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ウサギの穴へ落ちて 『 Down the Rabbit-Hole 』

「きっ、きゃあああ!!」

罹捺リナは思いっきり悲鳴を上げた。

悲鳴を上げる権利くらい私にもあるはずだ。無いとおかしい。だって女の子なのだから。

そう思ってあげたわけではないが。

「……何悲鳴上げてんだ、阿呆あほう。お前、そんなキャラじゃないだろ」

真っ赤で真っ直ぐな長髪が特徴の、白いコートを着た男がこちらをあきれたようなあかい目でこちらを見ていた。無造作にではあるが一つに結われた髪が大きくなびいている。

「悲鳴くらい上げる権利あるでしょ、私にだって!」

「お前の悲鳴聞く義務が俺にあると思ってんのか?」

じゃあ、聞かなければ良いじゃない! そう叫ぼうとするが、一層酷くなった浮遊感がそれを阻んだ。

罹捺が何をやったというのか。なんでこんな目に合わないといけないのだ。

それも、数人いる仲間の中でも、厄介で苦手なこの男と。

「なんだ、俺の顔に何かついているのか? ……スカートくれてんぞ」

なんでこの男はこんなに余裕なのだろうか。理解できない。こんな中、足を組みそうな様子さえ見せる眼の前の男なんてちっとも理解したくなどないが。

「ええ、ついてるわよ! 大きなハートがね!! そして、アンタ変態ね!」

「阿呆、コレはついてるんじゃない、タトゥーだ! それに俺が好きで彫ったわけじゃない! それにお前がスカート押さえてねぇのが悪いんだろ!」

そんなことは分かっている、と思いながら風に煽られるエプロンドレスも押さえ、彼の顔を見た。白い肌にへばりつくような赤い髪。朱色の目。そして、左側の顔全体を覆うような大きな赤いハート。

そんなもの女の子でも選ばない、と思う。顔に、しかもそんなに大きな赤いハートなんて。選ぶ奴がいたら見てみたい。決してお近づきにはなりたくないけれど。

「でも、それがアンタのトレードマークじゃない!」

「〈ペルソナ〉としてのトレードマークだが俺のじゃない! 〈ハートのジャック〉のだろ!」

「アンタが〈ジャック〉なんだからアンタのでしょ!」

下らない言い争いは続く。自分でもなんで彼に突っかかっているのかわからなくなってきた。もうどうでもいい気さえする。実際どうでもいいのだろう。

自分の長く伸びた自慢の金髪が上に引っ張られているような感覚を覚えて思わず上を見た。もちろん引っ張られてなどいない。ただ、風によって大きくなびいているだけだ。

そして罹捺は上を見て後悔する。真っ暗だった。もう、入口さえ見えない。入口から漏れていたはずの光でさえ、全く届いていなかった。

「っていうか、いつになったら底に着くんだよ」

〈ジャック〉が溜息混じりに言う。それだけで済んでいる〈ジャック〉は凄い。

そう、私たちは、落ちていた。深い、底の見えない穴の中で。

どうしてこんなことになったのだろうか。私が何をやったというのか。二度目の自問自答に思わず溜息をつきつつ、罹捺は事の発端ほったんを思い出そうとした。




「最近、やたらと攻められることが多いわね」

罹捺リナは、〈ハートの城〉の大広間で溜息をつきつつ、周りを見渡した。数人の仲間は適当な場所で座って〈この世界〉の主たる〈元型アーキタイプ〉を待っている。私は、階段の手すりに座り足を組みながら〈イカレ帽子屋〉が罹捺用に作ってくれた愛銃を手にして整備していた。彼が作る武器は奇抜なものが多いけれど、特にこだわりがない私にとってはどうでも良いし、彼の武器に関するこだわりは凄いから、使いやすい。

「流石にちっと疲れるの……」

眉を寄せて、金色の瞳を困ったように伏せて苦笑する一番の仲良しである〈チェシャ猫〉を見やって罹捺は思わず笑った。紫色の短髪に短い眉。ガタイの良い大きな体に、頭の上でヒクヒク動く獣耳。百八十センチ以上は軽くある大きな身体を青年は限界まで伸ばして、肩をポキポキ鳴らし始めた彼のふさふさしているピンクと紫ボーダーの尻尾は、彼が疲れているのを示すように下がっている。

