第8話 白銀の女神と、小さな約束
この世界では、バトルカウンターと言う計測器(大きい物と小さい物がある)で、個人や魔物のおおよその強さを計測します
SSSランク 10万ポイント~
SSランク 1万~10万ポイント
Sランク 3000~1万ポイント
Aランク 1000~3000ポイント
Bランク 500~1000ポイント
Cランク 200~500ポイント
Dランク 100~200
Eランク 50~100
Fランク 1~50
――それは、今から約100年前。リルがまだ『田中リル』ではなく、神界十二神の第三席、神獣フェンリルとして、その身を神界に捧げていた頃の話だ。
当時のリルは、巨大な狼としての真の姿を封じ、気高く美しい女神のような姿――『人間体』で過ごすことが常であった。
本来の神獣の姿はあまりにも強大な魔力と威圧感を放ちすぎる。平時にその姿を晒せば、周囲の神民たちに無用な恐怖を与え、その強すぎる魔圧で体調を崩す者さえ出しかねない。
何より、街に住まう神々の民たちに『常に戦時下にある』という不安を抱かせないよう、天帝からは常に柔和な人の姿を維持するよう厳命されていたのだ。
だが、その実態は、平和とは程遠いものだった。
「リル様! 南東の防衛線がBランク魔物の群れに突破されました! 被害拡大中!」
「西側、Aランク指定個体『スカイ・オーガ』を確認! 第三部隊……壊滅状態です!」
今日も悲鳴のような伝令報告が飛び交っていた。
私は休息の間もなく、愛剣フェンサンダーを手に取った。
「……騒ぐな。西のオーガは私1人でやる。お前たちは、私が行くまで南東の群れを、その場に押し留めろ。死ぬ気でな」
「は、はいっ! リル様! どうかご無事で!」
無感情にくるりと向きを変え、戦場へと向かう。
これが私の日常。血と悲鳴と、終わりのない殺戮の日々。
戦場に到着するや否や、人の姿のまま、そびえ立つ断崖を垂直に駆け上がり、重力を無視して天空の岩場へと跳躍した。
『天雷の一閃』白銀の剣先がスカイ・オーガの分厚い胸板を紙のように切り裂き、その心臓は絶命の鼓動を刻む間もなく精密に貫かれた。
頬を汚す熱い返り血を拭うことさえ、今の私には、使い古された『作業』の一部に過ぎなかった。
(……また、奪った。いつまで、この空虚な勝利を積み上げればいい……)
神界を侵食する『魔素』から生まれた魔物たちは、泥から這い出るように次々と現れ、年々その狂暴さを増している。
返り血を浴び、剣を振るう日々。その剣は民を守るためのものだが、私の心は次第に削り取られていった。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
――その数日後
その日も、人型の身体に合わせた細工の美しい白銀の鎧を纏い、神殿の廊下を歩いていた。
「リル、明日の出撃準備はできているか?」
声をかけてきたのは、同じ十二神の仲間だった。
同胞の問いに、私は窓の外に広がる、かつての聖域――今はどす黒い魔霧に覆われた『神聖の森』を、死を待つような瞳で見つめ、静かに頷いた。
「ええ。今回で三度目の先鋒……。過去二回、目の前で砕け散っていった仲間たちの顔がよぎるわ。慣れることはないけれど、覚悟は決めているわ。明日は三傑のモッスン様が『地の矛』として立たれるのでしょう?」
約200年前から突如として発生し始めた魔物たち。神界には本来存在しないはずの『魔素』が、どこからか漏れ出し、美しい神々たちの住まう地を侵食していた。
特に十年に一度現れる巨大な化け物『モンスターテン』の脅威は凄まじい。それは文字通り、神界を食い尽くそうとする天災だった。
十年に一度出現するモンスターは、もれなくSSランク(1万ポイント以上)。
さらに恐ろしいことに、出現する魔物は年々その力を増していた。
今回は5万ポイント近い数値が予想されており、2万から3万ポイントを誇る最高戦力『天界三傑』ですら、単独では太刀打ちできない。
対する第三席である私の数値は8500ポイント。
この致命的な差を埋めるためだけに考案されたのが、先鋒という名の『生きた盾』だった。
先鋒は、三傑1人と十二神6名で構成される。その役割は明確だ。
三傑が巨大な一撃を放つための呪文を唱えている間、私たち十二神が『盾』となり、死ぬ気で守備に徹する。
三傑が『矛』として敵を討つまで、私たちはどれほど傷つこうとも、敵の猛攻をその身で受け止め続けなければならない。文字通りの命懸けの『盾』なのだ。
もし討伐が不可能と判断され、矛である三傑が倒れたならば、せめてその死を無駄にせぬようデータを持ち帰ること。
それが生き残った『盾』に課せられる、最後にして最悪の任務だった。
「盾が砕ければ、矛(三傑)が死に、矛が折れれば、神界が滅びる……。嫌な役回りね」
私はふっと、力なく、けれど決意の滲む笑みをこぼした。
再起不能になった仲間は数知れない。明日の戦いでも、データを得るために誰が犠牲になるかわからないのだ。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
出撃前日の午前中。リルには任務を離れる自由時間が与えられた。死を覚悟した戦いの前に、会いたい人に会い、やり残したことを済ませるための、神界なりの慈悲だ。
しかし、彼女が誰か特定の相手を訪ねることはなかった。いつ死ぬかもわからない身で、誰かと深い絆を結ぶことを、彼女の理性が拒んでいたからだ。
一人、神界の街を歩いた。白銀の髪をなびかせて歩くその美しい女神のような姿は、民たちにとって平和と希望の象徴なのだという。
「リル様ぁ!」
不意に、元気な声と共に小さな影が飛び出してきた。
私の姿を見つけて駆け寄ってきたのは、心から慕ってくれている神民の少女だった。
少女はためらいもなく私の腰に抱きつくと、花が咲いたような笑顔で見上げた。
「あはは、捕まえた! リル様、今日もとってもかっこいい!」
一瞬、戦いへの殺気を含んでいた表情を和らげ、優しく少女の頭を撫でた。
「あら、見つかってしまったわね。元気そうで何よりだわ。今日はいい子にしていたかしら?」
「うん! お手伝いいっぱいしたよ! ねえ、リル様、また今度お話聞かせてくれる?」
「ええ、約束するわ。だから、あなたは安心して笑っていなさい。それが私の一番の願いよ」
少女を優しく抱きしめ、返答する胸には、鋭い痛みが走る。
この幼い命のぬくもりを守るために、明日は自らの身を盾にし、削り続けねばならない。
(……この人たちの笑顔を守るために、私は盾になる。でも、いつまで? いつまでこの戦いは続くの?)
ふと、脳裏に疑問がよぎる。なぜ神界に魔素が生まれるのか。
なぜ十年に一度、決まったように怪物が現れるのか。
その根本的な原因を、天帝・天来様をはじめとする上層部は、隠しているのではないか。
拭い去れない違和感が、いつまでも胸の奥に重く残っていた。
私はその不安を心に押し込め、さらなる地獄が待つ午後の調整へと足を向けた。




