第7話 川辺の魔法使いと謎の視線
二人は完成した種を手に、近くの川沿いにある平坦な広場へと向かった。春の様な風が吹き抜け、川のせせらぎが心地よい。
「さあ、見ていなさい。これが魔化種の使い方よ」
リルが袋から白い種を一つ手に取ると、地面に向かって軽く投げた。
パチン、と乾いた音がして種が弾ける。すると、何もない空間から鮮やかな大輪の花がニョキニョキと生え、一瞬で満開になった。
「すごいや! 手品みたいだ!」
「次はこれよ。タロウが好きな、おとぎ話の『勇者様』」
リルが別の種を投げると、今度は月光を編み上げたような白銀の鎧。掲げられた剣が放つ威風堂々とした輝きに、大気の震えさえ感じるほどだった。
「うわぁぁぁ! 勇者さまだ! 本物の勇者さまだ!! 剣がキラキラしてる!」
タロウは目を輝かせ、その幻影の周りをぐるぐると走り回った。
「ねえリル、見て! 剣がキラキラしてるよ! マントもヒラヒラしてる! かっこいいなぁ……。ねえ勇者さま、僕もいつかあなたみたいになれるかな?」
返事のない幻影に向かって、タロウは一生懸命に手を振る。
リルはその様子を、どこか複雑な微笑みを浮かべて見守っていた。
「僕もやりたい! リル、僕にも貸して!」
「ええ、イメージが大事よ。自分の出したいものを強く思い浮かべて」
タロウは大きく頷き、袋から白い種を取り出して地面に叩きつけた。
(大好きで、綺麗で、優しいリルお母さん……!)
ボフッ!という音と共に現れたのは――
「……あら?」
そこに立っていたのは、顔が左右に引き伸ばされ、手足が短い、目はボタンのように真ん丸な、なんとも『へんてこりん』な姿をしたリルだった。
「あはは! 鼻がびよーんと伸びて、お耳がウサギみたい! ヘンテコリルだ!」
タロウはお腹を抱えて笑い転げる。リルは呆れたように腰に手を当てた。
「……タロウ。お母さん、あなたの目にはこんな風に見えているの?」
「違うよ! 本物はもっと美人だよ! もう一回!」
タロウがもう一度種を出す。しかし、やはり現れたのは、鼻が長かったり耳が大きすぎたりする、愛嬌たっぷりな「ニセ・リル」たちだった。
リルが『タロウ、お母さんってこんなのだったあ?』と苦笑いすると、タロウも楽しそうに笑い声を上げた。
次に、リルが白い種を川面に向かって投げ入れると、透き通っていた水が、瞬く間に幻想的な色彩へと宝石のように色を変えて流れていった。
「うわぁ……川が光ってるみたいだ!」
「僕も僕も!」
タロウも夢中になって川に種を投げる。水面が次々と色彩を変える幻想的な景色に、二人は言葉を忘れて見入った。
「最後はこれよ、えいっ!」
リルがタロウに向かって白い種を投げた。
種がタロウの胸に当たった瞬間、光が彼の小さな体を包み込む。光が収束したとき、タロウの衣服は、まばゆい金装飾の施された「勇者の法衣」へと幻覚で変わっていた。
「タロウ、これであなたも立派な勇者様ね」
「わあ……! かっこいい! 勇者タロウ、参上! 悪い奴らは僕がやっつけるぞ!」
幻覚の重みを感じない不思議な服を翻し、タロウは広場を縦横無尽に駆け回った。その笑顔は、どんな強大な魔法よりも眩しく、リルの心を温めた。
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――だが、そんな親子の微笑ましい光景を、森の影から静かに見守る者がいた。
影から滲み出るように現れたのは、雪のごとき白髭を蓄えた老人。その瞳は濁りを知らず、夜の森さえ見通す鷹のようだった。
ずいぶんと歳をとってはいるが、その背筋はピンと真っ直ぐに伸びている。古ぼけた杖を持ってはいるが、決して足元がふらつく様子はなく、その立ち姿にはどこか隙がない。
老人は、鋭い眼光を隠すように目を細めながら、広場を駆け回るタロウを静かに見つめていた。
「フォッフォッフォ……魔化種か。懐かしいものを作っておるわい。なんとも楽しそうじゃのう」
老人は、勇者の格好をして笑うタロウの姿を追う。老人の瞳は、ただの子供の遊びを眺めるものではなかった。
タロウが纏う「勇者の姿」の奥底、神すら畏れるほど強大で、世界の理を根底から砕きかねない力を、彼ははっきりと見抜いていた。
「フェンリルが人の子を育て、その子が世界の理を揺るがす力を宿しておるか。……久方ぶりに、運命の歯車が軋む音が聞こえるわい。はぐれし神獣と、理を砕く天災か。愉快、愉快……」
老人は声に出さず、ただニヤリと不敵に微笑む。その姿は、まるで獲物をじっと観察する山の王者のような、底知れない迫力があった。
彼は気配をまったく残さぬまま、まるで魔法のように、静かに森の奥へと姿を消した。
リルが一瞬だけ、背筋に走る冷たい違和感に振り返る。
(……気のせい? いえ、今、誰かに見られていたような……?)
フェンリルとしての鋭い感覚が警鐘を鳴らしたが、目の前で元気に飛び跳ねるタロウの笑顔が、彼女の警戒心を一瞬で解いてしまう。今はまだ、この小さな平和を信じていたかったのだ。
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一通り遊んでから、二人は森の入り口へと向かった。
そこには、もう一つの袋に入った、持続時間の長い『黒い種』がある。リルが自分の魔力をたっぷりと注入し、何日も持続する特性を持たせた、リル渾身の魔化種だ。
「タロウ、ここからは大事なお仕事よ。この種をここに撒きましょう」
二人が森の入り口に黒い種を撒くと、そこには鬱蒼と茂る巨大な大樹や、トゲのある茨の壁が幻影として出現した。
森の入り口を塞ぐように次々と幻覚の木々が現れ、外から見れば道など存在しない行き止まりの原生林に見えるようになった。
「これで大丈夫ね。……帰りましょう、タロウ。今日の夕飯は、昨日採ったキノコのシチューよ」
「やったー! お腹ぺこぺこだよ!」
沈みゆく夕日を背に、二人は手を繋いで歩き出す。
背後では、幻影の森が静かに、そして堅牢に、親子の日常を隠し続けていた。
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リルの日記より(抜粋) 【タロウ・成長記録:7歳と○日目】
うま かゆ くた
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※ 日記書くの忘れたので、急遽日記系の超名言で補完しました




