第一話 オタ夢破れて言い訳アート。
青春。自分にとってのそれは、汗には塗れこそないがドロドロとした文系平凡男子の一ページ。
自分こと中町ユウトは怠惰な日常を送っていた。本当に優秀でも劣等でもなく、いたって普通。自虐して言うならば「つまらない男だった。」
趣味と、大きく声を出し胸を張って言えるものなどなにもなかった。
アニメ鑑賞などと大々的に威張るものなら失笑されるのが至極当然のことだ。
もう一つあげるとすれば鉄道趣味だが、それも決して誇れるものでもない、ただ家に籠ってパソコンの液晶を煌めかせながらインターネットで画像を探し眺めるのが常だった。
沢山の本を読んでもいない。
勉学に勤しんだわけでもない。
玄関戸を開けた外の世界で元気溌剌に走り回ったわけではない。
というか運動は嫌いだ、走るのが好きなどと言う者に関しては正気を疑う。
そんな自分にも取り柄のようなものが出来たのが中学生も中盤の頃。
アニメ鑑賞をしている内に、アニメの中のキャラクターを描いてみたい衝動に駆られてなんとなく傍にあったライトノベルを手に取った。
そこには現実離れし、理想を追い求めた仮想のキャラクターの絵が平面に存在する。
それをまず写し取ろうと、その絵を右に置き、慣れない手つきでシャープペンシルを走らせた。
これまた予想外に、当時の自分は上手にできたと感じた。
今見れば完成度の低さに失笑ものなのか、はたまた進歩のなさに失笑するのか、巨大迷宮と化した押入れから取り出してまで確認したいとは思わない。
それから調子づいたように仮想のキャラクターの「コピー」を始めた。
よくわからない信念だが、どうやら絵に紙を透かしてなぞるようなことは好まなかったらしい。
一部の友人に「うまい!」と持て囃された自分は、実に有頂天だった。
おそらく気色の悪い、隠しきれていない笑みが自分の表情には浮かんでいたことだろう。
その絵を描くものに使うものといえば、罫線の入った大学ノートや無地のノートにシャープペンシル、そして手頃だというのによく消える消しゴムだ。
それ一式と描く対象があって、自分のモチベーションさえあれば描いて描いた描き続けたのだ。
義務教育の終、中学生活が終わりを告げた。
学業でも行いでも当たり障りのない生活を心がけたことも、卒業に何の感慨もなかった。
少し心動くことがあったとすれば、小学校時代から連れ添った友人と違う高等学校へと進学することだっただろうか。
高校では漫画研究部こと「マンケン」に入ると、入学前の下調べで心に決めていた。
ここでアニメ絵を練習して、三年経った暁には――
自分はお金を出してでも買ってもらえるようなイラストが描けるようになっているだろう。
まったくもって虎の狸の皮算用、その目論見は実に甘すぎた。
入学を済ませて、しばらく経ち部活に入る頃になると自分は「マンケン」へと足を向けた。
その「マンケン」は部室というのには簡素すぎる場所指定で「美術室」としか書かれていなかった。
しかしふと疑問に思うのはその美術室には「美術部」が活動場所に指定されているのだった。
共有空間か、美術部という堅苦しい部活動と、どこか軽い偏見のあるマンケンは同じ空気を共にするだろうか、という考えも頭中に、自分は「マンケン」に向かった。
着いた美術室には何度か訪れている。一年坊は美術が必修教科なだけに、授業で来ることは度々にあった。
部活が行われているであろう、その二センチほどの厚みの艶のある灰色の塗料が塗りたくられた、長方形の小窓が開けられた木製の戸を引くと、
そこでは「美術部」の部活が行われていた。
美術室は生徒がゆうに四十人が授業が出来るほどに広さがあった、しかし「美術部」の部活として使用されていたのは前から数えて机の二列ほどのみだった。
あとの空間ではアニメについて語りながら和気藹々と部員がペンやら鉛筆を握ってマンガを描く光景があるものだとばかり思っていた。
しかし、その美術室ではその美術部の活動しか行われていなかったのである。
入学の際に貰って部活について書かれたしおりに改めて目を向ける。
活動場所も、活動する曜日も間違っていなかった。そこで予想だにしなかった展開に美術部の妙齢の小柄で細見の女性顧問へと問いてみると。
「あ、マンケンってやってないの」
その一言だった。
自分は咄嗟にその意味を咀嚼し理解できなかった。紙上には活動の事実があるのに、実際はやっていないというのだ。
「というか不真面目だから追い出しちゃった」
とのことである。顧問曰く、携帯ゲームなどを遊戯として美術室後ろを占拠していたのが実態で、目に余ったそうだ。
自分はその事実を知って困惑することすること。
「ここでやってないだけで、どこかではやってるらしいんだけどね」
顧問は心当たりがないと言ったのだった。ここでほぼ仮定できるのは教師間でも実態の掴めない「幽霊部活」と化しているということ。
一年最初の儀式の一つ、望む部活への入部に自分は失敗したのだった。
「あ、でも中町君。よかったら美術部入ってみない?」
美術顧問からそんな提案だった。残念なことに自分の美的感覚に自信など皆無で、中学の頃の美術の成績は平凡を極めた「三」であった。
水彩で絵を描けば、大抵は水分量の調整に失敗して悲惨なことになった。造形に関しては特筆する部分はなにもない。
美術ならばシャープペンシルと消しゴムだけが自分の味方だった。
「仮入部してみたらどうかな?」
運動部は御免被り、吹奏楽など出来るわけがない。書道も自分の文字の下手さ貧弱さに涙するほどだ。
高校の部活ライフ、なんとかやっていくならばこの部活ぐらいだろう。
自分は魔が差したのだろう「マンガの技術向上に繋がれば」という苦し紛れの大義名分のもと、仮入部。
そうして自分こと中町ユウトは入部届をいつのまにか提出していたのだった。
これは「つまらない非生産的平凡人間」が、ほんの少し変わっていくかもしれないありふれた物語。