狂っていく
『先輩ルーパーからのアドバイスだと思ってもらって聞いて欲しいな』
佐藤宙は優し気な笑みでありながら、真剣な目で話しかけてきた。
それは土岐野やマイちゃんがおらず、二人だけで会話していた時だった。
『是非教えて下さい』
これは謹聴すべき話だと感じて私は姿勢を正す。
『舞さんと二人だけで過ごすのではなく、できる限り街などに出て人と関わり会話して日常な生活も楽しんで』
言っている意図が分からず私は首を傾げた。
『まぁ二人で温泉とか行ったり、食べ歩きを楽しんでいますが……』
佐藤は少しズレた回答をした残念な生徒を見る教授のような顔をする。
『二人で楽しむのは悪いことではないけど、その際に他者との交流してその時間をなるべくもつんだ』
日が変われば私たちの事を忘れてしまう人との関わりに何の意味があるというのだろうか?
『廻くんは、喫茶店巡りしてそこのマスターとの会話を楽しんでいるらしい』
そう言って柔らかく笑う。
『職業柄そういうの好きそうですものね』
当たり障りのない言葉を返してしまう。
『それぞれのマスターの生き様やポリシーを感じるのが楽しいらしい……でもルーパーにとってそういうことが大切なんじゃないかと思うんだ。俺は』
私は首を傾げる。
『ルーパーの置かれている状況で、明日に行けないという以上に危険なのは、他者に対する感覚の変化による倫理観の欠如なんだ』
そう言って悲しそうに顔を歪める。
それで思い出す、佐藤宙と一緒に巻き込まれたサブルーパーや、日廻永遠と一緒にいるルーパーの一部が一切話題にもされていないこと。
『俺の年のサブルーパーの二人は狂っていったんだ。
鈴木はループの原因はMedio Del Mondoにあるとして、そこの破壊活動を行いソレがだんだんエスカレートしていき、無差別に人を攻撃するようになった。
そして高橋は俺への仲間意識が変容していき執着を深めていき、会社の同僚や俺の恋人への攻撃を始めるようになって狂っていった』
『今は、その二人は?』
『狂気を極めた結果、廃人になった』
私はその言葉に一瞬息をするのを忘れる。
『え?』
『君は冷静な人だ、そして舞さんは明るく社交的な陽気な人だから。まだ大丈夫だと思う。しかし狂気に囚われるリスクを下げるためにも、多くの人と関わり続けて世界を楽しんでほしいんだ』
どこか必死に祈りを込めたような言葉に私は頷くしかなかった。
私はうっすら気がついていた。ルーパー皆がどこか壊れていること。
そして自分たちも佐藤が心配する前から狂っていること。
マイちゃんの私への感情は無邪気や一途を超えたものであること、そして私の感覚は倫理観というものが失われていっていることも。
眞光と会って感じたヤバさ。
それと同様の危うさを自分たちが抱えていて、現実社会とズレが出ていたこと。
最初に目に入ったのは壁にかけられた時計。
今日の0時、私の部屋で一瞬だけ二人で見つめた文字盤。
今日という、私の始まりの風景。
そして私は今朝と同じように、視線を隣のマイちゃんへと戻した。
私の視線を受けて、マイちゃんは体を強張らせる。
「ナオコさん……ごめんなさい」
そう謝ってきたが私は何も言葉を返さない。
しばらく、私たちは見つめ合う。
二回目の2031年7月11日という時間だけが、二人の間を過ぎていく。
マイちゃんは一回目の時と違い、私の前で怯えたように震えている。
その瞳に滲んだ涙が、きめ細かな肌を滑り落ちていく。
私はそれを、ただ黙って見つめていた。
「ごめんなさい……ごめんなさい」
二人の間に落ちた沈黙に、先に耐えきれなくなったのはマイちゃんだった。
小さな声で、繰り返し謝ってきた。




