クビになったダンジョン探索会社の四人、赤字だった場所で再出発します
「――というわけで、今日をもって会社を畳むことになった」
社長がそう言ったとき、驚く人はいなかった。
株式会社東央ダンジョン開発。設立から十一年。私が入社して五年。最盛期には三十人近くいた社員も、今では十二人。
その全員が、今日でクビになった。
理由は単純。儲からなかったからだ。
世界各地にダンジョンが出現して、二十年近く。今では探索も立派な産業になっている。
大手企業が大規模ダンジョンを攻略する一方、うちの会社は地方の小さなダンジョンを回っていた。
だが、燃料費も装備費も保険料も上がった。会社は事務所を縮小し、車両を減らし、社長自身まで現場に戻った。
それでも駄目だった。
最後まで給料の遅配がなかっただけ、立派だったと思う。
「木村」
ロッカーを空にしていると、声をかけられた。
探索二班の班長だった村瀬さん。その後ろには、斥候担当の水野と採取担当の小宮さん。いつもの四人だった。
「今から暇か?」
私は私物を詰めた紙袋を持ち上げた。
「たった今、無職になりましたから」
「俺もだ」
「私もー」
「私もです」
四人で顔を見合わせて、笑った。
◇
会社近くのファミレスで、今後について話した。
大手へ移るか。派遣探索者になるか。まったく違う仕事を探すか。
でも、会社が潰れたその日に次の人生を決められるほど、私たちは器用ではない。
私は何となくスマートフォンでダンジョン情報を開いた。
「あ。三峰第二、今日から再開してます」
車で一時間ほどの小規模ダンジョンだ。危険度は低く、珍しい素材もない。
私たちも何度も入った。そして――儲からない。
「懐かしいな」
村瀬さんが言う。
「最後の一年はほとんど行きませんでしたね」
採れるのは灰鉄鉱、地下苔、角兎の角、小さな魔石。どれも安い。
何気なく相場を見ていて、私は気づいた。
「……あれ?」
電卓を開く。入場料、燃料代、消耗品、装備更新の積立。それらを引いて、残りを四で割る。
「これ、四人なら黒字じゃないですか?」
「会社じゃ赤字だっただろ」
「会社なら、です」
会社には事務所も倉庫も車両もある。探索しない社員にも給料を払う。
でも今いるのは探索者四人だけ。自分たちの装備で潜って、自分たちで採って売るなら。
「……食えるな」
村瀬さんが呟いた。
大金ではない。それでも四人が生活するには十分だった。
「行ってみる?」
水野が言った。
「明日?」
「どうせ全員無職でしょ」
確かに。
「じゃあ、行きましょうか」
◇
翌朝。
私たちは三峰第二ダンジョンにいた。
会社の車も、揃いの作業着も、大型装備もない。あるのは個人装備と、五年間一緒に潜った四人だけ。
角兎を倒し、灰鉄鉱を採り、地下苔を集める。何度もやった仕事だ。
違うのは、必要な量だけだった。
会社員時代は、四人を一日送り込む以上、それに見合う売上が必要だった。今は四人が暮らせるだけ稼げればいい。
昼前には予定量をほぼ採り終えた。
「これで帰っても黒字?」
「黒字」
「じゃあ帰る?」
そのとき、小宮さんが足を止めた。
「木村さん。これ」
岩壁の下に地下苔が生えている。珍しくもない植物だ。
「地下苔?」
「少し青いんです」
ライトを当てる。確かに、普段より青みがかっていた。
小宮さんが一部を採取して、裏側を見る。
「この色になるの、灰鉄鉱に銀晶石が混ざってる場所なんです」
「銀晶石?」
希少鉱石だ。精密機器の素材に使われ、灰鉄鉱とは比較にならない値段で取引される。
「でも、三峰第二で銀晶石なんて出たことないよ」
「はい」
小宮さんが岩壁に触れた。
「だから変なんです」
水野が壁を見る。
「調べてみる?」
「今日は帰るぞ」
村瀬さんが即答した。
「壁の向こうに何があるか分からん。準備してからだ」
誰も反対しなかった。
儲かりそうだからと飛びつかない。生きて帰るまでが仕事。元社長から何度も教えられたことだった。
◇
地上へ戻って素材を売る。予定通り、利益が出た。
