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電導式解  作者: 谷樹 理
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第八章

 バッコス計画を闇に葬ろうとした帷御流は、自らの癖のせいで奇宇の殺害に失敗して藪蛇になった。

 その計画から産まれた者の生き残りはすでに奇宇しかいなくなっていた。

「……このままにされちゃ溜まんないけど、まぁいいとして……その後の処理よね」

「掃除人の登場か、やっと」

 高速でバンを運転する帷通の軽口に、不満そうだった奇宇は鼻で嗤う。

「……そっちもどうにかしないとね」

 急にバンの中に横への圧力がかかって奇宇は思わず上体を倒しかけた。

 後方で轟音が鳴った。

 バックミラーを覗くと、車が一台、細い道路から脇に吹き飛んでいるところだった。

「ハイ一匹かかった。それにしても沸いて来るねぇ」

 帷通は、気軽そうに車線にバンを戻した。 

 第三区で周禍を消滅させた後、第二区に引き返そうとすると、配信を見ていた連中だろう。様々な車がカスタムバンの位置を割り出して各地から集まって来たのだった。

 帷通が強引に運転するなか、彼等はおもしろ半分と自分らがいたぶれる相手を見つけたかのように、しつこく追ってくるのだ。

 奇宇は空中ディスプレイを開いた。

 直接、不祇の個人アドレスに連絡を入れて強引に窓を開かせたのだった。

「……ああ、おまえか。どうしたよ?」

 驚きもしせず、けだるげな中年は、挨拶するようにいきなり聞いてきた。

 奇宇は表情を隠す。

「降伏する。これから出頭するから迎えを送ってきて欲しい」

「……へぇ……」

 面白いことを言うという反応で、不祇は奇宇を眺めた。

 まるで心の奥底まで見透かされるかのような視線だった。

「で、尋ねておきたいんだけど、鷹示はどうする? バッコス計画を終わらせるのに、彼は真相近くまで知ってしまっているよ?」

「アレは古い仲だからね。ネタは山ほどある。放って置いても害はないよ」

 まるで気に書けるほどでもないという雰囲気。

「……あたしを捕まえたらどうするの?」

 一応、奇宇は確認しようとした。

「自分で考えろなよ。まず何やったかから」

 やれやれと言いたげだ。

「やっぱ出頭しないから、出迎えを頼むわ。この通信からこっちの場所はわかるでしょ」

 奇宇はどうどうと前言を翻した。

「ああ、いいよ。おまえんとこにはずっとつけてる奴いるから」

 鳥。

 奇宇はすぐに気づいた。

 不自然な時に不自然なまでに鳴き声が聞こえて来たのだ。

 先程も聴いた。

「……へぇ。お互い、上手くいくといいね」

「俺だけが上手くいけばいい」

「つれれないなぁ」

「別けるところは別けないとな」

「オッケーだ。じゃあ、あたしはあんたの不幸を祈ることにしたわ」

「隙にしな。因みに今年、出雲神社に参拝に行ってる」

「地味に風習を大切にしてんじゃねぇよ」

 通信を切る。

「……というわけで、いるらしいよ、追って来てる車の中に來架の奴が」

「着いてこれるといいがなぁ。こっちゃ、最後の手段でニトロがある」

「逃げないよ。やるんだ」

 奇宇ははっきりと言った。

「……そりゃあ、勇ましいことで」

 声で応じただけで、運転はだんだんと荒くなる。

 その代わり、スピードは落としたようである。

 体当たりを喰らわしてくる車に、逆に車道を外れるで押し込んで横転される。

「キリがないんだし、何かねぇの?」

 助手席の首部分を片手で抱くように掴みつつ、奇宇が不満を垂らした。

「無い。何より、連中をフルボッコにする手がない」

「なら、遊を出すよ」

「その隙に、來架のが襲撃してきたらどうすんだよ?」

「すぐ戻す」

 ジト目にも似たサングラスの奥をバックミラーにやる。

「そんな器用だったっけな?」

「器用だわ!」

 奇宇は語気強めに言った。

 帷通は笑った。

 あの面倒くさがり屋が、やる気をだしたものだ。

「まぁ、隙に現れたら俺が時間稼ぐよ」

 助手席の琥坤が言った。

「さすが、マイ・ファミリー」

「……まぁ頑張れや。いくぞ」

 カスタムバンはいきなりブレーキを踏んだ。

 奇宇と琥坤の身体が前方に引っ張られて軽く腰が浮く。