「貴方は出撃することが多かったものね、覇世ハセ

手すりに上り、彼の頭をでる。すると彼は猫のように喉をゴロゴロ鳴らした。

「〈チェシャ猫〉もただの猫ねー」

クスクスと思わず笑ってしまう。罹捺はこの男を結構気に入っていた。口調に癖があるが、気のいいお兄さん肌で仲間想いのこの仲間を。〈チェシャ猫〉は一応〈公爵夫人ダッチェス〉の飼い猫という設定だが、彼は自由気ままに動いていいことになっている。そういう〈登場人物キャラクター〉だからだというが……。

「……覇世、次の戦いは休んじゃいなさいよ、どうせ小競り合いだわ」

それでも、疲れるものは疲れるだろう。ただでさえ、交戦続きだ。〈この世界〉には時間の概念などないとはいえ、それでも結構長い間といえるくらい。しかも、攻めてくる〈物語〉は、そんなに強くない者ばかりだった。

だが、雑魚でもたくさん来ると気疲れもするし、武器を振り回すことにも疲れる。

罹捺と覇世は一緒に出撃することが多かった。覇世は大剣で近距離担当、罹捺は銃で遠距離担当、バランスも丁度よく、性格的にも合っていたからだ。比較的仲がいいので、他のメンバーよりも出撃回数が多かったのだ。

他のペアは武器の相性が良くても仲が悪く、コンビネーションが上手くいかない、という時もあったから危うい、という理由もあったのだろう。

「そいでも、罹捺は出撃するんじゃろ?」

「そうね、だって遠距離型は私と〈ハートの女王〉の夭子ヨウシくらいじゃない。夭子は人と合わないからね、私が出るしかないんじゃないかしら」

〈ハートの女王〉夭子は二重人格だ。〈登場人物〉にふさわしい性格と、無邪気な性格。無慈悲で、傲慢で、残酷で、そしてヒステリーな〈女王〉の時もあれば、無邪気な知りたがり屋の少女の時もある。黙っていればビスク・ドールのように美しい少女なのに。

「〈首狩り女王〉じゃもんなぁ……わいも苦手じゃ」

苦笑をこぼす覇世に苦笑を返しながら仕方がないよね、と頷く。彼女は、現在いる仲間の誰とも合わない。〈女王〉たる〈性質プロパティ〉がそうさせているのか、それとも彼女の性質なのか。唯一、彼女は罹捺を好いているので、辛うじて罹捺とは上手くいっている。彼女の使用人という設定の〈白ウサギ〉や、気の弱い旦那という設定の〈ハートの王様〉が来れば話は違うのかもしれないが。

「罹捺が出るんじゃったら、わいも……」

「動物虐待で私が〈公爵夫人〉に怒られるわ」

思い直したようにいう彼にクスクス笑いを返して、罹捺は彼の額をトン、と押した。〈公爵夫人〉に怒られるというのは建前でしかない。大好きな彼に無茶させないためのただの言葉だ。〈公爵夫人〉も罹捺に甘いのだから。

『おや、〈猫〉、だいぶ弱っているようだね?』

そこへ、中性的な綺麗な声が、響いた。

大広間の上にある王座に肘を突いて座るその人物は、床まで着くような波打つ若葉色の髪を、少しだけ後ろに払いのけて、和風にほどこした顔をこちらに向けて、にんまりと笑った。

いつの間にきたのか、どうやってきたのか、全く気配を罹捺は感じることが出来なかった。

「……そんなこと、無かよ、〈元型マザー〉」

この人物こそ、私たちを〈ペルソナ〉と定め、戦いに身を投じる原因となった〈物語〉の元、〈元型アーキタイプ〉と呼ばれるものだった。この〈物語戦争〉は、何処でも自由に攻め放題、自分の〈世界〉の〈元型〉を殺されたらゲームオーバーという、極めて適当、かつ単純なもので。〈戦争〉に勝利した〈ペルソナ〉はどんな願いでも叶えてもらえる、らしい。この〈戦争〉での勝利とは〈本〉が読まれる時代の到来を指す。

