12 自分の中の妖精
12 自分の中の妖精
「ツキちゃんは、このまま戦線離脱?」
爽やかな朝のダイニングルーム。
ヨウちゃんは爽やかな声でアタシに問うた。
二人でとる朝食は久しぶりだね。
此処からは少し遠い男子校に通っているヨウちゃんとは生活時間が合わなくて、滅多に朝ゴハンは一緒しないからねぇ。
テーブルの上には朝御飯正統派鮭定食&アメリカン・ブレックファーストが美しくセッティングされている。
ああ幸せ♪
お手伝いさん方、いつもありがとうございますぅ。
「ねぇ、奪ったり、脅したり、夜這いとかしないの?」
タイちゃんと同じ作りとは思えないキラキラした笑顔で更に問う。
笑ってるヨウちゃんって無駄にハンサムだわぁ。
お茶碗を持つ手もキマってるわぁ。
あ。
ふわとろオムレツ美味しーい!
チーズ多目にしてもらって正解だわぁ。
パンに乗せて食べちゃおー♪
「…ツキ。」
あれれ。
何か冷りとした空気が……。
「無視するとはイイ度胸だね」
チラリと前方を盗み見ると、そこには。
ぎゃーっ!
あ、悪魔が、悪魔が目の前に居ますぅぅ!
「答えないと、泣かすよ?」
「あぅぅ。」
天使からバージョン変更したヨウちゃんの笑みはメチャ恐ろしかった。
アタシは思わずフォークをテーブルに戻して石コロのようにカチンコチンになる。
普段温和な人が怒ると怖いよぉ……。
「で? お前たち、付き合ってるんだろ?」
心なしかいつもより語尾が乱暴なんですが。
性格、変ってませんか??
だいたいにして。
何でさっきからンな事ばっか言うのよぉ。
「…付き合ってない」
アタシは少し拗ねたな声で返事する。
「じゃあ何? セフレ?」
「…違う。」
更にヒネた声で答える。
「…まさか。まだ最後までシタ事ないとか言わないよね」
「………。」
とうとうアタシは答える気になれなくて黙り込んでしまう。
うわーん!!!
まさか、って……。
まさかって、どーゆう意味よぉ。
ヨウちゃん、アタシの事そんな風に見てたのぉ?!
てか、そんな恥ずかしい事チェックしないでよぉぉ。
いくらタイちゃんと双子だからって、一緒に住んでるからって話したくなぁぁぃ!!!
でもアタシの気持ちなどヨウちゃんはお構いなしみたで……。
答えないならお仕置きだよ、って微笑んで……。
アタシの前に魔の手を伸ばしてきた。
「ああああっっっっ!!!! アタシのベーコンがぁ!!!」
ヨウちゃんの形の良い大きな口に、肉厚な一切れがペロリと吸い込まれてくぅ!!
酷いよぉ。
楽しみにしてたのに酷いよぉぉ!!
「で? どうなの?
答えないと、どんどん食べる物がなくなるよ?」
追い討ちをかけるようなヨウちゃんの笑顔。
プチ。
今、何か音がしました。
アタシの中で何かが切れました。
「うるすわぁーいっ!!
タイちゃんとは付き合ってないし! セフレじゃないし!
エッチだってしたことないもん! 未遂ばっかだもん!
てか、アタシはまだ処女だぁぁぁーっ!!!」
ふーっ…
ふーっ…
ふーっ……。
しまった。
乙女らしくもなく、朝の風景に似つかわしくない言葉を絶叫しちゃったよぉ。
食事中なのにマナー悪いことしちゃった。
でもヨウちゃんが変な事を聞くのが悪いんだからね!!
謝らないからね!!
そんな激昂直後で鼻息の荒いアタシに向かって、
「処女かどうかまでは質問してないからね」
って。
天使のような微笑を浮かべながら一言おっしゃいましたぁ……。
ううう。
もう何処かに穴を掘って埋まりたいぃぃ。
その後の食事タイムはメチャ気まづかった。
残すのはバチが当たるから、速攻で全部食べて席を立っちゃう。
「ツキ。」
「……なに?」
「別にツキちゃんを困らせたくて、あんな質問したんじゃないんだよ?」
さっきまでとは違う感じの声。
思わず振り返ると、少しだけ困り顔でヨウちゃんが立っていた。
「…じゃあ、何で?」
「……気付いてないのか」
「?」
「タイがツキちゃんを選ばないなら…、俺が必然的に君を引き受けることになるだろうね」
言われて。
アタシの頭は瞬時にして冷えた。
そうか。
「そういうことだったんだね…」
アタシがこの家に居る意味。
それを考えれば当然のことだよね。
だからヨウちゃんは聞きたがった。
タイちゃんとの関係を確認したがったんだ。
アタシがこの家で成すべき事は唯一つなんだから。
神也の子孫を生すことなんだから。
「困ったなぁ…」
「俺じゃ困る?」
「うん。だってヨウちゃん、タイちゃんよりも更に女のコにダラシナイもん」
タイちゃんと同じ作りの顔だけど、当たりが柔らかいヨウちゃんの方が倍モテるんだよねぇ。
そんなヒトと一緒に居たら、アタシ、いつ襲撃されるか怖くて落ち着いて暮らせないよぉ。
「俺は誰にでも優しいけど、誰にでも冷たいし気楽だと思うよ?」
「うーん、それってアタシにも優しくて冷たいって事でしょ?」
「ツキちゃんは別。家族だから大事にしてあげるよ」
そう言ったヨウちゃんの瞳は優しくて。
本気で言ってくれてるんだなって思った。
心配してくれてるんだなってわかった。
「それに俺の心には誰も居ないから、もしかしたらツキが一番になる日が来るかもしれないよ」
ふふふ。
それはかなり魅惑的な未来かもぉ。
アタシだって女のコだもん。
誰かを一番に想ったり、一番に想われたりしたいよ。
その点、あんまり優しく見つめられた事ないからヨウちゃんの眼差しは魅力的。
いつもドキドキしちゃうこと間違いなし。
「試してみようか、キス」
「えっ?」
「大地としか経験ないんでしょ?」
戸惑うアタシを他所に、言うなりヨウちゃんに腕を引き寄せられた。
「よ、ヨウちゃん…?」
焦って見上げると視線がぶつかる。
ドキリとした。
だってタイちゃんと瞳が似てたんだもの。
カレノ ヒトミハ イルヨウ二 スルドイ…
綺麗な鼻筋と顎のライン。
アタシにキスしようと告げる唇まで似ていて……。
ケレド ケンシハ ナイナ…
体つきだって同じくらい。
そっと背中に回してくれる優しい腕さえも。
ツヨク アンシンヲ クレル ウデシカ シラナイ…
優しく抱きしめてくれるヨウちゃん。
そしてゆっくりと唇が降りてきた。
ホント二 イイノ…?