 追って来た車群が、勢いのまま次々と派手に追突し、バンを乗り越えたのもあった。

 帷通は次にまた前進をはじめたが、スピードは六十キロ程度まで落としていた。

 あっという間に、バンは追って来た車群に囲まれた。

 バフを掛けた煙を流し、サイドウィンドーを下げ、帷通は片手の指でシリンダーを回して納めた手のリヴォルバーを腕で伸ばした。

 一回の引き金で凄まじい銃声が響いて、辺り中が細かい輝きの断片に包まれた。

「うらぁあああああ!!」

 奇宇が叫んだ。

 一瞬、彼女の眼前に現れた遊が消えた。

 カスタムバンの周りで爆発が連続する。

 チャフの負荷の中を、彼女は構築物を出したのだ。さらには、遊は物質である無数の車体を次々と破壊して行った。

「……眩しいねぇ」

 自身が構築物の帷通はサングラスでチャフを反射させながら楽しげにつぶやいた。

 チャフがスピードに流されていった後で、即、空間が閉鎖された。

 コルベットのC1が残った車の中にあった。

 琥坤が運転席に構築フラッシュグレネードをネット空間から投げ込もうとすると、フロントウィンドウ前で迎撃された。

 凄まじい音と光りが二台の間で轟く。

 コルベットC1の運転席で、ショートカットでエスニック風の恰好をした少女がニヤニヤとした表情でハンドルを握っていた。

 大きな翼を持った鳥が、二台の上空に舞っていた。

 一気に身体が重くなる。

 奇宇の精神が思い切り奥底まで落ちそうになる。

 以前まで何度もこの手の感覚があったが、無理やり抑えて何とかしていた。

 だが、今回はそんな程度のものではなかった。

 興奮剤三割増加命令。

 だが落ちる。気分が。

 絶望にも近くまで。

 殺された。

 仲間がどんどんと。

 ストリートでカバー生活をしていた時、やっと得た日常だった。

 彼等は全員が全員、捨てられた家もないストリート・チルドレンだった。

 皆と共にブランドを建てて、生活を送ろうとしていた。

 だが、一人、また一人と何者かに殺されていった。

 そのたびに、奇宇は現実が砕けていくような感覚を得ていた。

 独自の調査で、犯人が來架の者だと知った。

 同時に犯行手段は連続殺人鬼の周禍の手口そのものだとも気付いた。

 為御流。

 あの暖かな家庭的雰囲気を持つ笑顔。

 奇宇はただそれだけのために、來架で活動していた。

 だが、彼が犯人だったのだ。

 奇宇は悲鳴のような声を上げた。

 大型の鳥が、一気にカスタムバンに向かって真っすぐ降りてくる。

「あれだな……おまえの最近の落ち込みを起こさせてたのはな」

 帷通がバックミラー越しに淡々と言ってくる。

 ストリートの仲間の思い出で出来た男。

 殺された、彼女が想っていた者。

 帷通。

 奇宇は再び声を上げた。

 興奮剤が溢れんばかりの殺意を湧き上がらせる。

 コルベットのボンネットに遊がしゃがんでいた。

 深凪が眉をしかめる。

 とっさに彼女はシグ・ザウエルp226を腰から抜いた。

 遊はナイフをボンネットに突き立てる。

 エンジンに穴を開け、コルベットはハンドルが利かなくなり、出現したガードレールに激突した。

 カスタムバンがブレーキを踏まれる。

 ガードレールに半分埋まったコルベットを後ろに、停車した。

 奇宇は後部座席に倒れてもがいていた。

 心臓が爆発するかのように鼓動するなか、罪悪感と絶望に打ちひしがれるのを必死に抵抗しようとしていた。

 鳥がバンの頭上で回転するように舞っている。

 コルベットのドアが開き、中から深凪が足を引き吊りつつ、路上に姿を現した。

 彼女が監視している間は、直接遊からの攻撃はない。

 奇宇は無意識に致死性ホルモンを興奮剤の代わりに用意していた。

 帷通がいきなり強烈に彼女を殴った。

 奇宇はされるがままだった。

 帷通は舌打ちする。

 直径の小さな弾丸を肩口に撃ち込んだ。

 奇宇は悲鳴にもならないくぐもった声を漏らす。

 殴られた痛みはまったく気にもならなかったが、弾丸は、彼女の意識をそこに集める結果となった。

 帷通は煙を吐いて電子タバコを咥えながらバンから降りると、S&Wを構えた。

 気付いた深凪がp226を持った腕を伸ばす。

 鳥が帷通に向かって鳴いた。

 それは、奇宇から帷通に攻撃対象を変えた瞬間だった。

 だが、帷通はニヤけただけだった。

 彼は構造物だが、ゆえに過去がない。

