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電導式解  作者: 谷樹 理
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第六章

 周禍の映像で流狐の存在があらわになり、全国に放送された。

 羽場屋は自分の立場保持に躍起だろう。

 カスタムバンは、第三区の路地裏に停めてあった

「……人格剥離?」

 帷通から説明を受けている中で、奇宇は妙な言葉に聞き返した。

「バッコス計画の一歩前の技術だ。人格剥離現象。これがあったから、バッコス計画が産まれた」

「それが、電子構築物の産物だというの?」

「そういうことだ」

「琥坤はモロにそれを喰らったと」

 機嫌悪そうに、帷通は電子タバコのバフを掛けた煙を吐いた。

「あんたならわかるってのは? 単に剥離した人格が動くとかそれだけの話じゃないでしょ?」

 奇宇は追及する。帷通の身体も構築物なのだ。

 とはいえ、周禍に琥坤がやられたということ自体が追及の原因だが、さらに言うと、琥坤は奇宇に何かを助けて欲しがっていた。

 問題は、そこだと奇宇は考え、さらには人格剥離現象の話により、五人の人格が集まっていた代表人格として、琥坤が死んだわけではないという確証をえていた。

 五人の人格の枝葉でも電子の世界で交差すれば、また彼は復活、再構築できるのだ。

「……今までは、おまえを助けろという話でおもしろ半分手伝って来たが。琥坤は俺を頼んだ。おまえに関してな。この、俺を頼んだんだ。そいつが崩壊しちまったっていうんで黙っていているわけにはいかねぇ。正直おまえのことはは二の次だ。まずは琥坤だ」

「文句ないぜ。さっさとサルベージはじめようじゃねぇか」

 サングラスを光り反射させている低く淡々とした帷通の態度に、奇宇はニヤリとした。

 一瞬、そういった奇宇は、間をおいてから再び口を開いた。

「ただ、サルベージしたんじゃ楽しくないな。流狐の連中も巻き込もう」

「ほう……そりゃおもしれぇなぁ」

 ハンドルに片足を乗せて渋い顔をしながら煙を吐く帷通。

「まぁその前に、おまえと不遡夜の関係を説明してもらおうか?」   

 奇宇は事務的に腕を組んで、背中を後部座席のシートにもたれさせた。

「……不遡夜はいわば怪文屋だ。政治にかかわっている連中の醜聞を集めては、企業に売る。それを使って、企業は政治屋や官僚と繋がる。橋渡し役ってわけ。それで、ある企業連中は、不遡夜を使って政治屋を操ろうとした。それを察知した政治屋たちが不遡夜を調査、企業連中の全リストとを奪取して、潰そうとした」

