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電導式解  作者: 谷樹 理
1/8

第一章

 空が落ちてきてから幾世紀も経ていた。

 もはや電導構築師(プログラマー)達には朝も昼もない。

 肉体と電脳の区別のつかなくなった彼等は共に世界に張り巡らされた網の中で、自由に動き回る。

 事件の時間を知らせる警告が鳴った。

 遺伝子工学で造り上げられた彼らに、イフはない。

 事件を起こすのは、半端な人間の身である存在が犯人と決まっている。

 奇宇(きう)は定例の会議に出ようとして、上司に呼び止められた。

「君はもうそんな仕事をしなくてもいい」

 三つ揃いのスーツでシャープな体つきをした、二課課長為御流(いおる)が少女の目の前に立って涼し気に断言した。

 実働部隊の一課と分析作業を担当する管理官の合同会議のことだ。いつもは特別参加者として

出席を認められていたはずだ。

「あ、ですが……」

 十八歳。思わず声を上げた奇宇は背の低いスーツ姿で携帯デバイスをもちながら、トップは短く襟足だけを伸ばしたクラゲのような頭で見上げ、三十代の上司に抗おうとした。

「君の追っている、羽根のタトゥーグループだが、東京第二区画に潜入中のところを見つけた。君のデータを保持したかたちで。半年間ご苦労様だったが、君を第一線から外す」

「……そんな……彼らを見つけたのは、私です! この間の接触のために、私のデータを持っていてもおかしくありません!」

 為御流は、軽くネクタイを整え直した。

「それを使った構築物で、イルカタイプを捕捉した」

「当然、それを発見し、そこからたどった解析をしています! こちらからの接触のために枝は幾つも仕込んであります」

 必死な奇宇に、為御流は軽い笑顔を造った。

「君の優秀さは認める。この『來架(らいか)』という、デザイナーベイビーたちのエリートの巣窟に参加した途端のその一連の成果は認められるべきだ。しかし我々は少々、潔癖なところがあるのだよ」