 奇宇がストリートでの生活の時に一人恋焦がれていた相手だったが、それを模した姿であるだけのモノだった。

 深凪は、反応がないことに舌打ちした。

 遊が現れる。

 帷通の引き金が絞られる。

 鳥に空中でナイフがささるのと、弾丸が深凪の胸を貫くのが同時だった。




「……派手だなこれは」

 呆れて、鷹示がつぶやいた。

 傍に樹漂がいる。

「まだマシな結果でしょう」

 彼女はすましていた。

 第二区に入ったところの国道で、大量の車が事故を起こしていたのだ。

 警察庁からのパトカーがまず緊急に到着し、交通課から刑事課に要請があったのだ。

 鷹示は、樹漂の行動を知りつつも黙認していた。

 捜査内容を奇宇たちに流した件だ。

 当の奇宇は救急車で運ばれていた。

 肝臓と膵臓、脳血管の異常と、肩の被弾のためである。

 彼等は奇宇に用があったために、すぐに現場から彼女の収容先の病院に向かった。

「内蔵の異常は一時的な膨張です。肝臓が肥大するとか、初めて聞きましたよ。血管が集まって破裂寸前でした」

 ベッドに寝かされた奇宇の側で、医師が鷹示たちにそう説明した。

「やれやれ……」

 意識はそのうち取り戻すでしょうと、告げ、医師は看護婦を一人のこして個室から出て行った。

 鷹示は、彼女の口からすべてを聞かねばならない。

 その証拠をもって、來架を追い詰めるのだ。

 「オルフェウスの供物」と名づけられた預呼の死亡推定時刻も判明していなかった。

 全てがバッコス計画にあったという話は、樹漂によって浮かび上げられた周禍の配信で聞いていた。

 奇宇の証言が事件の鍵となる。

 むしろそれしか手がなかった。

 ここには、帷通も琥坤もいない。

 不思議には思わなかった。

 以前と変わらない。

 「こっち側」の彼女には、もうピーシーズしか残されていなかったのだ。

 鷹示は眠っている馴染みの少女の目覚めを傍で待っていた。




 羽場屋が、不祇との連絡を絶ってしばらくしていた。

 不審におもった不祇は、組織と情報網を動員して、彼の居場所と最近の状況を洗った。

 羽場屋は自己の事務所に勤めていた六名の安否について、警察庁に厳しめな調子で捜査を命じていた。

 JR駅で失踪した六名の事件である。

 警察庁は、謎の射殺死亡死体として処理していた六名をもう一度捜査ことを決定していた。

 その情報を掴んだ不祇は、深凪に伝えた。

「うへへ……」

 それを聞いた彼女は、暗い笑みを浮かべていた。

 六人分の重みが深凪に圧しかかっている真っ最中だ。

 彼女の構造物は、「伝達」能力に特化するように構築されていた。

 自身が何かを持てば持つほどに、相手にそのままダイレクトに流れてゆく。

 しかし、常にその状態を保つには、それを供給し続けねばならない。

 奇宇に過去の想起を行っているということは、深凪も同時に同じ思いにさらされているのだ。

 彼女たちは辛ければ辛いほど、重ければ重いほどの重いを一瞬だけでも共有しているといって良かった。

 人を一人、精神的に追い詰める為としてだが、一瞬にして深凪の許容量を超えていた。

「あいつは、精神的な部分が致命傷になる」

 不祇がそう指示してきたのだ。

 致命傷ではあった。

 深凪にとっても。

 何とか耐えながら、彼女は羽場屋に六名を殺したのは自分だと申し出た。

 正気だったか、自分の構築物にやられていたかの判断は難しい。

「……証明するものはあるかね?」

 彼女は、オートマチィックのFNP‐45を差し出した。

 六名の流狐を射殺した拳銃である。

 早速、羽場屋は鷹示に指示して、証拠を洗わせた。 

「……いいのかね? これで君は不祇を裏切ることになるが?」

 快活だった深凪はすっかり憔悴し、ただ、ニヤリとするだけだった。

 証拠は死体にぴったりと符号した。

 鷹示は結果を報告されて、黙って困惑していた。

 このままでは、羽場屋の流狐の存在を認めなければならない。

「嵌めやがったかあの、おっさん!!」

 羽場屋は連絡を受け、つい口にしていた。

「こちらの話を持っていけばいいと思いますよ?」

 深凪は、提案した。

 來架として深凪が羽場屋を追い詰めるために事務所署員を殺したが、羽場屋は身の危険を感じ、自衛組織として流狐を作った。流狐の噂は前々からあったので、羽場屋としては威嚇の意味も込めてその名を使った、と。