「潰そうとした割りに、仲よかったじゃないか?」

「為御流は、不遡夜を使って來架の立場強化に使おうとしてたからね」

「なるほど。それは継続的な話でか?」

 奇宇は少し間を開けた。

「調べろと言われただけだよ。仲良くしておけと」

「そのデータは?」

「人工衛星の『境鏡(けいきよう)』に送ってある」

「漁らせてもらおうか……」

 運転席の帷通は空中ディスプレイを、煙の中に広げる。

 自己の操作用、中継点接続用、境境用、デコイ用の四枚だ。    

「データ保存機能のゲートを開けるコマンドは?」

「『胎児の夢』」

「胡蝶じゃなかったのかよ」

「似たようなもんよ」

 帷通は文字を入力する。

 ずらりと、データ塊が並び、解凍するたびに彼の頭の記憶の中に全てが記録されてゆく。

「ほう……」

 様々な情報が溢れるように帷通の脳内で踊った。

「……この不祇と同期の鷹示という刑事、気になるな」

「何について?」     

 つまらなそうに奇宇は声で応じた。

「『オルフェウスへの供物』事件と関連ある刑事だ。あとまずな、琥坤は五人だった。途中でメンバーが入れ替わったらしいが、そのうちの一人が、鷹示と接触を持っている」

「五人は生きてるの?」

「琥坤が五人の人格を合わせてたって話を詳しく聞こうか?」

 奇宇は鼻を軽く鳴らす。

「いわゆる、意識の残りカスが統合し手出来た人格だよ。集合無意識的な。琥坤は彼等のことを知っているけど、彼等は琥坤のことを知らない」

「いや、一人明らかに主導していた奴がいるぞ?」

「は? 誰?」

 聞き捨てならないと、奇宇はやや大きめの声を上げる。

麻門燈希(まかどとうき)、二十七歳。東京第四区でピーシーズというデザイナーショップを経営している」

「デザイナーショップ?」

 帷通は、空中ディスプレイの画像を一枚送った。

 そのTシャツには、ムラのある白塗りで目の周りだけを不気味に黒くぼかした顔のプリントがしてあった。

「……サルベージというより洗濯兼ねた再構築になりそうだな」

 彼は煙をふかした。




 樹漂は燈希に言われた通り、預呼という女性を調べていた。

 燈希によると、第十一区画の福祉看護の会社に務めていて、歳は二十三歳だという。

 当の会社に連絡を入れていたが、無断欠席を続けて約一か月経つという。

 顔写真と自宅の住所、連絡先を教えてもらった。

「これは……」

 顔写真を転送してもらった時、樹漂は息を飲んだ。

 あの、「オルフェウスへの供物」事件の犠牲者の顔が、そこにあった。

 彼女は身を引き締め、鷹示に報告文を送るとともに、自宅に向かうことを添えて早速移動した。

 第十一区のスラムに、その住居はあった。はずだ。

 だが、彼女が番地に来た時、そこは空地だった。

 近くにたむろしていた少年たちに聞くと、一か月ぐらい前に火事になり、建物は取り壊しに合ったという。

 消防局の記録を調べながら、彼女はミニクーペで服遡看護の職場だったという会社に向かった。

 事件は放火だとのことだった。

 ペットボトル大の火炎瓶らしきものが窓から内部に四つと、外部から壁に灯油を巻かれていた。

 放火時間は午前四時ごろ。内部に人はなく、目撃者も発見できていなかった。

「明るく、元気でめんどい身の良い人柄でした。よく皆を楽し気に笑わしたりできる気遣いもできる、空気というよりも曇り空も良く晴れた天気にする天才と言って良かったです」

 施設の係長の夫人は、預呼の性格をそう現した。 

 樹漂は個人的な感情を抑え、預呼の担当していた介護者の名簿を求めた。

 その場で名簿データから関係者を洗ったリスト図を空中ディスプレイに浮かべると、気になるつながりが一か所あった。

 彼女の叔父に、官僚が一人いたのだ。

 その男はこれも火事によって一家ごと焼死している。

 男は鷹示と同期だった。

 

 