コノヒトハ カレデハ ナイヨ…?
「ツキちゃん…」
ヨウちゃんのまとう清涼感のある香りがフワリとアタシを包んで……。
「…ふぇ…っ…」
この瞬間の事をアタシは忘れない。
多分、一生忘れない。
だって。
違うと思ってしまったから。
違うと分かってしまったから。
カレ二 ニタヒトナンテ イナイ
「…う…ぅっ…う…っ…」
途端に涙が堰を切ったように流れだす。
ポロポロって次から次へと。
体って正直だ。
自分が欲してるものをちゃんと理解してる。
自分が悲しいと分かって悲鳴上げてる。
「よ、よ、ヨ…ゥ…ち…ち…ち……」
「つ、ツキちゃん!?」
突然泣き出したアタシを見てヨウちゃんはメチャ驚き顔。
無理もないかぁ。
今まで色々あったけど滅多に泣かないもんね、アタシ。
「ア…アタ…ご…ご…」
「日本語になってないけど、なんとなく解ったから」
溜め息と共にヨウちゃんはアタシの背中をポンポンしてくれる。
ゴメンね、ヨウちゃん。
ゴメンね……。
ヨウちゃんは素敵なんだよ!
ホントだよ!
ただ…、アタシの趣味が悪かっただで……。
「ふぇ…うっ…っ」
「あぁもぉ、泣かない泣かない」
「だ、だ、だっ…でぇ…」
ヨウちゃんは困り顔で
「涙だけじゃなくて鼻水も滝だよ?」
なんて嬉しくない事を指摘してくれながらも、自分のTシャツの裾でグシャグシャと拭ってくれた。
うーー。
余計不細工になるから泣かないように気をつけてたのにぃ。
変な顔、見られちゃった。
恥ずかしいよぉ。
でも我慢できなかった。
アタシは、アタシの中の声に気が付いてしまったから。
もう一人のアタシに。
今までだってカノジョはアタシの中で暴れてたんだと思う。
「自分のキモチにフタをするな!! 我慢するな、あほう!!」
って叫んできたんだと思う。
でなきゃ、こんなに切なくて苦しくて辛い涙が止め処もなく出てくる筈ないもの。
アタシの中に住む妖精さんは結構ハゲシイ性格らしい。
「ツキちゃんの中で答えが出たみたいだね」
連れてこられたリビング。
手渡してもらったティッシュで何回も顔を拭いて鼻をかんで。
やっと落ち着いてきたアタシに、ヨウちゃんは少し安心したかのように笑った。
「あのね…。
今更かもしれないけど…」
一世一代の決意を胸に顔を上げる。
「アタシね、根性出して足掻いてみる。自分の気持ち、伝えてみる」
欲しいものに気付いてしまったから。
もう知らないフリはできないから。
「自覚した途端に失恋の可能性大だけど……」
我ながら自分の無謀さに目眩がしそうだけどねぇ。
タイちゃんの事だからフル時はバッサリ袈裟懸けだろぉなぁ……。
凹むだろうなぁ。
てか、既に凹み気味だけど…。
「こらこら。
今からフラレた時のこと想像してブルーになってるんじゃないよ」
気も目も遠くなりそうになったアタシをヨウちゃんが苦笑いで引き戻してくれる。
「そんなに気負うことないよ。
全力で当たって砕けておいで」
ニコリとしたヨウちゃんの笑顔が何だか胡散臭い。
………。
やっぱり砕けること前提ですか?
「大丈夫だよ。
ツキちゃんなら、大丈夫だよ」
形の良い指先がアタシの髪を梳きながら優しく撫でてくれる。
温かい気持ちが流れ込んでくるみたい。
アタシは感謝の気持ちでいっぱいになる。
ヨウちゃんが色々と言ってくれて良かった。
でなかったら甘ったれなアタシは、今だに自分の気持ちに気付かなかった。
気付かないフリをしてた。
「ありがとね、ヨウちゃん」
心配してくれて。
慰めてくれて。
背中を押してくれて。
アタシに手を差し伸べてくれて。
アタシは感謝の気持ちを込めて、生まれて初めてタイちゃん以外の男性にキスをした。
といってもホッペタだけどね。
まさか。
ヨウちゃんとアタシの寄り添う様子を、タイちゃんが見ていとは思わなくて……。