 羽場屋は、深凪の正気を疑っていた。

 自滅するだけではないか。

 酷い過去からの苛まれる体験と、そのストレスで深凪は個々のところ満足に食べれず、眠れてもいなかった。

 奇宇から狙いの定まらない反撃が来ていたところ、ついその一つに当たってしまった。

 人格剥離。

 酷いむかし仮想体験から無意識に逃げるため、深凪はそれを受け入れた。

 



 不祇は、鷹示の行動を監視していた為、自分を狙った羽場屋と深凪の行動がすぐに耳に入った。

 バッカス計画で生き残りが二名、うち行方不明者が一名と、周禍は言っていた。

 全ての議員が黙るバッカス計画だが、その行方不明者とは、深凪だった。

 しれっと、全てを把握する秘書という立場で、彼女は來架に残っていたのだ。

 同時にそれは、來架にとって保険でもあった。

 不祇は羽場屋の流狐殺害の件を、バッカス計画で暴走した深凪の仕業だと、触れ回った。

 震えあがった政治屋や官僚たちは、六名の死体の捜査を中断させた。

 同時に、まだその生き残りを抱えている來架に恐れをなした。

 不祇は曲芸ともいえる手段で、自分の地位を守ったのだ。




 深凪の乖離した人格は彷徨った挙句、「オルフェウスの供物」と呼ばれた預呼の身体に宿った。

 彼女は、助けを求め、それでもどうにもならないとなると、預呼の元の現場のような、閉鎖空間を造った。

 過去の痛みをこれ以上、味合わないように空間を切り離したのだ。

 その為には、曜軌の能力が必要だった。

 二人は、そのままネットの空に浮かんだままとなった。

 



 奇宇は目が覚めた。

 鷹示はいなく、代わりに樹漂がベッドのそばにいた。

「ここは……」

「ご苦労様です。目が覚めましたか。無理に動いては行けませんよ」

 奇宇に、樹漂は穏やかな声を掛けた。

「……殊勝なことで。こっちゃ、あんたが送って来た話から状況が滅茶苦茶だよ」

 恨みがましく、ベッドに横たわりながら奇宇は毒づいた。

「感謝はしてます。ただ、結局、事件は闇に放り込まれるでしょうね」

 諦観したような樹漂の声だった。

「こっちとしても、望むところだよ。ただ、來架を潰せなかったことは不満だけどね……」

 苦々し気な、奇宇。

 ドアがノックされた。

 すぐに開けられたそこには、ショートカットの少女が、病院服を着て立っていた。

 深凪だった。

 人格を剥離させてまで奇宇たちを追っていた彼女は、胸を打たれたが一命をとりとめたのだ。

 椅子を持ってきて樹漂を挟んだベッドの横に座り、深く息を吐く。

「……よくも、ここまでやってくれたね」

「あんたもしつこさじゃ、人一倍だねぇ」

「もう面倒だけどね」

「それは、こっちもあんた相手はもう御免だよ」

 悪態をつき合い、二人はお互い鼻で嗤いあった。

「あたしは來架に戻れない」

 深凪は言った。

 そして、奇宇を見つめる。

「來架を潰せばどうにかなるだろうけど、不祇のやつがそれを許さない。なら手はある」

「へぇ……」

 奇宇は興味を持った。

「忘れない。これはもろ刃の刃だ。ウチ等にとっては良いことだが、不祇には死ぬまで背負い続ける呪いにしてやろうじゃないか」

「……詳しく聞きたいね」

「バッカス計画を今も持ち続ける時限爆弾。不祇の立場はそれが一番似合ってる。そうして、関係者に畏れられながら、いつ蹴落とされるかわからない人生を送ってもらおうじゃないか」

 奇宇はニヤリとした。

「最高じゃないか」

「だろ?」

「何したらいい?」

「ただ、あたしらが生きて來架から逃亡することだよ。慌てるぜ、あのおっさん?」

「……忘れないまま、逃げる……」

 奇宇は繰り返した。

 深凪は頷いた。

「その先には希望しかないってやつだ。「オルフェウスの供物」がネット空間に浮遊し続けてあたしらが生きている限り、不祇に安眠はない」

「言う希望とやらに、バッコスのように酔うわけね」

「わかってるじゃないか」

 深凪は悪い笑みを浮かべた。

「乗った」

 同じ笑みで、奇宇は言った。

      了

 

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