 先日から、妙に身体が重い。

 原因がよく解らないので、帷通はどうなのかと密かに観察していた。

 たまに小さな蝶が身体から跳んで行くが、これといった変化は他にはない。

 奇宇は気にすることもないかと、シートにもたれて黙っていた。

 東京第四区は一大繁華街だった。

 窓から明かりを漏らすビルとビルの間に、中から光りを照らす様々な店が連なる通り。

 行きかう人々は明らかに困惑していた。

 カスタムバンで大通りを左折して入ると、その様子が二人に分かった。

 ある一か所が一番濃いが、空中に様々な魚が泳ぎ回っているのだ。

「あーあ。まさかと思うが。乖離した人格が構造物造ってるってやつか……」

 面倒くさそうに、帷通はつぶやく。

 所々に倒れている人がいた。

 死んでいるわけではなさそうだが、意識は昏迷している様子がわかる。

 軽くサングラスに手をやり、解析機能を起こす。

「琥坤の人格か……なら当の五人はどうなってるのか」

 奇宇は淡々と疑問を口にした。

 一人でもどうなるのかわからないというのに、相手は五人いるのだ。

 奇宇等はバンから降りて、魚の群れと人々の中を目的の店に向かった。

 ピーシーズは、一軒分の店の前に空間を持った二階建ての店で、ガラスとむき出しのコンクリートの建物の中にあった。

 店の上空に、竜巻のように魚が渦巻いている。

 ゆっくりと中に入ると、奥で、ソバージュの細いスタイルの良い女性が、脚を組み、肘を立たせた手にタバコを指で挟みながら、椅子に座っていた。

「……ヘタなことすると攻撃してくるわよ、あいつら」

 彼女は無表情で動く気配も見せずに、二人に言った。

「……あんたが燈希ね」

 奇宇は、様々なアクセサリーや服が並んだ店内を見回しながら視界内に捕らえていた。

「……見ての通り、身体が上手く動かない。喋れるけどね。琥坤の人格が神経系を支配して、あいつの思うがままなのよね」

「あんたがどうにか動かせないの?」

「駄目ね。元々が、無意識から出て来た奴なんで、こっちから動かすのには厄介だわ」

「で、ただここで人形のフリしてるってわけか」

 帷通は、せせら笑うかのように、彼女を見下ろした。  

「何が起点になるのかわからないんでね」

 平然と、燈希は答える。

 ゆっくりと煙草を咥え、煙を吸ってから吐き出す。

「あんた、不遡夜使ってたぐらいなんだから、政界にちょっかい出してたらしいな。   燈希は軽く首を傾けて見せた。

「で、不遡夜を潰しに来たわけ?」

 暗に自分を殺す気かと、無表情で 聞く。

「このTシャツ、センス皆無だな」

 帷通は、白塗りにした男の顔がプリントされたモノをハンガーから一枚取って見せる。

 琥坤を造っていた一部だとしても、あからさまにこんなモノを作って売るとは矛盾もいいところだった。

「その発案、私じゃないわ」

「じゃあ、誰だよ」

「琥坤の新しいメンバーによるものよ」

 そういえば一人行方不明になり、もう一人新しいのが加わったという話をしているのを思い出した。

「なんて奴だよ、名前は」

 帷通が聞くが、燈希は頭を振った。

「勝手にできた人格を無意識で動かしてたのに、それのうちのだれがだれとは、分かるはずもない」

「『オルフェウスの供物』との関係は? 琥坤はそれを調べていたはずだ」

 やっと奇宇が口を開いた。

「一人抜けて、一人が入った時から、それを集中的に調べるようになった」

「その一人の影響?」

「まさか。こっちは独自に調べてたんだ。議員対策にもってこいのネタだからね。その一人が入ったことによって、解析処理が格段に上がったってだけだよ。お陰でバッカス計画に気が付いた」

 バッコス計画についても、名前だけは知っていた奇宇である。

 不遡夜のあらゆるデータを集め、危険分子として最後に始末する予定だった。

 だが、そうなる前に為御流は死んだ。

「他にそれを知っている可能性がある人物は?」

「不祇」

 一言、憎々し気に吐き捨てて続けた。

「あいつ、『オルフェウスの供物』のネタでバッカス計画を使って、政界に影響力を得ようとしてたのよ。もうそれは手に入れたかもしれないけど」

 ふと、奇宇は思い当たった。

 だが、それは余りに酷い話だ。

 つまりは為御流と不祇の争いで、為御流は負けたのだ。

 為御流は情報を独占しようとして、奇宇を排除しよとしたが、その前に周禍に始末された。

 だとすると、不祇と周禍には何か接点があったはずだ。当然、為御流にも。

「詳しいね。不祇と周禍の関係は?」

 奇宇が尋ねる。

 感情の感じられない声だった。

 燈希はタバコの煙を吐き出し、ガラス張りの店の正面から、通りを眺めた。     「琥坤の中の男が、不祇と同期なんだよ、官僚としてのキャリアが。あと、周禍のオリジナルが、為御流と接点がある」

「最初から繋がっていたんじゃないだろうな?」

 帷通はやや眉間にしわを寄せて、燈希を見下ろした。

「最初はそのつもりだったらしいけど、オリジナル周禍が不祇から離れた。不祇としては、下手に周禍を突くと色々でてくるので、殺すか、生かすかの判断するところまで来ている」

「不祇に殺されちゃ、たまらないなぁ。周禍はあたしが自ら息の根を止めると決めたし。今だけど」

「そいつらから見て、不遡夜はどうなった?」

 帷通は、質問を続ける。

「為御流が、事前に安全のために不遡夜を使おうとしていた。いざとなったら逃げ込めるようにね。ところが自分が逃げ込むどころか殺されて、そのウチの不遡夜と奇宇が手を組むとか、為御流はそこまで考えていたのかねぇ」

