1人目。うさ耳は、何を聞く。③
冗談は、その長い耳だけにして下さい。そう言って、とっととお帰りいただけたら、どんなに嬉しいだろう。
そもそもそんなこと言えるような、度胸のすわった強いハートの持ち主ならば、こんなところで青春の三年間を過ごしちゃいないのだけど。
いまだ謎の少女に額を指差されたまま、ぱちぱちと瞬きを繰り返すと、スーッと汐谷がレジの真ん中に一円玉を差し出した。
「アルバイトならまだしも、この人店長代理っスからねー。これ100枚は必要ですねー」
「結局、100円っつーことじゃん、それ!つか、お前何言ってんの!?」
「100枚、か。中々価値が高いのだな。見かけで判断していた、私がバカだった」
「いや、バカなのは、あんたのそのかっ、」
そこまで言って、はっと口を紡ぐ。危ねぇ、危ねぇ。口が滑るところだった。
いや、若干滑りきった感じがしないでもないが、ウサミミの彼女はただポカンと一円玉を見つめているだけなので、そこは良しとする。
というか、何故今俺は、この常識はずれの、見た目的にも中身的にも痛くてしょうがない女に100円で買われようとしているのだろうか。
俺の人生、もっと価値があるはずだ。頼む、誰かそうだと言ってくれ。
「じゃあ、集めてくる。待ってろ、健」
「・・・・え?」
右手でグッとガッツポーズをそして、店から出ていくウサミミの彼女。
今、確かに健って言ったよな??
「健って、誰ですかー?」
「俺の名前だよ!え、何!?今さらそれ聞くの!?」
「代理の名前、いちいち覚える人なんて、いるんですかー?」
「虚しくなるようなこと言うなよな!!」
怒鳴り付けても、汐谷はただへらへらと笑っている。俺って、名前も覚えて貰えないような存在なんだろうか?
自分の存在価値のふがいなさにため息ついて、ウサミミの彼女が出ていった店の出入口を見る。
深夜の3時を回ったこの時間帯。しんとした暗闇だけが、ただ目に映った。
「不思議な子だったよなー」
「本当そっスよねー。代理に100円だすなら、チョロルチョコ10個買った方がマシっスもん」
「うるせーよ!!チョロルチョコにくらい勝たせろや!俺は、あのウサミミの事言ってんの!」
今日も冴え渡る、汐谷の毒舌。年下の女の子に本気で怒鳴るこの図は、なんとも滑稽ではあるが、腹立つもんは仕方がない。
しかし俺の言葉に汐谷は一瞬動きを止め、首を傾げた。
「え?ウサミミの何が変なんスか?」
「何がって、え?何って、何が?」
そう問いかけてみても、汐谷は、何言ってんだ、コイツ。とでも言いたげな瞳で俺を見つめてくる。
そしてはぁとわざとらしくため息ついた後、掃除してきまーすと、モップを持ってカウンターから出ていった。
・・・・あれ?俺が可笑しいの?俺が間違ってるの?
人間の頭から、長い耳が生えているのを見て変だと感じるのは、地球上で俺だけなのだろうか。
だけどもうこの日は、俺のシフトが終わるまで、汐谷は彼女の話をしなかったし、一円玉を百枚集めるらしいウサミミの彼女も店には現れなかった。
『健』
・・・・どうして彼女は。俺の名前を、知っていたのだろう?