いくつの〈物語〉を消せばいいのか、そんな時代がはたしてくることがあるのか、見当もつかないが……。

とりあえず、戦い続けなければならない。自分の望みのために。愛する仲間のために。

『ふふ、嘘はいけない。……おや、〈アリス〉、何か言いたい事でも?』

獣特有の警戒心をむき出しにしている覇世を横目に私は笑う。

「いいえ、何も。……今回はどうして皆を呼んだのかしら、って思っただけよ」

銃を(ふとももにつけているホルスターに滑らす。黒く大きな二丁拳銃は、最初は重すぎて使えない、などと思っていたけれど、今では持っていないと落ち着かない。

『……ああ、最近、攻められることが多いだろう? 防衛ばかりではつまらないと思わないかい?』

にた、とした〈元型〉の笑みと声に自然に、大広間が静かになった。

とても、嫌な予感がする。大体〈元型〉が私たちを呼び出す機会はそう多くない。攻め入られれば、大体敵の近くに居る者か、戦闘能力に優れた者だけを〈元型〉は呼び出す。彼女は、〈この世界〉そのものなのだからそれくらい造作も無い。

「……それで、何処か攻め入る〈世界〉を決めたんか?」

覇世が静かに問う。すると、見ている者が寒くなるような、壮絶な笑みを〈元型〉は浮かべた。

『私の片割れ』

楽しげに答えられた言葉。それを聞いて思わず私は眉間を押さえた。〈不思議の国のアリス〉の片割れ。それが、どういう意味なのか、私たちは分かっていた。

『……〈主〉に書かれた物語は、私一人で良い』

〈元型〉がぞっとするほど優しい声でそう言った。

〈元型〉が呼ぶ〈主〉とは著者のことである。〈不思議の国のアリス〉の著者、チャールズ・ラトウィッジ・ドジソン。通称ルイス・キャロル。そして、片割れとは、〈鏡の国のアリス〉。

『同じ〈主〉の〈物語〉は吸収できるからね。……私の片割れ、〈鏡の国のアリス〉を私の続きにする。……お前たち、私の望みをかなえてくれるね?』

それは、疑問ではなく、懇願でもなく、拒否の許されない命令だった。口調が優しい分、残酷が浮き出る彼女の言葉に思わず背筋に鳥肌が立った。だがこの感覚は嫌いではない。闘志に火が付く、そんな瞬間でもあるからだ。

〈戦争〉に情け容赦は無用。負けても、死ぬわけじゃない。勝っても、敵の存在を抹消させたわけではない。

ただ、元に戻しただけ。ただ、次の生を待つ、無の空間へ。だから、私たちは、自分の望みを叶えるために、戦い続ける。罹捺は、あそこへ戻りたくなかった。

「……勿論よ、〈元型マザー〉。私たちは、貴方を勝たせる為に存在しているもの」

覇世が手を伸ばしてくれたので、その手を取って手すりからふわりと飛び下りる。真紅の絨毯(じゅうたん)に降り立った際、ふわりとドレスが持ち上がったが気にしない。カツンとブーツを鳴らして、罹捺は顔に穏やかな笑みを浮かべた。

「だから、ご命令を、〈元型〉」

綺麗に微笑むなんて芸当が出来たとは思えないけれど。覇世が猫だとは思えないくらい紳士らしく振る舞ってくれたので、〈女主人公〉みたいには見えただろう。

『〈アリス〉行ってくれるかい?』

「勿論」

穏やかに問う〈元型〉にドレスの裾を掴んで了承する。そして、次の命を待った。最初は偵察として、二人程度の出撃だろうが。二人で出撃するときはいつも覇世が一緒だけれど、覇世は、今回は行けない。ということは、下にいる誰かが指名される。息が合う覇世が一番良いけれど、仕方ない。それで覇世が怪我をしたら本末転倒だ。

