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異世界少女と恋した兵器  作者: 独蛇夏子
恋した兵器
14/22

2 源流

 お前は兵器だ。

 兵器であると共に、軍人だ。

 法律と軍規に基づき、あらゆる命に従え。

 己を排除し、律せよ。


 軍の上官の命令は絶対である。

 お前は自分の思うままにその力を行使することを許されない。

 感情の赴くままに行動することを許されない。

 人の生きる社会でその力を無闇に使用するのは、反社会的な行為である。

 法律に反し、軍規に逸す。

 軍人である以上、国民と国民が形成する社会は、お前の守るべきものであり、その平常が反社会的な組織、人物、思想、行為によって侵されるとき、お前の能力は然るべき手順によって使用が許される。



 何度も繰り返し覚えた言葉。

 喜怒哀楽より、人間の道徳より、何よりも先にあるもの。

 それは軍規であり、兵器としての心得である。

 俺はそうやって、生きてきた。


 小国ルドクレスの魔法戦闘員だった父親と母親は、抗戦勢力ギルファロの法律と軍規、魔法の基礎を俺たち兄妹に叩き込み、俺が九歳のとき、妹が二歳の時に戦争で死んだ。

 その後、俺たちは抗戦勢力ギルファロという組織に引き取られ、魔法の訓練を受けた。

 出自といい、その時代の趨勢といい、俺たちが〝兵器〟となるのは必然的なことだった。


 父親と母親はギルファロが俺たちを〝兵器〟に仕立て上げやすいよう教育していた。元からそのつもりだったのだろう。

 俺は父親と母親のことを覚えていない。そっくりそのまま、記憶が消されている。おそらく父親か母親のどちらかが、その措置を行ったのだろう、と〝兵器〟の養成所にいた魔法使いは言った。


 俺は法律、軍規、魔法の基礎だけが残っている、空っぽな器だった。


 ギルファロの総帥はギルティ・ファローナという女性だ。

 組織の名称は彼女の名前から取られた。

 抗戦勢力ギルファロの構成員は、戦争で失くした人のある怒れる母であり、妻であり、子だった。

 今はもう存在しない、とある王国の敗戦によって創立された。

 大陸中が領土合戦を繰り広げるその時代、王国の中枢部は敗戦が決定した直後、蜘蛛の巣を散らすように逃げ去った。

 残された民は、兵士に男をとられ、戦争のために労力も食糧も資源も搾取され、茫然とした。

 侵略してきた外国の軍に、土地や人々はなすすべもなく蹂躙され、逃げ惑った。

 ギルティ・ファローナは元国王の愛人の娘で、城にただ一人残された王家の人間だった。

 民衆に口汚く罵られる中、彼女は人々の前に現れ、全員を率いて逃げると宣言した。

 多くの者を国外に逃がし、自分は遊撃部隊を結成して戦った。

 ギルティ・ファローナは炎の魔法の達人だった。その力を恐れ、国王は彼女を城の奥深くに閉じ込めていた。彼女自身もその力を恐れていた。炎の力は使い方次第で、如何様にも破壊を可能にしたからだ。

 しかし、人ひとり残っていない城に取り残され、何の力も持たない民衆に王家の人間であるために罵られたとき、彼女は自分に救いを求められていると感じたらしい。

 ギルティ・ファローナは鬼となった。すべてを救う決意をして。

 銃弾も、戦車も、火力を最大限にして彼女は焼き払いながら後退し、遂には生き残った民衆を皆逃がした。


 その時、結成された遊撃部隊が、抗戦勢力ギルファロとなった。

 後にギルファロ国の礎となる集団である。


 国家を持たない抗戦勢力は、戦闘場面で遊撃を繰り返し、その都度戦況を掻き乱していった。

 各国は次第にその力を脅威に感じ始めた。

 構成員は、何てことのない、元主婦、元農民、元女学生である。

 だが、彼等はギルティ・ファローナのもとに集まり、知恵を出し合って様々な戦法を編み出した。

 そして、ギルティ・ファローナは、強力な戦闘能力を持ち行使しながら、反戦と平和を掲げて戦うという矛盾した行動に出た。


 私が世界を治める暁には平和を約束する。


 傲慢にさえ感じられるその宣言に突き動かされたのは、多くの犠牲者を出してきた戦争に対する怒りと恨みを抱いた人々だった。

 その内、彼女の周りには優秀な者が集まり始め、ルドクレス国という弱小国家が協力を申し出るようにさえなった。

 ルドクレス国はもともと多くの魔法使いを輩出し、異世界人が頻繁に出現していた土地だった。

 小さな国ながら、優秀な魔法使いを各国に送り出して戦闘員とすることで他国との均衡を保っていた。が、領土争いに巻き込まれないとは限らず、いつ戦火が飛び火してくるか分からない状態だった。


 冷徹な炎の戦闘員のギルティ・ファローナと、魔法使いの戦闘員を送り出してきたルドクレス国が結びついたからには、遅かれ早かれその計画は必然的に立ち上がるものだったろう。

