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第四話 アートアーチコールドレタリング。

 時間は遡って、夏休みの明けた九月の初旬。

 

「これからアーチ制作と看板製作に取り掛かります」


 妙齢の美術顧問はそう自分こと中町ユウトと二年生先輩四人と三年生先輩一人、そして当時は出席頻度こそ減ったものの一応いる二松にも言い放った。

 アーチ・看板制作というのは文化祭前の美術部の定例行事である。

 看板こそ文化祭の出し物ではあるものの、アーチに至っては生徒会から依頼される形での制作となる。


 アーチ制作と言っても前述の通り両手指で数えられるほどの人員で、基本的に救援要員はなしの美術部員一貫制作。

 期間は部活のある週三日で、二か月。一から板を切り出したり、装飾に必要以上に凝ることは困難なのであった。

 ということで、アーチの「箱」に関しては既に存在するものを使用する。

 アーチは上辺に傾斜をつけて屋根状にした、六角形構造で安定感の為に奥行のある箱モノである。

 野球のホワイトベースの横幅を五メートルほどまでにに引き伸ばした形と言えば分りやすいだろうか。

 そしてこの箱モノは経費節約の為に毎年流用されている。

 前面は五枚のべニア板で構成されそれが二面で二セット、横面にほぼ正方形の板が左右一枚ずつで塗装はされない、屋根部分と底面、塗装がなされないで前者が二枚後者が一枚。

 骨組みは木製。総じて組立式で毎年骨組みレベルまで解体して倉庫にしまってあるのだ。

 柱は基本的には解体不可能の六角柱二本でで、こちらの柱も毎度塗装作業を行う。


 箱モノは出来ているのにそれでは美術部は何をするのかと言えば、アーチのデザインである。

 箱モノアーチの板かつ前面の二面、合計十枚のべニア板と柱本が「アーチ制作」の部分と説明しておく。


 文字で書いてしまうと対して仕事量がないんじゃないかと思われがちだが、実際のアーチの五枚で構成された面に関しては最大縦幅一メートル半、横幅は五メートルほどに人員も数人で制作するために実際行ってみれば相当な作業量である。

 それにもちろん学業優先であるからして、部活活動時間は限られており二か月の猶予と言えども文化祭直前に全校規模での校外活動に定期テストなど悠長にはしていられる時間はないのだ。

 更には同時進行で縦三メートル横六メートルほどのべニア板六枚で構成された看板もデザインこと制作しなければならないということから、弱小美術部には一大行事という認識である。



 アーチ制作及び看板制作の体系は主に、三年生は受験の為に自由参加、二年生主体での制作となり、一年生はその上級生の補佐を仕る。

 二年生四人と一年生こと自分の五人で構成される制作班である。ちなみに二松もごく制作初期に一度だけ参加したが、これは制作人員には加えないでおく。

 実際には人員の足りなさから美術顧問も制作補佐に入るという、まさに美術部が一致団結して制作を行う。


 アーチデザインと看板デザインは基本的に二年生の誰かが行う、それも巨大アートに違いないことからかなりにデザインには推敲が要される。

 結果的にアーチはゴッホの「1887自画像」のアレンジ、看板は同じくゴッホの「星月夜」を大幅アレンジしたものに決定した。

 アーチ方はというと、●×高校こと×校祭のレタリングを組み合わせたものに下地には朱・緑・水の三色の菱形模様を羅列するシンプルなもの。

 看板方は、アレンジ元が濃い青を主体とした「夜」のイメージに対してアレンジ後は明るい赤や朱を基調とした「灼熱」のイメージのものへと大きく変貌を遂げていた。


 ちなみにすぐさまアーチデザイン案が完成したからと、制作に取り掛かれるわけではない。

 最初に行うのは前年度のアーチデザインの塗りつぶしである。

 前年度の先人の制作したアーチを文字通り白紙に戻す、塗装の塗り重なることにより生じた厚みを電動ヤスリで削り取り、ペイントローラーによる白ペンキでの塗りつぶし。

 作業場所は三階突き抜けの第三校舎の使用頻度の少ないホールを活用し、アーチ面十枚・柱二本、看板べニア六枚を入れ替えて広げて塗装する。

 もちろんペンキがぱっぱと乾くはずがない上に二度にも及ぶ厚塗りをしないと前年度のデザインが透けてしまうのでこの時点で時間を要する。

 柱に至っては塗装範囲が地面から離れていて、液だれを起こさない六面中三面なので作業はそこまで早くは進まないのだ。


 白塗装が終わったところでアーチ制作は開始。

 看板に至っては毎年新規でベニアを購入するので、白塗装開始と同時進行で制作は進められていた。

 