さらに青い地下苔を専門業者へ持ち込むと、翌朝には結果が出た。銀晶石の成分が付着しているという。
なら、どこかにある。
私たちは簡易探査機や岩盤用ドリルを借り、もう一度三峰第二へ入った。
昨日の岩壁を調べる。
「向こうに空洞あるね」
水野が探査機を見ながら言った。
自然にできた亀裂も見つかった。周囲の安全を確認して、少しずつ穴を広げる。
一時間後、人一人が通れる隙間ができた。
水野がライトを差し込む。
「……うわ」
その一言で、全員が覗き込んだ。
小さな空洞。その壁の一部が青白く光っている。
小宮さんが中へ入り、慎重に鉱石を削った。携帯用の検査器にかける。
「銀晶石です」
「やった!」
水野が声を上げる。
ただ、小宮さんは壁を調べ続けていた。やがて首を傾げる。
「鉱脈、小さいですね」
簡易探査機でも周囲を調べる。壁の奥や床下、天井まで何度か場所を変えて測ったが、反応はこの空洞の一角だけだった。
「奥に大きい鉱脈があるとかは?」
水野が期待を込めて聞く。
小宮さんは探査機を確認して、首を振った。
「ないですね。これで全部だと思います」
「小っさ!」
思わず笑ってしまった。
全部掘っても、人生が変わるような量ではない。
私は推定量と売却価格を電卓に入れた。そこで気づく。
「あ」
「何?」
「これ、会社なら掘りません」
「銀晶石なのに?」
「この量を見つけるために調査班と機材を動かすには、小さすぎるから」
会社なら採算性なし。たぶん、それで終わる。
「じゃあ私たちは?」
水野が聞いた。
私はレンタル費、入場料、消耗品を引いて、残りを四で割った。電卓を見せる。
「……結構あるね」
「ある」
「じゃあ、掘る?」
村瀬さんが笑った。
「掘るだろ」
◇
数時間後。
最後の銀晶石を小宮さんが回収した。
空洞をもう一度調べたが、反応はない。本当にこれで全部だった。
「……終わった?」
水野が聞く。
「終わりました」
「もうない?」
「ないです」
「本当に小っさ!」
「だから会社じゃ追わないんですよ」
私たちは笑った。
大きな会社には小さすぎる。でも、すでに現場にいる四人が半日働いて得る臨時収入としては――。
「大当たりだな」
村瀬さんが言った。
地上へ戻り、銀晶石を売却する。経費を全部引いて四人で分けても、ちょっとした臨時ボーナスになった。
「今日、焼肉行かない?」
水野が言った。
「さっそく使うの?」
「全部じゃないよ!」
「明日からまた普通の素材ですよ」
「分かってるって!」
大金持ちにはならなかった。銀晶石も、もうない。
でも、それでよかった。
普段の探索だけで、私たちは食べていける。ときどき、こういう小さな当たりまで拾える。
◇
数日後。
元社長から電話があった。
『久しぶりだな。次の仕事、決まったか?』
「はい」
『どこに入った?』
「どこにも。四人でやってます」
私は三峰第二のことを話した。
会社では赤字だった場所で利益が出たこと。小さな銀晶石を見つけたこと。四人で半日掘ったらなくなってしまう程度だったこと。
『なるほどなあ』
元社長が笑った。
『小さくなったから拾えたか』
「はい」
『そりゃ俺にはできなかったな。十二人いたから、十二人食わせる仕事を探すしかなかった』
会社が間違っていたわけじゃない。私たちが会社より優れているわけでもない。
必要な仕事の大きさが違った。ただ、それだけだった。
『木村。無理すんなよ』
「はい」
『生きて帰るまでが仕事だ』
私は笑った。
「分かってます」
電話を切ると、水野がスマートフォンを持ってやってきた。
「木村、次の候補見つけた!」
画面を見る。
小規模ダンジョン。希少素材の報告なし。推定収益、小。
最後に書かれていた。
――事業性なし。
一か月前なら、その時点で候補から外していた。
「どう?」
私は笑った。
「いいんじゃない?」
会社には小さすぎる。でも、私たち四人には、ちょうどいいかもしれない。
明日も仕事だ。
今度は、私たちの大きさに合った仕事を探しに行く。