 興味深げな視線を奇宇にやりながら、ニヤニヤする燈希。

 奇宇の目が据わる。  

 どちらにしろ、為御流が彼女を始末しようとしていた証拠には変わらない。

 彼女は感情をできるだけ抑え、わき出てきそうになる絶望感を怒りに変換させた。  「で琥坤の中身で同期だったとかいう男の名前と住所は?」

 できるだけ事務的な感覚にしていた。

「曜軌。もう住んでいるところなんて分からない。ただ、元來架のメンバーで行き場所の無くなったあんたの末路みたいな男よ」

 



 第三区の小さな丘に、中年の男が何するでもなく、街中を眺めていた。

 腰には、S&Wのリヴォルヴァーをホルスターに入れている。

 薄暗いはずの街の中は、至る所に発電機から流れた電流で、まばらな明かりに照らされていた。

「どうだい? 良い眺めだろう?」

 現れた男はジャケットを着て、顔を白塗りにして魔の周りを黒くしていた。

 周禍だった。

「ガラクタが放りっぱなしになったみたいだな。俺の望んだことじゃない」

 曜軌は、つまらなそうに応えた。

 声には侮蔑のニュアンスが含まれていた。

「そうさ。これは俺がやったことだ。あんたには関係がない」

「大ありだよ。おまえは俺だ。勝手にやりたい放題やりやがって……」

 曜軌には、怒りと後悔が混ざった苦い感覚があった。     

「そんな大昔のことなんて忘れたよ」

 周禍は軽く笑ってみせた。

「……預呼が無駄死にじゃないか、これじゃあ」

「それはあんたの問題で、俺の問題でも何でもない」

「オルフェウスとして、琥坤はは八つ裂きに合ったか。どいつもこいつも、俺から持っていく。いつまで続く……?」

「俺から言わせれば、あんたは元々何も持っちゃいなかったよ。それどころか、あらゆるものを捨てて来た。これが、あんたが望んだ末の世界だ」

 周禍は、片腕を伸ばし街のほうを示す。

 混乱で喧騒が満ちて、無秩序が無秩序に騒いでいる。

「琥坤」

 曜軌が一言で呼ぶと、地面を水のようにしぶきを上げながら泳ぐイルカが三匹現れた。

 一匹が大きく跳ねると、そのまま周禍に高周波を浴びせて、脳を混乱させようとする。

 周禍は軽いめまいに身体を揺らした。

 同時に、小型のブリキ人形の形をした構築物を出す。

 空間閉鎖。

 イルカとは思えない巨大な顎を持った構築物は、地面を水のようにしながら周禍に向かって迫る。

 ブリキ人形は、みえない高密度の空間をそのイルカの眼前に造り、壁にしようとした。

 イルカは、大口を開けてブリキ人形を呑み込み、地面に再び潜る。

 だが、内部でイルカの身体を構成する空気を全て一気に爆ぜらせて、爆発したかのように身体をバラバラにしてしまった。

 ブリキ人形はタバコを咥えながら、丸く軽いクレーターができた場所から姿を現した。

 間髪を入れずに、一匹が高周波で周禍の動きを拘束すると、もう一匹が顎を上げて襲い掛かる。

 ブリキ人形は、近づくイルカの周りを真空にした。

 内部からの圧力に、一匹は何もない所で身体をバラバラにするほどに砕け散った。

 曜軌は腰からリヴォルバーを抜く。

 構える寸前に周禍がいきなり懐に飛び込んできた。

 曜禍の拳銃を手ごと掴んで曲げ、銃口を首の付け根から弾丸が上に走るように、顎の下にえぐるように突きつけた。

 引き金を絞る。

 曜禍の頭が吹き飛び、彼は力なくそのまま倒れた。

 周禍は死体を前に一つ笑うと、ついでにもう二発、奪ったS&Wでその身体を撃った。

「……哀れだな、本当に。こんなんじゃ、観客から一つの拍手ももらえないぞ」

 楽し気に、周禍は言った。

 空間が解放されて、イルカとブリキ人形の姿が消えた。

 