「……では今まで通りの……」

「謹慎だな。君の身の上は調査済みだ」

「は?」

 奇宇は思わず聞き返した。

 身の上を穿られるとすれば、羽根のタトゥーグループと言われた連中のことしか覚えがない。それも、強引にこじつければである。

「しばらく、君には謹慎していてもらいたい」

 普段ボソボソと喋る彼女が何度も大きな声を上げるのを、サディスティックに面白いモノを見るようにして為御流は命じる。

 選択の余地も与えられないことに、奇宇は茫然とした。

 來架は、電導区画での不測の事態に対処する法務省のなかにある委託組織であり、最前列でもあった。

 高校卒業者を選別し、特に才気のある者を大卒の資格と共に与え事故処理・不信構築物の排除を行う。

 独立機関のいわゆるエリートだが、これ以上の官庁への移動はできない。特に警察や官僚たちからは毛嫌いされ、挙句、民間では畏れられるとともに見下されている。

 彼等は皆、來架という正式名称を使わず、「ウチの『清掃業者(クリーナー)』たちと呼ぶ。

 つまりは來架からの関連ではまともな社会と繋がることは出来ない。

 だが、彼等は「構築物(プログラム)」という、内外界への決定的なポイントをに影響を与える稼働物を造り上げるプロたちである。

 ゆえにプライドを持ち、皆、背水の陣で職務を全うしているのだった。

 奇宇も、小児ほどの大きさの人型構築物を造り上げることができる。

 ここまでできるのは、組織でもトップレベルであった。

 トップレベルだったのだ。

「……それに伴い、別室の408号室で会議の結果を待つことを上司命令として伝える。その前に食堂、トイレの使用は認めるが外部との連絡は禁じる」

 奇宇は反射的な舌打ちと目に殺気が宿るのを強引に押さえた。

 手柄を持っていかれた程度の話ではないのだ。

 彼女は身の危険を察知して、愕然とするしかなかった。




 無人の食堂でトレイに載せた軽くサラダとコーヒーを昼食代わりに取ると、奇宇はエレベーターで昇った窓のない四階の廊下を、むくれた様子ではゆっくり歩いていた。

 内心では純粋に怒りが渦巻いている。

 そのまま出すような彼女ではないので、いつもの通り、疲れてぼんやりとした風な雰囲気ではあった。

 リクルート先の目星を幾つか付けておくべきだった。

 まさか、こんなに早く組織内で危機に陥るとは完全な計算外だ。

 敢えての見かけは、感情を隠すためのもので、形ばかりでも似せればそんな気分がおこるのだ。

 彼女の素は、負けず嫌いで物事を敏感に処理して答えを出すことを得意としている。

 膨大なデータを瞬時に処理する能力に長けていた。

 今現在、両目は濁り、何も考えていないかのような地に足のついていないのん気さがその外見にあった。

 やや体温が熱い。

 感情値六割増。

 強制鎮静行動指令。

「退職金でるかなぁ……でもそれで何か月持つか……」

 ボソボソと恨めしそうにつぶやく。

 事実そんな見た目通りな平和な言葉など意味がないどころか場違いであることぐらい分かっている。

 まるでセリフを適当に音読するかのような抑揚だった。

 彼女とすれば、敢えて韜晦して自分すらも誤魔化さなければ気が済まないのだった。

 磨かれた革靴を真っすぐなリノリウムの床の上に運んでいると、ふと向こうから小さなものがこちらにカタカタと進んでくるのがわかった。

 不信に思い足を止めた。

 昼が回った頃の取調室が並ぶ四階には今、誰もいないはずだ。

 電子防のなか、明かりも付けられていない薄暗い中の先に視線を伸ばす。

 それは、天井高く、やや太い柱のような影だった。

 近づいてきた時、わざわざ彼女が視界内の編集せずとも、完全な姿を脳裏に焼け付けるほどの鮮やかさで姿を現すと動きを止めた。

 首の部分を鋭く太いフックで貫かれて身体をだらりとぶら下げた、為御流の姿だった。

 死んでいる。

 背後で小型のクレーン車のような機械が、彼を運んでいた。

 衝撃に一瞬我をわすれかけつつ、奇宇は冷静に状況を確認する。

 どこかで小鳥が鳴いたのが聞こえた。

 脇に、タバコを咥えた小さな鎧をつけた兵士のようなのブリキ人形のようなものが立っていた。   

 構築物。

 電子防の部屋に、あってはならないものが存在していた。

『……おまえはコイツを殺したかったんだろう? 手を貸してやった。なに、礼には及ばない』

 手を軽く広げて、煙を吐く。

 奇宇の処理機は高速で回転し、答えをだしていた。

 為御流の体の中に接合点を埋め込み、そこから構造物を電子防の中に出現させているのだ。辺りの構造情報網が世界とは別に固定されている。構築戦の典型的ベース展開だ。

『人を呪えば穴二つというが、この代償は高くつくよ?』

 今、ここに侵入しようとしたい者達がいるとすれば、羽根のタトゥーグループの『不遡夜(ふそや)』が妥当なところだが、このようなパターン行動を起こす連中ではないことは奇宇が調査済みだ。

 そして、構築物のセリフは明らかにこの殺人を彼女の仕業にしようという意図が透けて見えた。さらに言えば、この構築物は独自に組み立てられており、どこのメーカーが関わっているかわからなくなっている。

