、生命の倫理に反するという。軍が使えば、人々の不安・不満は募る。平和な世に相応しくない。無闇に使うのはよくないのだ。

 特にそれに俺は意見を持たない。

 ただ、無為に軍に所属し続けた。


 暇だった俺に配属決定の通知があったのは、戦争が終わってから二年後だった。

 異世界人対策課。何故そういう人事になったのかよく分からない。

 が、上司の顔を見て俺は正直驚いた。

 金髪をきちっとまとめあげ、青い瞳をした、中年のわりに美しい女性。赤い軍服を纏う。

 俺はその人をじろじろと眺め、尋ねた。


「何をしておいでですか、総帥」

「あら。分かってしまった?ロイ」


 彼女が〝兵器〟と呼ばず、〝ロイ〟と俺のことを呼んだのは、初めてだった。

 しかも、悪戯っぽく微笑んでいる。

 髪の色も目の色も異なるし、派手な口紅と軍服。表情の豊かさは、あのギルティ・ファローナとは似ても似つかない。

 共に配属になった軍人たちは、俺も同じ配属であることにまず驚きであるようなのに、俺と総帥のやりとりに目をひん剥いていた。

 総帥はくすくすと笑った。


「この姿の私はメイファ、よ。もともとは金髪だったの。懐かしくなって染めたわ。カラーコンタクトで目も青くして」

「では異世界人対策課の課長はあくまでも・・・メイファ大佐、ということになりますか」

「ええ。前から興味があったのよ、異世界人。ゲイロン氏の論文も読んだわ」


 あまりに気さくで表情豊かなギルティ・ファローナの姿に、全員呆気にとられていた。

 勿論、俺もだ。

 こいつは誰だ?とすら思う。


「だが、何故私が異世界人対策課なんですか」

「貴方、自分の先祖がジンロクという異世界人でしょう?もってこいではないですか」


 そういえばそうだった。

 自分の先祖のことなどあまりに無関係に生きて来たから、すっかり頭から抜け落ちた。

 確かに、俺には異世界人と所縁がある。


「戦争が終わった今、様々な魔法の研究や、課題を片付けねばならないときが来ました。まずはこの世界にやって来る謎の気の毒な異分子たちをどうにかしてあげないといけません。ルドクレス国が異世界人救済法を整備しているので、守られている人間もいるようですが、基本的に異世界人の迷子はあってはならないものなのです」


 ギルティ・ファローナ総帥―――メイファ大佐は生き生きと語った。

 戦場で遊撃部隊を叱咤激励し、指揮したその声で。

 多くの戦火を強制的に終わらせてきた絶対的な権威者は、今度は人を救う大義を語る。


「軍の魔法研究課では、異世界に関する研究を進めさせています。・・・そして、私には貴方は人間に戻す義務がありますね、ロイ」


 作り物の青い瞳は、俺の顔を覗き込む。

 俺には何を言っているのか、分からない。


「何を言っているのか、分からない、という顔ですね。ですが、私は上司です。忘れてはいませんね?貴方は私の罪、ならば、諦めません」


 この矛盾だらけの上司の言葉も、俺はよく分からなかった。



 仕事は仕事。

 命令は命令。

 俺はそれによって動く。


 それだけだ。



 俺はジンロクの資料を自宅から探し、引っ張り出してくるよう言われた。

 両親が保管していた荷物の中からジンロクが書き残した資料が見つかった。

 とても古い資料だ。何でボロのような紙を両親は残したのだろうと思ったが、その資料の一ページ目にジンロクの異世界人としての思いが書いてあり、後世ニホンジンがこの世界に来た際、困らないよう言語を出来る限り書き残したものだと分かった。

 無関係の、自分の死んだ後のことをどうしてジンロクは考えたのだろうか。

 不思議だったが、俺はメイファ大佐に命令されるがまま、その資料を解読し、言語を習得した。


 一つの音に対し複数の文字を持つ難解な文字体系を使用して文章を書くこの民族は一体何のつもりかと頭が痛くなった。

ジンロクさんは変体仮名で資料を書き残していました。

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