第4話 規格外のタロウとリルの決意
――翌日
翌朝、タロウは目覚めると、すぐにリルの元へ駆け寄った。
「リル! リル! おはよう! 早く、早く、昨日の続きを教えてよ! あのすごい力を出す練習をしよう!」
リルは、朝食のスープを温めながら、冷静な顔でタロウに言った。
「おはよう、タロウ。いいわ。でも、練習の前に、一つとても大切な約束があるわ」
「約束?」
「そうよ。昨日のあれは、あなた自身の生命エネルギー(いのち)を過剰に消耗する、非常に危険な力なの。あなた自身も傷つく可能性があるのよ。だから、私が『ストップ』と言ったら、必ずすぐに止めること。そして、私に隠れて、一人で勝手に練習しないこと。約束できる?」
タロウは、目を輝かせて頷いた。
「うん! 約束するよ! ストップっていわれたら、すぐ止める!」
「偉いわ。じゃあ、朝食にしましょう。今日は昨日採ってきてくれた木の実をたくさん入れた、甘いパンがあるわよ」
朝食を済ませると、二人は再び小屋の外、昨日タロウが闘気を放った山肌の破壊跡を遠くに見渡せる、安全な広場へと向かった。
タロウは、周囲の木々まで吹き飛ばされた闘気を出した場所の破壊の跡を目の当たりにし、改めて昨日の力の凄さを実感し、興奮が隠せない。
「ねぇ、リル、今日はこの近くのずっしりした大きな岩に使ってみようよ!」
タロウが指さすのは、少し離れたところにある、人間が一人で運べそうもない、ずっしりとした巨大な岩だ。
「いいえ。あの岩じゃなくて、あなたの『指先』に出すのよ。昨日は、全身の力を一度に爆発させたでしょう? 今回は、それを指の先に集中させて、静かに、極小のろうそくの炎のように出す練習よ」
リルは、タロウの力の性質を理解し、その制御を教える方向へと、指導方針を完全に切り替えた。魔法を教えるふりをしつつ、実際には、その異様な生命エネルギーを極限まで繊細にコントロールさせる訓練だ。
「ろうそくの炎? そんなに小さく?」
「そうよ。あなたは昨日、体内の魔力を一気に外に噴き出させてしまったの。今回は、それを、指先の小さな毛穴から汗を一滴だけ出すように、繊細に力をコントロールするのよ。静かに、魔素を優しく体内に取り入れるのよ」
「うーん……優しく……」
タロウは、目を閉じて、静かに呼吸を始めた。
昨日の猛烈な熱とは異なり、ゆっくりと、穏やかな魔素が、まるで春の陽光のように体に満ちて行く。太郎の小さな身体は、周囲の魔素を、まるで呼吸をするように、自然に吸収していく。
そして、その満たされた魔素を、指の先に集中させる。
タロウの体内のエネルギーが、指先に集まる。
タロウは、今にも指から炎が噴き出すような熱さを感じた。
「出た……!」
タロウがそう呟いた瞬間、彼の指先から、眩いばかりの純粋な金色のエネルギーが、直径10センチほどの球となって放たれた。それは、昨日の闘気の爆発とは全く異なり、穏やかで、しかし宇宙的な存在感を放つ、根源の光球だった。
(まさか……光……属性? 炎じゃなくて……? それともこれは、無属性の、純粋な根源的エネルギーの塊……!?)
タロウは驚いて目を開けた。彼の指先に浮かぶその光の玉は、直径わずか10センチほど。
「わあ……! リル、見て! きれいな光だよ! 僕、できた!」
タロウが歓声をあげた、その時。
その美しい金色の光の玉に、タロウは無邪気に手を伸ばした。
リルは、その光の玉が放つ未知の力にハッと息を飲んだ。
「タロウ! やめなさい! 触っちゃだめよ!」
リルが「やめなさい!」と叫び、手を伸ばした、その一瞬早く、タロウは光の玉を迷いなく掴んだ。
次の瞬間、その金色の光の玉は、タロウの小さな身体に、何の抵抗もなく、まるで最初からそうであったかのように吸い込まれるように消え去った。
リルは、その場で硬直したように、思わず声を失った。
(吸い込んだ……? まるで、放出された力が自らタロウの元へ戻ったかのように...! これが偶然でなく、この子の本質的な能力だとしたら...!)
タロウは、まるで何事もなかったかのように、手を広げた。
「あれ? 消えちゃった! もっとやりたい!」
リルは、昨日の不安が、確信に変わるのを感じた。
この子は、力を外に出すだけでなく、外に出た力を、瞬時に再吸収し、自分のものとしてしまう能力すら持っている。これは、力を外部に放出して終わり、という一般的な魔法や闘気の常識を覆す、文字通りの『エネルギーの規格外』だ。
「タロウ! よく聞きなさい!」
リルは、平静を装いながらも、心臓が激しく脈打つのを感じていた。その光の玉がタロウの指先から離れた瞬間、周囲の空間が微かに震え、木々の葉がざわめいた。タロウがそれを無邪気に触れたとき、リルは最悪の事態――爆発や、タロウの身体の崩壊――を覚悟したのだ。
だが、結果は、光の再吸収。
「なぜ、自分で出した力を、自分の身体に戻すことができたの?」
リルはタロウの小さな肩に手を置き、真剣な瞳で尋ねた。
「えーっとね、何となく? 熱かったから、僕の中に戻したらいいかなって思ったの! だって、僕の力でしょ?」
タロウは不思議そうに首を傾げた。純粋な善意と、本能的な判断。彼の行動に、理屈も計算もない。
(『僕の力』……タロウにとって、そのエネルギーは、まるで手足のように、外に出しても、瞬時に元に戻せる、血液のような身体の一部という認識なのね……!)