「……届けてくれてありがとう。でもコレはあたしが注文したものじゃない。返品してもらえる? もちろん、タダで。あと賠償も。大事なものだったのよね、そのおっさん」

 奇宇はワザと挑発的になった。

 押し込められた怒りを叩きつける相手を見つけて高揚してきたのだ。

 これは意外とばかりに、ブリキ人形は首を傾げる。 

『こちらも商売でねぇ。返品は受け付けてないんだわ。支払ってもらおうか、経費込みで』

 ブリキ人形は一歩踏み出し、顎を浮かせた。

 解析が間に合わない。

 ブリキ人形がどのような構築物であるか走査しているが、小さい身なりのクセに恐ろしく膨大なデータ量だった。

 仕方なく、奇宇も自身の構築物を出現させる。 

それは、尖ったナイフを片手に握った、ワンピース姿の少女の形を取っていた。

 ブリキ人形は、軽く腕を殴るように振るった。

 凄まじい衝撃波が発生し、真っすぐ奇宇に迫る。

 寸前で横に飛び、何とかかわすが、背後で破壊されて崩れるかのような凄まじい轟音が鳴った。

 一つ目。「衝撃波」を起こすシステム。

 それだけなら、勝機はある。

 だろうが、何かを基盤とした派生システムだ。

 中核システムがあるはずだった。

 だが、それを発動させる前に処理する。

「遊……」

 奇宇は構築物に命令した。

 途端、遊と呼ばれた少女の姿をしている構築物は、奇宇の側から消えた。

 同時に姿を現したのは、ブリキ人形の背後でナイフの間合い内だった。

 ブリキ人形は、飛び退く。

 遊がまたかき消え、その直ぐ側面にナイフを持って立つ。

 ブリキ人形は蹴りで衝撃波を放つ。

 だが、遊は再び姿を今度は逆の側面に現す。

 様子からして、ブリキ人形は遊の特性に気づいているようだった。

 少女が刺せば相手はすなわち、文字通りの「死」を与えられて「破壊」される。

 これには例外が存在しない、強烈なシステム介入だった。

 瞬間移動距離は十メートル。

 その範囲内であれば、遊はどの死角からも捕捉した相手にシステム介入するため出現することができる。構築戦でこのシステムは長く馴染んだものだった。条件は、遊に意識を向けていない時に限る。

 ただ、遊事態の戦闘能力はダンサーに毛が生えた程度だ。

 格闘戦用ではない。

 空気が破裂する音がした。

 遊が思わず吹き飛ぶ。ブリキ人形は自己を中心として周囲に空気を破るほどの衝撃を起こしたのだ。

 だというのに、為御流の死体はその影響を受けていない。

 やはり接合点は、彼だ。

 それだけではない。

 遊のまわりの空気が弾け、彼女はワンピースを破りながら空中を舞い、そこで堅く固定された。

 衝撃波だけじゃない。

 「空気に介入」なのかもしれないと、思った。

 だが自己のシステム稼働中の相手には瞬間移動のできる遊は、すぐに自分の場所を転移させた。

 彼女は為御流の正面に出現し、構築物そのものと化した彼の胸にナイフを突き刺した。 金属が折れるような鈍い音が、為御流の身体から鳴った。

 次の時には、為御流の姿は小さな欠片の群れのようになって崩れて行く。

 ブリキの人形はかき消えた。

 奇宇は、嫌になるとばかりの表情と溜め息で、肩を落とした。




 下の階が騒がしい。

 空中ディスプレイを目の前に広げると、二階の職務室でパニックになる來架職員たちの姿があった。

 その画面の隅には、ブリキ人形が立って居た。

 職員たちは首を掻きむしり、苦しそうにもがいている。

 そこに、骨が砕けるほどの衝撃波を放たれ、身体を変な角度に折って倒れてゆく。

 全員がいるわけではない。

 今いる職員は留守組だ。

 接合点をなくしたブリキの人形が二階に現れたのだ。

 奇宇は急いでその構築物の操作接点を探る。

 網のような電子のラインをたどってゆくと、ひときわ接続が密集している点があった。來架のビルから通り一本挟んだ場所だ。

 奇宇は、駆けだした。




 ファミリーレストランの店内は、昼過ぎだというのに客の姿はまばらだった。

 空中ディスプレイを幾つも開き、白塗りで目の周りは黒く、髪を金髪にした、黒いスーツとネクタイ姿で、ステーキを食べる男がいた。

 まるで骸骨を浮き立たせたようなメイクだ。

 何かを中継しているらしい。

 いきなり刺そうか迷ったが、接触した方が有意義だと奇宇は思った。

 迷いのない歩調と態度で窓際のテーブルまで行き、無言で正面の椅子に座る。

 同時に彼の回線の一つに接続する。

「……おや、ゲストが向こうから来たようだ」

 男はナイフとフォークの手を休めずに、視線をちらりとやって淡々と言った。

 どうやら、彼が來架への襲撃をライブしているらしい。

 ライブ内では「周禍(しゆうか)」という名前を出していた。

 閲覧数は五百を超えている。

「……安物のピエロが、承認欲求で突っ込んできたみたいだね」

 肘を立てて相手を見つめた奇宇は、つまらなさそうだった。

「そのピエロは、見ろよ、この人数を楽しませている。良かったじゃないか、來架が一般民衆に受けて」

 目を上げた周禍は他人事のようだった。

「ピエロみたいなのとブリキで出来た人形にウチがやられるなんて、こんな喜劇は確かにないね」

 むしろ嗤うかのような奇宇の態度だった。

「そう、確かに喜劇だよ」

 周禍はうなずいて続けた。

「ゲストとして、光栄だろう。あんたの活躍も放映済みだ」

「ナンセンスそのものだよ」

「それが喜劇だ」

 重要だというかのように、ナイフを持った手の人差し指を向けながら何度かうなづく。

 奇宇は目立ちたくない。

 ここで彼を解体すると、その様子が閲覧者元に送られ、彼等は衝撃に歓喜するだろう。

 とてもじゃないが、そんな気になれない。

 接続ラインをすべて切断するしかないか。

 奇宇は思って、態勢はそのままに頭の中ではネットワーク上を探っていた。

 その時、レストランのドアが開いた。

 解いた短いドレッドヘアで薄いサングラスを掛け、耳にはピアス、そしてジャケットをシャツの上に着た、ワイドパンツ姿の長身で均衡のとれた青年が、電子タバコを吸いながら店内を回し見ていた。