 戦闘重視の魔法能力の開発だ。


 従来の魔法は自然界に存在する要素を使用するものだった。

 火、水、木、土、風などを自由に操る。戦車や銃器と共に、それらは魔法使いによって戦争で使用された。

 銃器、戦車、爆弾、飛行機。そうした兵器は戦闘に有効的で発達していったが、魔法ほどではなかった。何しろ、風の魔法使いが大気を操れば、銃弾を防ぐことなど容易だからだ。

 だが、例えば、ギルティ・ファローナが炎を使えば、火力が強かろうと相手の軍に水の魔法使いがいれば互いの力を相殺する。自然界に存在する要素は必ず相殺できる要素を持ち、攻撃の回避が可能だった。

 敵味方が次々に変る戦争であり、さほど各国の戦闘能力に差がなかったので、戦況は一進一退を繰り返し、無益に長引いていた。


 そんな状況に終止符を打つべく、ギルティ・ファローナは徹底した軍事の合理性を持つ魔法使いの養成を求めた。そして、それを推進するできるだけの研究者がルドクレス国にはいた。


 火、水、木、土、風などとは異なる、新たな要素を用いた魔法を研究し、開発する。いくつかの能力が検討され、通称〝兵器〟と呼ばれる魔法使いを育成する計画は、実行されることになった。


 戦争を止めるには、何等かの強制力を持たなくては、もうそれ以外に手段はない。

 平和を求める人々がそうした思いに偏るほど、各国はゴミ屑のように兵を使い、資源を用い、邪魔者を消し、自分たちの権益を守るために戦争を続ける権力者で溢れていた。

 民衆は疲弊し、戦争のない状態を思い描けない。

 ルドクレス国にも空襲がやってきて、幾度も街を焼いた。

 敵国に送り出されたルドクレスの魔法戦闘員は故郷への攻撃を拒否し、殺された。

 すべてを終わらせる〝兵器〟は、希望にすらなった。


 〝兵器〟の養成はなかなか上手くいかなかった。年端のいかない子供たちを集めて知識を与え育成計画に沿って教えられたが、子供たちの多くは精神を壊し、途中で断念せざるを得なくなったという。

 数年間、様々な角度から研究が重ねられ、実践が積まれ、出来上がったのが〝兵器〟グリフェーン兄妹だった。

 異なる世界からやって来たため、馴染みのない森羅万象を敏感に察知する異世界人を祖先に持ち、ルドクレス国に仕官していた戦闘魔法使いの両親から生まれた子供。素質は十分だった。


 軍規、法律を叩きこまれ、人殺しの兵器となる心得を教えられる。

 その力は国のため、守るべき人のために、軍が命を下し使用されるものである。

 自我は律するものである。


 粛々とすべての知識を吸収し、実践を積んだ俺は気付いたときには兵器だった。

 それ以外に何もなかった。


 徹底した合理的な攻撃方法。

 それに適した魔法能力。

 俺たち兄妹はそれらを網羅し、軍規に従う理想的な〝兵器〟となった。


 生体への冒涜と批判を浴びながら、ギルファロはまず俺を戦争に投入した。

 魔法の解放によって破壊を生じさせる。手をかざした先にあるものの成分を分解できる能力なのだが、その破壊の度合いは俺の調節によって制御される。

 俺の調節の精度は高く、思うように敵を殲滅させることが出来た。

 数多の銃弾、爆弾、魔法ですら、分解し、その先にいる人間を察知すれば、そこまで力は及ぶ。

 俺が兵士の顔を認識して殺したことはほとんどない。

 どんな距離からでも俺がそこに『何があるか』を認識できれば、成分分析・分解・破壊が可能だった。

 一度に何人でも。

 時に、狙い損ね、俺に向かってくる者もいた。

 目をかっぴらいて、勝ち目のない相手に向かってくる人間を、一体何というのか俺は知らない。

 どういう者でも敵は破壊した。

 軍の命令を正確に再現するのだけが、俺の仕事だった。


 俺の存在は、何十年にも渡って開催され、その都度無意味に終わってきた和平会議に、決定打を与えた。

 ギルファロはすべての交渉において最も有利な立場になった。

 戦況を攪乱する遊撃部隊であるだけでなく、魔法戦闘員の産出国を根城にし、強制的にギルファロに勝利をもたらす〝兵器〟を有する。

 力において、ギルファロは他を圧倒した。


 交渉がすべて収まるまで、俺はあらゆる戦争に赴き、すべての戦争を無意味に帰す役目を負った。

 圧倒的な力に、どの国のどんな司令官も、屈するしかなかった。

 作戦本部を潰し、戦闘場面に登場して力を振るう。

 国の内部に忍び込んで機密資料も持ち出した。

 どんな国の政府が姦計を用いようと、無意味になった。



 すべては、戦争を終わらせるため。

 戦争を繰り返す社会を作らないため。

 巨大な力さえあれば、すべては無意味に帰す。


 ギルティ・ファローナは巨大国家の構想を抱き、それを全世界に発信した。

 前面に立って、圧倒的な軍事力を持つ理不尽な暴君でありながら、理想を語った。

 矛盾した存在であり続けた。


 そして、もう一人の〝最強の兵器〟マイユが投入されてから、二年後。

 俺が十五のとき、遂に全世界は、ギルティ・ファローナのもとにひれ伏した。


 それは全世界の恨みと怒りをギルファロが背負った瞬間だと、ギルファロ国の幹部たちは今も言う。 

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