 補佐と言いつつも制作にはガッツリ参加するので、先輩指導のもと塗装も行う。

 看板の上をデザイン原案を見ながら、赤ペンキに漬けたペイントローラーを走らせるのは実に爽快だ。

 しかしペイントローラーも数が限られていることから、カラーチェンジをする際にはその漬けた色を「洗う落とさない」といけない。

 その作業が時間と力を要する実に大変なものではあるのだが、こればっかりはどうしようもない。

 洗う場所といえばは自分が一年生の頃は外の洗い場の水道であり、九月こそまだいいが十月の秋迫る頃の冷え冷えとした夕空の下での水作業ということはその手に沁みる冷たさは察していただきたい。



 そうして塗装作業の一方で自分一人に任されたのはアーチの×校祭のレタリングであった。

 前述のとおりアーチの最大縦幅一メートル半、最小縦幅でも一メートルはゆうにある。そこに使うレタリングということで結構な巨大文字を描くこととなる。

 ちなみにこの学校にはコピー機は一台しかない上に白黒専用。そして今回の文字は幅一メートルほどの巨大なもので、コピー機による文字拡大は不可。

 そして美術顧問が提案したのは、キラキラシール使用によるそれだった。


 つまりは×校祭の文字を自分こと中町ユウトの裁量で手書き拡大をし、拡大したキラキラシールをその拡大した×校祭の文字をなぞるように切り取るというものだ。


 一番最初に見える●×高校の看板な上に、その文字のデザインをこの一年坊がである。色々と萎縮してしまって仕方ない。

 デザインが最重要ではあるが、文字の完成度ではその総じた出来は左右される。そんな大役を自分がいいのかと、美術顧問に問いただしたものだ。

 しかし人員が少なく、二年生は塗装に専念せねばならず自分しかやれる人物はいなかったのであった。


 こうして出来るだけ正確に文字を拡大する作業から始まる。

 元の文字は五センチもないものであり、文字原案と一メートル大の紙とにらめっこしながらの作業が続く。

 更には全部同じ大きさにしていいかと聞かれればノーである。

 アーチは屋根形状の傾斜した構造であり、前面も勿論五枚組み合わさってはいるものの頂点から左右にかけて傾斜しているのだ。

 その板の大きさに収まる巨大文字にしなければならないので文字の大きさはそれぞれ異なり、拡大も一々手作業であった。


 間隔やバランスの試行錯誤の後になんとか巨大文字原案が完成。

 

「……ん、いいんじゃないかしら。それに予想より早くできたじゃない」


 美術顧問にそう言われて、ほっと胸を撫で下ろすもこの文字原案で完成なわけがない。 

 すぐさまシール切り取り作業に取り掛かるのだけども、これは材質上トレス紙での転写は不可能。


 今度のシールに至ってはマジック使用での見よう見まねでの模写となった。


 緊張感もひとしきり。致命的な失敗は出来ないという実に冷や汗ものの作業だったが、なんとか出来上がりを迎え。


「よくできてる。中町おつかれさま」 

 

 美術顧問にそう言われて、本当に心の底から安堵したのは言うまでもない。

 そして文字完成から時間を空けることなくアーチ塗装補佐に復帰するのだった。



 そんな中で今後につながったものといえば、アーチの下地の塗装だろうか。

 三色菱形を塗装するというものなのだが、そこではマスキングテープを用いた塗装を行った。

 マスキングテープをピッと張って一辺ずつ塗装部分を囲うように貼り付け作業を行う。

 それが二十数面あることからマスキングテープの関係上隣接部分の塗装は出来ないので、塗装・乾かして別箇所のマスキングとテープは何十辺も貼り・剥がしを繰り返したことを覚えている。

 


 そうして完成直前に学校規模でのインフルエンザが蔓延し、一週間の作業休止を止む無い不慮の事態はあったものの。

 なんとかアーチ及び看板の完成にこぎつけたのであった。

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