1人目。うさ耳は、何を聞く。⑧
俺は感謝する。この、モップ一つで命を繋ぎ止めてくれた女に、最大の敬意を評する。
後ろに下がってるっスと、半端なくカッコいい言葉で、俺の前に立ち、身を呈して守ってくれている汐谷。俺は、黙って彼女に従い、隠れるように身を縮こませる。
男としてのプライド?そんなもの、持って生まれてこなかったさ!
ぶっ倒れた男は未だ泡を吹いて倒れており、亀はその男を介抱することもなく、苦渋を舐めた様に俺を睨んでいる。
俺、ここまで亀に恨まれる様な事したっけ?
「代理。ここは私が引き受けるんで、逃げて下さい」
「ありがたい。是非そうさせてもらうよ」
「躊躇わないところがもうすでに、人間終わってるっスよね。いいっスよ、行って下さいっス」
何、この子。すげぇ頼りになる。モップを手に身構える汐谷に深々と頭を下げ、店から出るべく、その場に女の子1人置いて逃げ出す俺。
男としてのプライド?そんなもの、海へとかなぐり捨ててやったさ!
「どこ行くんだよ!」
「おわ!」
倒れていた男に、思い切りガッと足を掴まれた。その拍子に、思い切り地面へと倒れてしまう。
イッテェー!鼻!鼻ぶつけた!ただでさえ低いのに、これ以上低くなったら、どうしてくれる!?
俺の右足を掴む男の手に、力が入る。
「大人しく、俺に魂を吸わせろ!」
「お前にくれてやる魂なんかねぇよ!頼むから、地味に生活させてくれ!亀もって帰れよ!」
「お前、リーダーになんて口、ぐあっ!」
「さっきからうるさいっスねー。脛椎に穴開けて、二度と立てない体にしてやりましょうっスか?」
だん、だん、だんと、モップの柄で男の腰をピンポイントで攻める汐谷。見えない。高速過ぎて、汐谷の持っているモップが、見えない。
あまりに痛いのだろう。凄い苦しみをおびてもがく男に、息をのんだ。悪いが、助けられない。戦闘モードの汐谷は、誰にも止められないのだ。
「や、やめ!腰が!腰が砕ける!」
「汐谷、悪ぃ!すぐ助け呼んでくるから!」
力がゆるんだ男の手に俺は素早く立ち上がり、すぐさま店から飛び出した。果たして今、助けが必要なのは汐谷なのかあの男なのか甚だ疑問だが、呼ばないわけにはいかないだろう。
エプロンのポケットから、家族と店しかアドレスの登録がない携帯を取り出す。
「・・・・仕方ないですね」
聞こえて来た声に振り返れば、後ろに亀が立っていた。驚いて、反射的に走り出す俺。そして、気付く。
俺、足遅いじゃん。
・・・・いや、大丈夫だ。あの短い足じゃ、追いつかれはしないだろう。運動神経は悪いが、亀には勝つ自信がある。
だがしかし、俺は亀を甘く見すぎていたのだ。
走っている最中チラリと後ろを振り返れば、亀がぽんとその短い手足を甲羅の中へ綺麗に納めた。あ、やっぱりアレ、飾りじゃなかったんだ。
そして、くるくると甲羅がその場で回転しだし、土ぼこりが舞うほどその回転スピードを上げていく。
え?え?え?
焦る俺。だって、あんな巨大な甲羅がもうスピードで回ってるんだもの。ビビるじゃない。
ギュインと、一頻り回った後、それは一直線に俺の下へと吹っ飛んできた。
「嘘だー!!」