 

         

 不祇は一体なにをしているのか。

 鷹示は苛立ちを隠せなくなっていた。

 彼は新たに事件を一つ抱えることになっているのだ。

 元來架の奇宇の逮捕だ。

 彼は第二区の端にあるバーで、グラスに氷をいれ、そのままウィスキーを注がれたタンブラーを前にして、渋面を作っていた。

 合流した樹漂は化粧気のないスーツ姿でその横に座る。

「一つ、『オルフェウスの供物』について、科研からの報告がありました」

 鷹示は、目を横にして小さくうなづき、先を促す。

「あの犯人は周禍のものと似ていながら、違いの特徴が八点ほど明瞭になってます。恐らく、元コピーキャットの犯行ではなく、本物の周禍によるものだと判断してよいとのことでした」

「ほぅ……」

 驚くほどでもないが面白い結果だという鷹示の態度は口元の歪みに現れていた。

 違いについての話も聞き、納得したように一つうなづく。

「そして、犠牲者の預呼ですが、家を焼かれて更地にされ、親戚の一人に不祇が関わったと思われる、放火殺人の犠牲者が居ました。あなた方と同期の方です」

「……あいつ、本当にやってたのか……」

 半ば呆れたような鷹示だった。 

「直接本人からお話を聞きたいですね」

「まぁまて。ああいう奴は手土産の一つもない相手とはロクに喋りはしない」

「何を使いますか?」

 樹漂は動じた様子もなく、聞いてくる。

「まぁ、やってみるか」

 そのまま、二人は來架の本部に向かった。

 不祇はまだ來架の執務室にいた。

 午後九時半だ。

「慣れない仕事は手間がかかって仕方がない」

 不祇は、訪問を受けた時、やれやれと続けながら言い訳じみたことを挨拶代わりに言った。

「周禍のオリジナルについて、知っていることはないか?」

 鷹示は、いきなり本題に入った。

 書類整理で空中ディスプレイを四枚開いている不祇は、一瞬だけ鷹示に目をやった。

「……いきなりそれだけのためにここにわざわざ顔を出しに来ないだろう?」

「当たり前だ。通信手段でなんとかするよりも、本人に直接会って話したほうがいいと思ってね」

 鷹示は淡々としていた。

「俺は知らんなぁ。為御流が生きていたら何か手掛かりがあったかもしれない」

 ぼんやりとしているように思える不祇は、そのまま心ここにあらずという声で言った。

「為御流が前線で動いていた頃と、オリジナルの活動が頂点になった時期とが重なっている」

 不祇は何も言わないので、鷹示は続けた。

「普通、連続殺人犯というのは、犯行のまた後に犯行を重ねるまで一定期間の休息期間がある。だが、このオリジナルは、そんなものもなく、犯行を繰り返していた。これは、個人的動機を超えるものだ」

「流石詳しいねぇ」

 不祇は感心したように一つうなずく。

「一か月前ほどだったんだが、うち等の同期の一人が、火事にあって一家もろとも焼死する事件が起こっている。共通点は、一見単純なようで、計算された動きで事件を処理するという犯人像だ。飼い主はあんたのところだろ? オリジナルはどこ行った?」

「為御流は死んだがね」

 空中ディスプレイに集中するようにして、不祇は返答する。

「……流狐のメンバーのリストを渡す。あんたは知りたい相手にそれを朗読すればいいだけだ」

「そんなものも持っていたのか……」

 不祇はやっと、呆れたような顔になった。

「で、どうなんだね?」

「正解だよ」

 短く、だがはっきりと不祇は言った。

「オリジナルはどこだ?」

「為御流は死んだといっただろう?」

 不祇はそれから口を閉ざした。

 鷹示は空中ディスプレイに名簿を送る。

「……たまには寝たらどうだ? 夢の中は結構楽しいぞ」

「たった今、俺の夢は悪夢になったよ」

 言われた鷹示は軽く鼻を鳴らすと、樹漂を連れて廊下にでた。

 しばらく無言だったが、出口付近で、ふと彼は言葉を漏らした。

「これで迷宮入りか」

 樹漂は厳しい表情をしたが、何も言わずに鷹示の後ろを歩いて行った。 

 