『……〈ハートの女王〉、〈イカレ帽子屋〉、〈三月ウサギ〉、〈トカゲのビル〉、〈公爵夫人ダッチェス〉、……どの子も微妙だね』

〈白ウサギ〉、〈愚鳩ドードー〉、〈芋虫キャタピラー〉、〈眠りネズミ〉、〈ハートの王様〉、〈グリフォン〉などはまだ空きの〈ペルソナ〉だ。未だ定まらない思いつく限りの〈登場人物〉はこれだけだ、と思ったところで罹捺リナは、はっとして下を見た。

もう一人、〈元型〉が呼ばなかった、定まった〈ペルソナ〉を。

「……俺しか居ない……ってわけか」

大きな溜息と共に、こちらを睨む朱色の強い眼光。赤い長髪を無造作に掻きあげて言う彼は、いかにも面倒だ、と言わんばかりの態度だった。〈ハートのジャック〉の修兵である。

『……よろしく頼むぞ』

「……ええ」

今まで〈ハートのジャック〉とは全くと言っていいほど関わりがなかった。私は戦闘派で、彼は面倒くさがり屋。

城にこもってあまり戦おうとはしない彼と外へ出る私は、正反対だったのだ。

罹捺は一抹どころじゃない不安を抱えながら、〈元型〉の言葉に頷いた。隣で覇世が威嚇しているのを感じながら。




「で。回想から戻ってきたか、〈アリス〉?」

「……ええ、戻ってきたわ、〈ジャック〉」

いつまで落ちれば良いのか。もう感覚さえ麻痺まひしてきた頃、声をかけられ罹捺リナは答えた。

「……ったく、なんで俺がウサギの穴になんか落ちなきゃなんねぇんだ。ウサギの穴に落ちるのは〈アリス〉と〈白ウサギ〉って相場が決まってんだろうが。……なんで〈ハートのジャック〉の俺が……」

「私だって落ちたくないわよ!」

好きで落ちたわけじゃない。(不思議の国のアリスの世界)に連れて来られたときもこの穴から落ちて来たが、もう一生落ちるもんか、と思っていた。永遠に落ち続ける浮遊感は、異常な不快感をもたらす。内臓がせり上がってくるような、そんな不快感。

だが、〈世界〉を行き来する方法は、コレしかないらしい。それを知っていたら酔い止めを服用したし、〈アリス〉のユニフォームとも言える水色のエプロンドレスの下にスパッツでも……スパッツは履いているから大丈夫か。

「いつまで落ち続けるもんなんだ?」

「……こんなに落ちるのが長いなんて、とても遠いのね」

小さく溜息をつくと、だな、と〈ジャック〉が同意してくれた。それだけでも、何故か少し嬉しかった。

「……なぁ、〈アリス〉。お前は、何で戦う?」

ふいに、真剣に〈ジャック〉が問うてきた。私は驚いて彼を見たが、その朱色の瞳が真っ直ぐなのを見て、小さく息を吐いて応えた。

「……答えても良いけど。アンタの満足いく答えなんて出ないわよ」

戦闘派で、よく戦いに出向く罹捺は、よくその問いを聞かれる。味方からも、敵からも。

戦うことが怖くないのか? 自分が生き残るために相手を壊すことに躊躇ためらいはないのか? 何故戦おうとするのか? 自分の中には答えはある。だが、その答えで、相手が納得するかは別だ。

だが、〈ジャック〉は笑う。

「良いから言え」

それは、面倒くさがり屋の彼にしては珍しい催促さいそくで。私は、少し意外に思いながら、口にした。

「……私は生きてるって、確認するために」

死んだ時の記憶はある。だから、ちゃんと生きているか、確認しなければならないのだ。夢じゃないか、空想じゃないか、妄想じゃないか。痛みと、心のきしみで確認するのだ。

「……ふぅん? 通りで……」

笑われるかとも、そんなことで、と言われるかとも思っていたのに、返ってきたのは、悲しそうな声だった。

「……何?」

「……いや、別に。……酷ぇもん背負っていやがんなぁ」

罹捺には、後半は聞き取れなかった。首を傾げるとなんでもねぇ、と頭を小突かれる。痛い、と頭を押さえると〈ジャック〉は笑った。そして、「お」と明るい声を上げる。その途端、足に衝撃。やっと地面についたのだ。

