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異世界少女と恋した兵器  作者: 独蛇夏子
異世界少女
10/22

10 変化

 何もないけれど、幸福な日々が続く。


 少し変わったことといえば、またロイがいつの間にか私のベッドに潜り込んでいることが多くなったことだ。

 冬だから温かいけれども、それだからっていいってものではない。なんせ彼は男で私は女の子。しかも私はロイのことが好きなのである。色々気が気じゃないのは当たり前だと思う。しかも相変わらず起きたら無表情でいつも通り。一体どんなつもりなのか、こんな気持ちになるのは私だけなのか、とやきもきする。

 私のこと、好きなの、どうなの。

 ・・・嫌われてはいないだろうけれども。

 ちょっと、嬉しい気がするのも事実で、私はロイの無垢な寝顔を眺めながら、この人が戦場を駆けまわっていたなんて、と不思議な気持ちになる。

 私の知らないロイの人生。

 知ることができればな、と思うのだ。


 苦しげな息遣いに目が覚めたのは真夜中だった。

 隣りを見ると、ロイがうなされていた。


 今までそんなことはなかったので、どうしようかと思ったけれど、とりあえず起こすことにした。


「ロイ。ロイ」


 大きく息を吸い込み、ロイは目を薄っすらと開けた。

 額に汗が浮かび、ぼんやりと私の姿を捉える。


「・・・リナ?」

「うん」


 はーっ、と安堵の吐息を漏らした。


「嫌な夢を最近見る」

「嫌な夢?」


「大事な人を・・・守れない」


 大事な人って誰だろう。

 ロイはとても辛そうだ。


「戦車で、戦闘機で、攻撃してくる。酷い目に合わせたくないから、連れて逃げるんだ。でも追ってくる」

「・・・何が?」


「俺が殺したひとたち」


 ロイが殺した人たちには、きっと守るべき人がいた。

 きっと家族がいて、友達がいて、恋人がいて、子供がいて。


 なんて重たいものを背負っているのだろう、と思った。

 ロイは固く目を閉じている。瞼の裏にその光景を眺めているみたいに、辛そうな顔をしている。


 私はロイの髪を撫でた。恥ずかしい気もしたけれど、ふざけている場合でもないし、わざわざ隠すこともない。

 私はロイが大切なのだ。

 薄ら目を開けたロイに、私は言った。


「ロイ、でもごめん、大変だったと、大変って言葉じゃ語り尽くせないほどだと思うけど、私は今、ロイが大切。だから、ロイが苦しいのは、辛いよ」


 ロイが軽く目を見開く。

 そして、私に向けて腕を広げて、思いも寄らないことを言った。


「じゃあ、抱き締めてくれないか」

「だっ・・・!」

「覚えてないか。俺とマイユは君がちょっと前までうなされていたときは、必ず君を抱き締めて寝ていた」


 知らなかった。


 というか、朝起きたら大体ロイとマイユが一緒に寝てて、左右から挟まれて抱かれて寝ていたのって、そのせいだったのか!!!


 自分の自意識過剰さにバツが悪くなったけれど、私はロイの隣に潜り込んで抱きついた。

 背中にロイの腕が回される。

 なんだかまた泣きたくなってきた。

 私の世界の、少女漫画の世界なら、ヒロインはいつもヒーローや周りの人間の心を癒していた。でも実際、人の心のことなんて、私には分からない。無垢な顔をして寝ていると思えば、過去が追いかけてきてうなされる。人の命の重さにどうしようもない気持ちになる。「貴方のせいじゃない」とか言えない。分かったようなことを言っても、きっと傷付けるだけだ。

