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魔王軍物語・ZERO ~最強フェンリルに拾われた転生者は、規格外の勇者となり、やがて魔王と呼ばれる~  作者: じゆう七ON
1章 転生タロウ

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第3話 最強フェンリルの決意と、ウンジャガ・ラミアダンス

 目を閉じて、眠りにつくタロウの寝顔を、リルはいつまでも、いつまでも見ていた。


 タロウは、今日、たった5歳で、一瞬にして山の頂を消し飛ばす規格外の力、『闘気』を爆発させた。


(これが、転生者の力……? いいえ、異世界からの転生者でも、ここまで規格外な力はないわ……。タロウは、一体何者なの?)


 リルは不安を押し殺し、タロウが寝ている小さなベッドの傍らに座った。静かに眠るタロウの、小さな手をそっと握る。


 タロウがこの世界に来たとき、その身体から漏れ出ていた魔力の揺らぎは、確かに時空の歪みを伴う「転生」特有のものだった。


 しかし、その根底に流れる魔力は、この世界のどんな魔物や、人間、ましてや勇者とも異なる、底知れない、無限の、純粋なエネルギーの塊だった。


「闘気」は、本来、武術を極めた者が、その身体に満ちる生体エネルギー(生命力)と魔力を練り上げ、極限まで高めた末に発揮できる、物理的な爆発力を持つ技だ。魔素を体内に取り込む『魔法』とは、全く異なるアプローチで、習得には通常、何十年もの鍛錬が必要とされる。


 それを、タロウは、たったの5歳で、無意識のうちにやってのけた。


 しかも、その威力は、歴代の伝説に語られる最強の勇者の闘気と比べても、遥かに上を行く。


「この子を、私が、どうやって守るの……?」


 リルは、自分自身が持つフェンリルとしての力を思い返す。


 彼女は、はぐれの身ではあるが、その力はS級の魔物に匹敵し、並の人間や魔物では太刀打ちできない。


 人間体でいれば、剣士としても一流の腕前を持つ。


 しかし、タロウが今日見せた力は、リルの想像を遥かに超えていた。


 タロウの力が暴走すれば、この小屋はおろか、山ごと吹き飛び、リル自身も無事では済まないだろう。


(私が、この子の『抑止力』になれると、本気で思っていたなんて……とんだ間違いだったわ。けれど、それでもいい。だって……)


 リルは、タロウを抱き上げた、あの日の感触を思い出す。


 生命の重み。そして、初めて知った、誰かを守りたいという、(あらが)いがたい感情。


「この子の力は、いずれ世界に知られてしまうでしょう。その時、この子の力を怖れたり、利用しようとしたりして狙う者は、魔物、人間、神、果ては……あらゆる勢力に及ぶはず。私一人の力で、守りきれるはずがないわ」


 彼女の頭の中には、タロウを連れてどこか遠い場所へ逃げるという選択肢が浮かんだが、タロウの力は、逃げてもすぐに追いつかれてしまうと悟らせた。


(いっそ、この力を、この子自身がコントロールできるようにするしかない)


 タロウは、まだ力の意味も、制御の方法も分かっていない、純粋な5歳の子供だ。


 その無限の力を、破壊ではなく、防御や生活に役立てるように、教育していかなければならない。


 リルは、自分の心に強く言い聞かせた。


「私は、タロウの母親よ。何があっても、この子を孤独にはさせない。私にできる限りのことをする。だって、この子がいれば、私は独りじゃない。この子を守り抜くことが、私の生きる意味になったのだから」


 リルは、眠るタロウの額に、そっとキスをした。


「おやすみ、タロウ。明日も、優しいあなたでいなさい。私と、この山で、穏やかに暮らしましょう」




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 タロウをベッドに寝かせつけた後、リルは静かにランプの灯りを落とした。


 しかし、その夜は興奮冷めやらぬタロウがなかなか寝付けず、小さな小屋の中で


「明日こそ魔法を出すんだ!」


 と、ずっとブツブツ言っていた。


 その声を聞いて、リルは思わず、くすりと笑ってしまう。


 山を吹き飛ばすほどの力を持っていながら、魔法は苦手。


 そして、母親の言うことはちゃんと聞く、純粋で優しい五歳の子供。


 リルはそっと立ち上がり、タロウのベッドのそばで、両腕を耳の横あたりまでぴんと上げ、指先を軽く曲げて見せた。


「タロウ。力が有り余って眠れないなら、これをやるしかないわね」


 タロウは目を丸くして、布団から顔を出した。


「え? なに、リル。その変なポーズ」


 リルは、両手を上げたまま、顔面をゆっくりと変形させ始めた。


 彼女の普段の整った人間体ひとがたの顔は見る影もなく、まず、眉間に深い縦ジワを寄せ、目を大きく見開いたまま、上目遣いになった。


 口は、左右の口角を極端に下げて「へ」の字に曲げ、さらに奥歯を強く噛みしめることで、顎のラインを強調する。


 まるで、『酸っぱいレモンを丸ごと飲み込んだ魔物』のような、壮絶な真顔の変顔だった。


 そして、この顔のまま、カクカクとしたぎこちない動きで腰を揺らし始めた。


 これが、彼女がかつて見たことのある、石化の魔物・ラミアが戦いの前に気合を入れるという、『ウンジャガ・ラミアダンス』だった。


 他の魔物には見つからないように、人里離れた隠れ家で、こっそり練習していた秘技である。


「これを真似してごらんなさい。体から余計な力が抜けて、ぐっすり眠れるようになるわよ。さあ、一緒に! ウンジャガ、ウンジャガ……」


リルは真剣な顔で、しかしどこかコミカルに、妙なリズムに合わせて踊り続ける。


 タロウは、そのリルの壮絶な変顔と、奇妙な踊りに、最初はきょとんとしていたが、すぐに


「へんなの! あはは! リルの顔がヘビみたいになってる!」


 と大笑いし始めた。そして、布団から飛び出して、リルの真似をして踊り始めた。


 タロウは、まだ顔の筋肉をうまく使えないなりに、できる限りの『変顔』に挑戦した。


 眉毛を思い切りつり上げ、目も鼻も口も顔の中心に集めるように、ぐしゃりと歪ませる。


 本人は究極に集中して顔を強張らせているのだが、まだ幼いためか表情が形にならず、ただただ真っ赤な顔で力んでいるだけの『一生懸命な無表情』になっていた 。


 その五歳児らしい、あまりに不器用で力強い様子に、リルはまた吹き出してしまう。


「ウンジャガ、ウンジャガ!」


 小さな小屋の中に、親子二人の奇妙なダンスが繰り広げられた。


「リルの変な顔! こう? ウンジャガ!」


「そうよ、タロウ。もっと眉毛を寄せて! 顎の力を入れるの! そう、いいわね! ウンジャガ!」


 二人で踊り、笑い転げ、小さな幸せな時間があふれる。タロウは、笑いすぎたせいか、あるいは、全力で踊ったせいか、すぐに疲れてコテンとベッドに倒れ込み、あっという間に深い眠りについた。


 リルは、汗だくのタロウの額を拭き、静かに布団をかけ直した。


(こんな風に、他愛のないことで笑い合える幸せが、ずっと続けばいいのに……)


 その夜、人里離れた山奥の小さな小屋には、静かな笑い声と、愛おしい寝息だけが満ちていた。


 そして、その笑いの絶えない小屋の周りには、タロウが放った『闘気』の余波すらも寄せ付けないかのように、穏やかな魔力の結界が、そっと張り巡らされていた。

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