浮遊感から解放されはしたが、今度は足の衝撃が酷かった。今まで落ち続けていた衝撃にしては弱すぎるくらいだが、足が痺れた。厚底ロングブーツを履いているのに。

だが、〈ジャック〉は何も堪えた様子が無い。何が違うというのか。彼にはやせ我慢した様子もない。

辺りをきょろきょろと見渡して、彼は、「ん?」と声を上げてこちらを見た。

「何してんだ、〈アリス〉?」

「……」

一瞬殺意が芽生えた。理不尽なのは分かっている。やつあたりなのも分かっている。だが、何で罹捺だけこんな目にあって、彼は合っていないんだ。浮遊感にも堪えた様子もなく普通通りだったし、今だって何の衝撃もなさそうだった。

「……ああ、足痺れてんのか。……おぶってやろうか?」

彼は、笑って背中を親指で指差す。が、罹捺はフルフル首を振った。

「……丁重にお断りするわ。足手まといなんて御免だもの。……なんで、〈ジャック〉は平気なの?」

思わず恨みがましげに見ると、〈ジャック〉は事も無げに言った。

「俺は〈トランプ〉だからな。〈性質プロパティ〉の問題だ」

……ずるい。ずる過ぎる。〈アリス〉には、そんな便利な〈性質〉無い。

じとり、と見ながらとりあえず彼の白いコートに手を伸ばし握り締めた。立てない。だけど、おんぶは嫌だ。

だけど、置いて行かれたくない。それ故の行動だった。

「……そんなことしなくても置いて行きやしねぇよ。……これだから無自覚な奴はタチ悪ぃ」

呆れたように言った〈ジャック〉は、コートを握りしめている私の手を掴んだ。コートがしわになる、と怒られるかとも思ったのだが、違ったらしい。

「待ってやるから、そんな顔すんな」

くしゃり、と優しく頭を撫でられ、くすぐったい気持ちになる。どうしてだろう。さっきまで悪態をつきあっていたのに、〈ジャック〉が、人が変わったように優しい。

「……どんな、顔してる?」

おずおずと聞くと、ジャックが頭をくしゃりと撫でた。

「置いて行かれる子犬のような顔してやがる。……参ったな、俺はこんな性格だったか?」

反対の手で自分の頭を搔いている彼は、かなり困ったような顔をしている。変わったという自覚があるのだろう。彼はタトゥーが大きく入った顔をしかめていた。

綺麗な顔だな、と思う。元々整った顔だな、とは思っていた。でも、苦手な彼の顔をまじまじと見ることなんてなかった。悪態を突かれるし、自分より綺麗な男の顔は見ていて落ち込んでしまうから。

「……しゃあねぇ。おい、行くぞ〈アリス〉」

「え、ちょ、いッ!」

頭を撫でていた手が、右腕に食い込む。ぐいっ、と力づくで持ち上げられて腕が軋み、痺れた足がビリビリした。

思わず声を出して奇声を上げる。そんな罹捺を見て〈ジャック〉が笑っているのが見えた。

前言撤回。全然優しくない。意地悪のままだ。

「……ほれ、行くぞ、〈アリス〉」

悪びれるどころか、笑う〈ジャック〉に私は……。

「…………殺す、アンタを先に殺す……っ!」

ホルスターに手を伸ばしたまま、殺気立った眼で彼を睨みつけた。

「おっと、危ねぇなぁ、オイ」

そんな罹捺の行動を読んでいたのか彼は何も言わず私を背負った。お姫様抱っこでもなく、おんぶでもなく、俵担ぎである。女の子にそんなことをしている男なんて見たことない。この人でなし! とののしりたくなった。

〈ハートの女王〉が見たら金切り声を上げそうな構図である。勿論、彼女がされているなんて想像も出来ない。

公爵夫人ダッチェス〉にも絶対にできない。というか、罹捺だからやってるのだろう、この男は。

「殺、してやる……っ」

「……おーおー、物騒だな」

心の底から出る低い呟きに、〈ジャック〉が喉の奥で笑ったような気配がした。



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