 とりあえず、祈る。

 とりあえずだけど、切実に、祈る。

 ロイがたくさんのものを背負いながらも、生きて出会えたこと。

 それは私にとって特別で、かけがえのない出来事だったから。


 あくる朝、みゃあ、という声にぼんやり目が覚めた。

 背中が温かい。抱き締められた腕の中でもぞもぞ動き、反対方向を向くと、やっぱりマイユがいた。しかも猫のぬいぐるみと朝から元気なネコをはべらして。

 黒い瞳とばっちり目が合う。おはよう、と言って頭を撫でると、マイユは目を細めた。

 マイユはまだ寝ぼけているみたいな声を出した。


「リナ」

「んー?」

「いつお姉ちゃんになってくれるの?」


 結構な爆弾発言だった。




 ある日、ロイは終業後に二人の同僚を連れてきた。

 軍の電気技師と通信技師だという二人は、しげしげと私のスマホを観察し、「んー電源入っているところを見たいなー」と首を傾げた。


「これが充電ケーブルを繋げるところ?」

「はい」

「こっちの通信機器とさほど変わらない見た目に見えるね」

「あ、ロイに買ってもらったんですけど、ほとんど使い方同じでした」

「「ロイに買ってもらった」」


 二人は同じところでハモり、顔を見合わせる。

 私の後ろでは、黒髪をきちっと撫でつけ、白い制服を着たロイが腕組みをして睨みをきかせている。


「何か問題があるか?」

「いやー」

「いやー」

「お兄さんたち、嬉しくてねー。ロイも人間だったんだなぁ」

「人間らしくなったなぁ」

「うるさい」

「この調子だぞぉぉ~」


 ニヤニヤした目で小突き回す青年二人だが、ロイは満更なさそうである。

 私はそんな様子を眺めて、この人たちもロイの戦争中のことを知っているのだろうか、と思った。もしかしたら、この人たちも戦争に従事したのかも知れない。


「ロイ、着替えてきたら?」

「・・・・・」

「おーおーロイが独占欲丸出しだ」

「リナちゃんと俺らだけにしたくないとか?」


 ニヤニヤした目で見られて観念したのか、ロイはやや不機嫌そうに二階の自室に戻って行った。

 青年二人はその背中姿をじっくり見守り、顔を見合わせてくすくすと笑う。随分と仲が良さそうだ。

 オレンジ色のモジャモジャの髪、鼻が高くて目がぎょろっとした方の青年が言う。


「本当に随分表情がみられるようになったな」


 ピンクっぽい癖毛に、窪んだ目、大きな鼻と唇の青年が愉快そうに言う。


「半年前までは信じられないな」


 そして、二人はにんまりして私の方を見た。


「・・・えっと?」

「あんたのお陰だな」

「これも、あんたの頼みを叶えてあげたいからだろ」


 と、スマートフォンをオレンジ色の男が指差す。

 そうなのだ。ロイはスマホを名残惜しく思っている私を見て、わざわざ軍の技師を連れてきてくれた。ロイにプライベートで付き合いのある人間がいると思えなかったから、無理に頼んだのではなかろうかとヒヤヒヤしていたのだが、案外二人は楽しんでいるようだ。


「友達や家族と、それでよく連絡を取っていたの。だから、なんとなくいつも見てしまって・・・」

「なるほどね。この国には電気も充電器もあるし、どうにもならないってこともないと思うよ」

「構造を調べるから、暫く預かっていいかな?」

「はい、よろしくお願いします」


 軽く頭を下げると、二人はにっこり微笑んだ。

 しかし、私の背後の人物を見つけると、おや、という表情をした。


「マイユ嬢」

「それは一体」

「・・・・・」


 マイユがいるのかーと思って振り向いたら、マイユは仔猫を頭の上に乗せて、じろっと二人を睨んでいた。


「・・・・」

「・・・・」

「あー。あのー、マイユは仔猫が好きで。あ、この猫の名前はネコっていうんです」


 なんとなくフォローを入れているところに、マイユが私の側にやって来て、背後からむぎゅっと抱きついてきた。

 その様子を見ていた青年二人は、軽く目を見開いた。


「マイユちゃんが懐いてる」

「ネコと一緒に懐いてら」


 ピンクの頭の人は顎に手を当てて考えて、それからニコッとした。


「やっぱり、リナちゃんの影響かね」

「え」

「二人とも、軍の中でも何考えているんだか分からない子たちだったからさ。付き合い方が分からなかったところがあるんだよ」

「本人を目の前にして言うのもどうかとは思うけどね」


 マイユが恨めしそうな目で見て来るので、オレンジ頭の方が茶化す。


「だってさ~、戦場で一人で一万人を相手したという悪鬼があれだぜ?大慌て!」

「リナちゃんが攫われて真っ青になったり真っ赤になったり真っ青になったり。見ものだった」

「その後、すぐ消えちゃったけどね」


 なんだ。そんな心配してくれていたんだ。恥ずかしい。

 正直、嬉しかった。心配かけたことは申し訳ないけれど、あの時自分の状況に私は絶望して、また自分の存在にグラグラきていたから。


「明らかに変わった。なーんか、お礼言いたい。ありがとなーリナちゃん」

「そんなお礼言われるほどのこと、してないですし。というか、私何もしてないし、ここで居候しているだけで、むしろ迷惑かけているっていうか」

「めいわく」


 マイユが突然大きな声を上げた。


「迷惑なわけないっ!!」


 言葉を失った。


「マイユちゃんもこう言っていることだし、さ」

「俺たちもなんとなーく、こいつら見ると感じるモヤモヤっつーか、痛ましさっつーかが晴れてく気がするしさ」

「まあ、これからもよろしくお願いして下さいよ」



 自信を持っていいのだろうか。

 ロイやマイユに好かれているということ。

 彼らにとって必要な人間であるということ。


 やだ。

 また涙が出そうなほど、嬉しい。



 雑談をしているところに、ロイが戻ってきた。何故か制服を着たままだ。

 通信機器を見つめて、青い顔をしていた。


「どうしたの?」


 ただならぬ様子に訊ねると、ロイが真っ直ぐ私を見た。

 そして、告げた。


「異世界を渡る方法を知っている魔女と連絡がついたそうだ」


 はっきり、私にも分かるように、ロイは言った。

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