「よぉ、周禍。随分と貧乏くさい所で恥さらしてるじゃねぇか」

 嘲笑うかのように、彼はそこで声を出した。

「ゲストが増えたな。帷通(いつ)。久しぶりじゃないか」  

 帷通と呼ばれた男は、その場から動こうとしなかった。

 それを見て、軽く片手を上げて見せる周禍。

「どうだった、地獄は? 中々乙なものだっただろう?」

「今度はおまえが地獄を世の中相手に案内する番だ」

 帷通は、腰の裏からリヴォルバーを抜いた。

「場所をわきまえろよ。ここはみんなが利用するレストランだぜ?」

 周禍は臆するところなく、目をディスプレイに戻す。

「その一般民衆って奴に、おまえは入ってないんだよ」

 構えた帷通を、周禍は無視した。

 代わりに、指を一つ弾く。      

 天井を破り、制圧用プロテクターに身を包んだ、十数人のライフルを構えた男たちが床に着地して一斉に帷通に銃口を向ける。

 轟音と共に銃弾があっという間に彼の身体に集中した。

 身体を揺らし、血ダルマになりながら、帷通は立っていた。

 よく見ると、身体は無数に断片化して、その姿がやや崩れている。

「おまえもじゃねぇか」

 つまらなそうに顔を向けた周禍はつぶやいた。

「うる……せぇよ……人になりたくないなら、素直に豚にでもなって養豚場で出荷をまってろ」

 ダメージはあるようで、苦しそうな帷通は身を小さく震わせながら、リヴォルバーを構えて、一発を店の中央に着弾させた。

 それが合図のように、多数の青い羽根をした蝶が舞い上がった。

 はためくたび、ライフルを構えた男たちが気絶するように倒れてゆく。

 奇宇は、蝶が傍にいる男たちに干渉して、身体の支配権を奪っていく様子を観測した。

 今までに見たことのないタイプの男だった。

 そして見たことも聞いたこともない構築戦。

 自身が構築物だったとは。

 周禍は次の瞬間、窓を破って道路に出ていた。

 帷通は舌打ちする。

 傷を再構築するのに時間が掛かっているのだ。

「よぉ、來架のガリ勉さん。ちょっと話があるんだが?」

 彼は電子タバコを一息吸って煙を吐き、有無を言わさぬ様子で声を掛ける。

 奇宇は警戒した。

 再構築している間に介入できないか、無言で様子を探る。

「おまえは來架には戻れない。俺は不遡夜から頼まれて来た。軽くバイトでもしねぇか?」

「バイト?」

 息をつき、再構築が終わった帷通は、頷いた。

「不遡夜は、おまえらとさっきの周禍のせいで乗っ取られる寸前だ。俺は周禍を殺したい。手を組まねぇか?」

 奇宇は瞬時に考えた。

 不遡夜に恩を売れば今後の活動に活路を見いだせる。

「そんなに困ってるわけ?」

 ワザと焦らす。

 帷通は鼻で嗤った。

「ただ、一人で鬼ごっこの鬼を追いかけているのはアホくさいんだよ」

「値段次第」

 短く、彼女は答えた。半ば適当な冗談だった。

「來架の代わりになる組織を準備するだけのことはできる」

「……乗った」

 悪くはない。彼女にとってあの組織の立ち位置は、自身の育成上、不可欠だと思っていたのだ。しばらく利用するのにちょうどいい。

「でもあんた変なやつだから、解析させて」

 ニッコリとほほ笑んで見せる。

「ふざけんな。俺はタダのストリート・チルドレンの成れの果てだ」

 不機嫌そうに、彼は吐き捨てた。

「おっけー。よろしく、相棒」

「話が早くて、嬉しいね」

 その言葉には軽い自嘲が含まれていた。




 為御流の死は來架に衝撃を与えていた。

 外出して無事だった者たちは犯人を奇宇と認定し、公式に逮捕・解体を目標として掲げた。 

「……これで表舞台にでるのは出来なくなったかぁ……あー鬱陶しい。凄く鬱陶しい」

 セダンを運転する帷通の横の助手席で奇宇は空中ディスプレイを開き、イライラした様子でつぶやいていた。

「最初から來架にいる以上、そんなもん無理じゃね?」

 どこか上の空めいた雰囲気を持つ帷通は短く確信を突く。

 奇宇などの、デザイナーベイビーであり高校卒業後の掬い上げのおかげで、そこでしか存在できない者となっているのは事実だった。

