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ペトリコールに融けるふたり  作者: 白い黒猫
壁の向こう側

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59/60

2031年7月11日に……

 俺は朝起きて、窓を打ち付ける雨の音にため息をつく。

 俺はどうも雨男なのか、何か特別な日には雨が降ってしまう。

 中・高・大の受験の日、入学式、結婚式の日と全て雨だった。

 そして今日、俺の会社のイベントでトークショーを行うというのに、この天気。しかも単なる雨ではなく台風が来ているという。


【まじ、この天気でやるのか?】


 俺は、広報の立橋にラインを送る。


【まあ、午後からだから大丈夫なのでは? 展示会の方からも中止の連絡は来てないし】


 そんな答えが返ってきて、また溜息をついてしまう。

 一応アニメーション監督という立場でいるだけに、こういうファンイベントも大切にしないといけないというのはわかっているが、雨は気が滅入るものである。

 それに、今俺の業界において、“7月11日“は“13日の金曜日“よりも不吉に思われている日。

 若干俺もナーバスになっている。


 人前に出るということで、髭を剃り身だしなみを整え、夏だけどジャケットを用意する。

 8時超えたあたりにスマホが鳴る。

 イベントのコーディネーターの十和(トワ)一絵(カズエ)からだ。

 ショートヘアーでクリっとした瞳が特徴のハキハキした女性。仕事ができる女性なのだが、若さと見た目の可愛さから、ついおじさんである俺は【ちゃん】呼びで娘に対してのような対応をしてしまう。


『舞原監督おはようございます! 本日はよろしくお願いします。

 9時頃にお迎えのタクシーをそちらに向かう予定になっています。ただこんな天気ですので、少し遅れるかもしれません』


「まあ、イベントは午後からだし、午前中は打ち合わせだけだから、問題ないよ。十和ちゃんは大丈夫? こんな台風の中移動は危なくない?」


『大丈夫ですよ! なんとスポンサーさんが心配してくださったのか、私もタクシー出動という感じなんです』


「そりゃよかった! 今日電車もかなり遅れているらしいから」


 逆にそんな状況で客が来てくれるのかと心配になる。


『じゃあ、現地でお待ちしています』


 そう言って通話は終わり。俺は出かける準備に取り掛かる事にする。

 タクシーはこの雨にも関わらず、九時ピッタリにマンションのエントランスに到着し、十時ちょっと過ぎに七星(ナナセ)四季館という美術館に到着する。


「舞原監督! お待ちしておりました」


 ロビーに入ると、十和一絵が笑顔で小走りに近づいて来た。


「一足さきに、会場見てみましたが、なかなか内容も濃くて素敵でしたよ」


 関係者タグを手渡しながらニコニコと俺に話しかけてくる。

 美術館というと人で賑わっているものだが、台風の影響か人はまばらである。


「なんかこんな天気で、人来てもらえるのかな〜」


 不安になってくる。


「トークショーのチケットは完売ですし、大丈夫です午後からは晴れそうなので!

 今日、イベントで監督のお話を聞くの楽しみにしています!」


 この子は人のモチベーションを上げるのが本当に上手だ。その表情と言葉で俺もつい笑顔になってしまう。


「十和ちゃん一人でもそう言ってもらえて心強いよ、頑張らないとね」


 そんな話をしている間に11番展示室に到着する。

 四季館ということで展示エリアは四つしかない。なのになぜ11番展示室なのかと思ったが、ここは七星記念美術館の別館だ。本館の七つの展示室と合わせて、全部で“11”になるらしい。


【ANIMATIO : Frames of Life】


 俺が所属しているアニメーション制作会社のDecim Animatio Studioの十周年記念を祝っての展示会で社としても力を入れているイベントで、交代でスタッフがトークショーでイベントを盛り上げている。とはいえそこまでしゃべりが得意ではないので、今から緊張してくる。

 十和一絵に展示物の説明をしながら回って気を紛らす。

 そしてあるコーナーで足と言葉を止めてしまう。

 時田悠久の追悼コーナー。ウチの会社所属の脚本家で何度も一緒に仕事をした仲間。穏やかで良い奴だった。昨年の今日、彼は死んだ。支社の入ったビルのテナントがガス爆発をしてそれに巻き込まれた。葬儀でも棺の蓋を開けられない程無惨な状態だったようだ。


「時田さん、私と誕生日同じなんですね」


 時田のプロフィール欄を見て十和一絵の呟いたので目があってしまう。


「十和ちゃんと違ってこっちはおっさんだけどね。

 育ちが良いのか、真っ直ぐで40こえているのにロマンチストで、一緒に美味しくお酒飲める良い奴だったよ」


「優しそうな方ですね」


 時田の写真を見つめながら十和一絵はそう感想を漏らす。

 そして俺が時田の写真を見つめたまま黙り込んでしまったからか、気を遣って十和一絵はソッと離れてくれた。

 俺は時田が携わった作品の紹介や脚本を見つめながら、今は亡き仲間を想う。

 鈍い音がして建物がすこし震える。近くに雷が落ちたようだ。

 ガラスが割れるような音が聞こえ次の瞬間目の前の壁が砕け大きな何かが俺にぶつかってきた。グギャリと俺の身体が気持ち悪い音を立てた……。


 窓を叩く雨の音。

 俺は悲鳴をあげて飛び起きた。荒い息をしながら辺りを見渡す。今俺がいるのは自分のベッド。


「夢?」


 おれはそう呟き、衝撃的な過ぎる嫌な夢を振り払いように首を横に振った。

 サイドテーブルの上の AIアシスタントのディスプレイを見る。

【7/11 07:11】

 今日はトークショーをしなければならない日。緊張から嫌な夢を見たんだ。そう思う事にして頭を掻きながら寝室を出た。

最後までありがとうございました。

あとがきとして次の話で、こちらの物語の解説をさせていただいております。

ご興味のある方はどうぞ。

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