リルは全身に冷たい汗が流れるのを感じた。
(この子は、いずれ世界を変える、あるいは世界を食い尽くす化け物になるかもしれない。逃げろ。魔物としての本能が叫ぶ。今すぐこの規格外の脅威から遠ざかれ。)
これは、制御訓練どころの話ではない。タロウの身体は、この世界の物理法則や、魔力運用体系を超越した、エネルギーの生成源にして、絶対的な貯蔵庫だ。魔素を無尽蔵に取り込み、属性の概念すら超えた純粋なエネルギーへと変換し、それを放出し、そしてまた瞬時に回収する。
リルが教えているのは、もはや『武術』でも『魔法』でもない。『タロウという宇宙法則を超えた存在』の自己制御方法だった。
「リル? どうしたの? 顔が真っ青だよ? 僕、何か変なことした?」
タロウが不安そうにリルの顔を覗き込む。その純粋な瞳を見て、リルは自分の不安を打ち消し、一瞬で母親の顔に戻った。
「いいえ、変なことなんてしていないわ。タロウはすごいわ! お母さんが考えていたより、ずっと上手! その通りよ。それは、タロウの身体の一部。だから、いつでも戻すことができるの」
リルは、そう言ってタロウを抱きしめた。
リルは、その小さな背中の温かさに、自分の心が二度と独りには戻れないことを悟った。
(この能力は……誰にも知られてはならない。もし、この光の吸収を、世界を律する神族や、この世界を管理する存在に知られたなら、タロウは、彼らの力の根源を揺るがす『絶対的な異物』として、即座に排除されるだろう。)
「タロウ。もう一つ、大切な約束よ」
「なぁに?」
「タロウ。今、タロウが出した、あの金色のエネルギー。これは、誰にも見せちゃだめ。絶対に、よ」
「なんで? 昨日のは危なかったけど、今日のは熱いけど、優しかったよ?」
「危険なのは、目に見える破壊の力だけじゃないの。あの根源のエネルギーは、あなたがどこにいるかを、遠くにいるとても悪い魔物や、人間たちに発信機のように教えてしまう可能性があるの。お母さんとタロウの、秘密よ。わかった?」
「秘密の! わかった! 誰にも見せないよ、リルとの秘密だもん!」
タロウは、秘密という言葉に目を輝かせ、深く頷いた。彼の素直さと無邪気さが、今のリルにとっては唯一の救いだった。
「ありがとう、タロウ。じゃあ、次よ。その根源のエネルギーを、今度は外に出さないで、あなたの身体の中だけで、手のひらの中で転がすイメージで、作ってみるの。ゆっくりと、繊細にね」
「わかった! 光を、手のひらの中で転がす、転がす……!」
タロウは再び目を閉じた。
リルは、タロウから数歩離れ、いつでもフェンリルの姿に戻ってタロウを守れるように、静かに、体内の魔力を研ぎ澄ませた。
彼女は分かっていた。タロウの訓練は、彼自身の能力を高めることと同時に、リル自身の、タロウの暴走を止めるための訓練でもあるのだと。
手のひらを静かに合わせるタロウの身体から、微かに、しかし確実に、強大な生命エネルギーの波動が漏れ始めた。そのエネルギーは、手のひらの中で留まり続け、外には一切放出されない。
(外に光を出さずに、体内でエネルギーを生成し、維持している……! なんて精密な、無意識の究極のコントロールなの!)
タロウは静かに目を開けた。両手の中には何も見えない。
「リル! 手のひらの中が、すごくポカポカするよ! これで合ってる?」
「ええ、大正解よ、タロウ! それを、今度は指先だけでなく、足の裏、お腹、頭……全身でやってみるの。そして、そのエネルギーで、身体の隅々を優しく撫でるようなイメージ。そうすれば、タロウは、どんな怪我をしても、病気になっても、大丈夫になるわ」
(これが、防御の訓練。タロウのエネルギーを、攻撃ではなく、自己治癒・自己防御の領域に特化させる。体内で無限に湧く泉を、決して溢れさせない訓練。この子を、絶対に傷つけさせない……!)
その日から、リルの指導は、タロウの桁外れの力を、外部に『漏らさず』、内部で『循環』させることに主眼が置かれた。山を吹き飛ばす『闘気』ではなく、生命を根源から強化する『内気』の練成。それは、タロウの持つ無限のエネルギーを、破壊ではなく保護へと昇華させる、唯一無二の道だった。
リルは、はぐれの魔物である自分と、異世界の転生者であるタロウ。二人の『はぐれ』の命を、この山奥で、静かに守り続けることを、改めて心に誓った。
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リルの日記より(抜粋)
【タロウ・成長記録:5歳と○日目】
今朝、タロウが光の玉を創造し、それを体内に再吸収した。これは、私が知る全ての魔力運用の常識を破っている。彼は、力を「使う」のではなく、「生成し、循環」させることができる。
闘気は、爆発する炎。 魔法は、放出する水。
タロウの力は、体内で無限に湧き、外に出てもすぐ体に戻る、世界の外にある生命そのもの。
もはや、彼を守るための訓練ではなく、彼の力が世界を破壊しないための制御と教育だ。
私の存在は、もはや抑止力ですらない。ただ、この規格外の『力』を、穏やかで優しい『心』を持つ子供として育てるための母親として、そばにいること。
この幸せな時間が、一日でも長く続くように。私は、この子を独りにはさせない。
タロウは、私の生きる意味なのだから。
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