      


 気付いたことがある。

 身体が重く、だんだん感情の起伏が無くなってきていた。

 奇宇はバンを運転する帷通に、バックミラー越しで睨むような目をした。

「おまえ、うち等の情報を不祇に流してるだろ?」

 チラリと、帷通はサングラスの奥の目をバックミラーにやり、またすぐ正面に戻した。

「俺は身体を一旦ばらしてまた自己構築をくりかえさなきゃならん必要があるんだがな……」

 脇の窓のところに片腕を掛け、ハンドルを片手で運転している。

「だから?」

 奇宇の声に感情がなかった。

「更新の時に出て来たゴミみたいのを送っている。掃除屋なんだからゴミ箱も持ってるだろう」

「あたしらもゴミなんだけどねぇ」

「袋を変えればいい。丁度、流狐の袋がカラだ」

 奇宇は、片眉を撥ね上げて、顔を正面から反らした。

「呆れた。天秤に掛けてるのかよ」

「そら、当たり前にやるだろう? ああそうか、おまえは宮使いのエリートだったな」

 帷通はにやけ顔で爆音のBGMに軽く肩を揺らして見せる。

「……そういや、前に琥坤をチャイニーズと呼んでたよね? 人格か何かに関係あるの?」

 思いだしたかのように奇宇は聞いた。

「あー、量産モノのことだよ。中国の違法デバイスはそこらに転がってるからなぁ」

「敢えてだとおもう?」

「敢えてだな。琥坤の裏の連中は、あんなコピーの安物で満足できるようなのじゃない。いきなりどうした?」

「んー、流狐に琥坤みたいなのがいたらぴったりだなと思って。特に国籍不明部分と幾つもの人格というのが」

「……成長したもんだ。確かに、琥坤の奴のタイプで売り込むのが一番いいな」

 帷通は煙で隠れた奥の顔で楽しそうにしていた。

「ところで、周禍経由で俺のところにアクセスしようとしたやつら、ごまんといるんだが、珍しい所から来ている一通のものがあった」

「珍しいところ? どこさ?」

「警察庁刑事課」

「信用するわけ?」

「逆探したら、何のカバーもなく記録と一致している人間がいた。妙に周禍の脇が甘いのは、これを観た奴がまた極秘情報あるぞって感じで楽しめる為だろうよ。内容送る」

 帷通から、空中ディスプレイに文章が届く。

 それは、レポート状にまとまったもので、差出人は桐乃(きりの)樹漂巡査部長と書かれていた。

 奇宇は読み進めていくほどに表情が真剣になって行った。

 それは、「オルフェウスの供物事件」と周禍に関するものだった。

 新しい情報の、曜軌が自殺死体で見つかった件も含まれている。

 樹漂は全ての捜査結果を彼らに送りつけてきたのだった。

 本物の周禍による事件と預呼と元コピーキャットの正体。

 何よりも彼女を冷めさせていったのは、為御流がオリジナルの周禍だったという点だった。

「笑えねぇよ。この世の中、クソばっかか……!!!」

 吐き捨てていた。目の前のシート裏を思い切り蹴飛ばしていた。

「多分だが、例の塀の構築物はその預呼のものだろうな。周禍、曜軌だがそいつが構築物を強奪した可能性が高い。塀の構造を解析すると預呼という女性の残っている行動パターンと思考パターンデータから生まれたものとして偶然にしては親和性が高すぎる」

「……琥坤の人格剥離に関係あると言いたい?」

「良い勘してるじゃねぇかよ、エリート。琥坤の人格は、あの塀に囚われてる。『オルフェウスの供物』の預呼のようにな。そして、囚われて人格剥離が行われた理由は、琥坤のなかに曜軌が居たからだろう」

「曜軌は死んだと書いてあるだろ?」

「周禍は今も活動中の信号を構造世界に垂れ流している。どういうことかわかるか?」

「……曜軌も人格隔離したと?」

 帷通はうなずいた。

 鳥がどこかで鳴いているかのような声が奇宇の耳に届いた気がした。

 爆音の音楽が流されているので、何かの勘違いかと、彼女は思った。




 



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