対馬オメガ塔 第一回
人に死があるのと同じように、建造物にも死があるのかもしれない。僕がそう思い始めたのは、ここ最近見たいくつかの夢のせいだろうと思う。見た、と言うより、経験した、と言ったほうがあっているのかもしれない。
夢を経験するのに前触れもなにもない。いつものようにベッドに入り、いつものように眠っていると、時々その夢の中に引っぱり込まれる。夢を経験することに、今のところ法則性みたいなものは見つかっていない。でも、経験する夢にはいくつか法則性みたいなものがあった。その一つがマリーという少女のこと。夢を経験する先には、いつもマリーがいた。
目を覚ますと、僕は原っぱの中で寝転んでいた。さっき寝たときにはベッドにいたはずなのに。もう何度も経験しているからか、僕はすぐにこれがいつもの夢なのだと気づいた。
背を起こして周囲を見ると、短い夏草が群生し、それほど高くない山の稜線を朝焼けが縁取っているのが見えていた。山々は低いわりには起伏が激しく、よく見ると山と山の間に水のきらめきがいくつも見えた。そして風の中には潮の匂いが混じっていた。
とりわけ夏草がへこんでいる場所を見つけると、僕は立ち上がって近寄っていった。
「マリー、朝だよ」
僕がへこみの中に声をかけると、案の定、マリーはそこで眠っていた。
金髪の長い髪、スラリと伸びた白い足、少し自己主張の激しい胸、目を開けば澄んだ碧眼。どれをとっても日本人とは思えない見た目の、いわゆる外人さん。でも、このマリーがとても日本的だったりする。
僕に声をかけられたからか、マリーの目が薄く開く。
「まぁたあんたなのぉ、あと五分……」
そう、マリーは日本語がしゃべれる。それもネイティブ並に。
マリーはジップパーカーの裾を伸ばすと、それで顔を覆ってもう一眠りしようなんて感じ。上下白のビキニに白いミニスカート、それに薄い水色のジップパーカーを合わせただけの軽装。なんだか艶かしい格好だけど、夏にもなれば近所の海水浴場でよく見られる格好。たぶん、マリーも似たようなものだと思うけれど、唯一、履いているものがビーチサンダルではなく白いオシャレなウェッジサンダルで、日常的な私服代わりにこういう格好をしているのかもしれないなと思わせる。
「早く起きなよ」
僕はそう言いながらマリーの腕を引っぱって背を起こさせる。マリーは頭をふらふらさせ、視線もどこを見ているの分からない寝ぼけ眼だ。マリーは自分が低血圧だと言っていたけど、どうやら夢の中でも低血圧らしい。
マリーをなんとか立ち上がらせると、僕はマリーの手を引いて歩き出した。マリーは空いている方の手で口を覆いながら大きなあくびをする。マリーの歳は僕よりも上だと思うけど、外人さんの年齢は見た目からじゃなかなか断定できないもの。あと一応女の子だから、礼儀として歳は訊けない。でもこうして寝ぼけ眼であくびをしながら、手を引かれて歩いている姿を見ると、なんだかずっと年下みたいに思えてくる。
さて、そうそう、経験する夢にはいくつか法則性みたいなものがあるって話。夢を経験する先にはいつもマリーがいるというのがまず一つ。そしてもう一つ大きなものがある。
「どこ行くのぉ?」
まだ半分寝ているマリーが声を出す。
「あそこだよ」
僕はそう言って、目の前を指差した。それはもういやというほど目立っている、巨大な鉄塔を指して。
もう一つの大きな法則性。
それは、夢を見る先に必ず大きな建造物があるということ。
朝焼けの光が夏草を薄く照らす。僕とマリーは、金銀に輝き始めた野原の中を、鉄塔に向かってゆっくりと歩いていった。