 彼女は任期中、ずっとそれを考えていた。

 だが、改めて指摘されるとかなり痛いものがある。

「つか、解体目標にされた時にいう言葉がそれかよ」

 帷通は思わず笑っていた。

「なんだよ、将来のことぐらい考えたっていいだろ?」

「危機感が無さ過ぎ」

 言われてみれば事実なのだが、本音を隠してのん気者を演じ続けた結果、大抵のことは演じてるほうがでてくるのだ。

「しかし、あんたも不遡夜みたいな違法構築者(ハツカー)どもとつるむとか、人生終わってるね」

 奇宇が反撃にでる。

「俺たちは、自分の食い扶持は自分で稼がなきゃならないからな。あんたら社会の中心に居座る合法人間とは別の生き方をするしかないさ」

「あんた存在そのものが非合法だったな」

 人の環境から内面まで対象とする構築という作業とは、政府に認められた存在しか関わることは違法である。

「情報は大事だぜ? あんたのところに行けたのも、その非合法の情報があったからだ」

「なんで周禍を殺したいんだ?」

「あいつは俺の地元のコミュティを破壊しやがったんだよ」

「ストリート・チルドレンの?」

「ああ」

 胸糞が悪いという風に、帷通は返事を吐き捨てた。

「一回、地獄が何たらっていってたけど?」

「俺も殺されかけた。何とか自分を構造物として構築して生き残った」

 しばらく帷通は無言でハンドルとアクセルに集中した。

 ここらはスラム街である。

 錆びた鉄と薄汚れたコンクリートが建ち並び、乱雑で無秩序な明かりに満ちている。

「……あいつは元コピー・キャットだ。本物は数年前につかまって珍しく即死刑執行されたがな。その本物を超えやがった稀有なやつだよ」

「そいつの名前は?」

「周禍。偽物の紛い物が、今や立派になりやがった」

 憎々しさそのものの声だった。

「……どこか寄って。着替えたい」

 奇宇は会話を変え為に一息つくように言った。 

 



 気付くと路上に倒れていた。

 身体中に激痛が走る。

 思いだした。

 通りを歩いている時、若い連中に絡まれ、そのまま路地裏に連れてゆかれてリンチにあったのだ。

 財布も何もかも持っていたモノは無くなっている様子だった。

 曜軌(ようき)は痛みが引くまでしばらくそのままでいようとしたが、まったく楽になる様子がないので諦め、ゆっくりと立ち上がろうとした。

 靴はある。服は泥だらけだ。家の鍵だけはある。

 いつものことだった。

 曜軌はどこかのコミュニティに参加することができず、かといって一人で何かできるわけでもなかった。

 痛みに唸りつつ、路地を足を引いて歩き出す。

 辺りはもう暗い。

 人気のない道を進むと、彼が住むバラック群にたどり着いた。

 疲れと痛みで身体が悲鳴を上げている。

 部屋に入ると、まずタバコの箱を取って一本抜き、火をつける。

 まずシャワーだけでも。

 彼はバスルームにそのまま向かった。

 鏡には、疲れ切って表情もない男の顔があった。

 タバコを咥えたままシャワーを浴びる。

 全身が悲鳴を上げた。そのたびに、声にならない押さえた息を吐く。

 タバコの火はシャワーで消えて、吐き捨てたままにした。

 やっと何とか落ち着き、ソファに身を沈める。

 生きる意味などとうに捨てていた。

 だからと言って、死ねるわけでもない。

 工場勤務だが、先日クビを申し渡された。

 顔を上げ、深い息を吐く。

 ジョイントに手を出そうと、テーブルをまさぐった。

 そこにも置いてある鏡が指にぶつかる。

 曜軌は前かがみになって、鏡を覗き込んだ。

 こんな顔はみたくない。横にあるペイントを取った。

 思うままに顔面を白塗りにする。目の周りだけが窪んで黒かった。

「やぁ、周禍……」

 彼は鏡の中の自分に声を掛けた。

 すると、その顔はニッコリと不気味な笑みを浮かべた。

 構築電網と繋がった。









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