2031年7月11日
2031年7月、マイちゃんは締切があるということでバタバタしていたようでなかなか会えなかった。
私の方も久しぶりにファンタジーを執筆し、ソレをようやく脱稿し一息ついたところ。
7月10日の午後に私の部屋にやって来た。
近づいて来ている台風のせいで横殴りの雨の中歩いて来たので、びしょ濡れ状態。
「マイちゃん、身体も冷えているよ。シャワー浴びて。
お茶入れるから」
私はそう言ってマイちゃんを部屋に迎え入れる。
マグカップで香りの高い紅茶を飲んでいるマイちゃんの後で私はタオルとドライヤーで乾かしてあげる。
「すごい雨だね〜」
「なんかこの様子だと明日も雨っぽいので、考え方変えて明日は屋内で例の時間待機にしませんか?」
マイちゃんはマグカップを両手で包むようにしながらそう聞いてくる。テーブルに置かれた鏡越しに私に視線を向けている。
ドライヤーをかけながら私は窓の外を見ると、ガラスに叩きつけるような雨が降っている。
「そこで私は考えたんです。
美術館なんてどうでしょうか……時間後のデートへの移行もスムーズですし!」
二年連続屋外で過ごしていたけど、今年はこの雨だと辛そうだ。
「ソレもいいね! この雨の中は流石にキツイしね。涼しい美術館で優雅なひと時か〜」
「でしょ!」
マイちゃんがテーブルの上に置かれた鏡越しに私をみながら、明日の予定についてのプレゼン続ける。
「七星系列の美術館で、現代アートに強い所で面白んですよ。
【六感アート】という面白い展示会をしていて、今回の目的はコチラになります。
同じ財閥系でも不死原系列の所はチョット行きたくないじゃないですか!
アソコの系列はかなりの確率で十一関連企業も絡んでいますし……」
マイちゃんは、眞光への警戒心が最大値に上がってしまったのか、眞光を嫌っている。眞光の話の為かいつも以上に饒舌になっている。
まあ、あんな話を聞いてしまったら、仲良く協力体制で過ごしたいと思えない。近づき過ぎず、かといってある程度の様子が見える距離で付き合っていくしかないのだろう。
明日のスケジュールを必死な様子で語るマイちゃんを私は鏡越しで見つめる。マイちゃんの長い髪も、乾いてきたようだ。
私はドライヤーを置いてマイちゃんの隣に座る。明日のことが不安なのか、マイちゃんの表情は少し硬い。
とはいえ、それだけ私のために必死になっているマイちゃんがなんとも愛おしい。
7月11日だけは、可愛い恋人のマイちゃんが頼もしいガーディアンになる。私を事故から遠さげる為に、彼女は綿密に調査して護衛計画をたてる。
7月11日は死の恐怖で緊張する日ではあるが、私を護りとおそうという頼もしい様子は私を少しときめかせる。その二つのドキドキを楽しめる日でもある。
昨年もそうだったが、7月10日はマイちゃがナイーブになるためか、イチャイチャした恋人同士の時間を楽しむよりも夜通し語り合うモードになってしまう。
11日になっても、雨は止むことはなく風は更に激しくなっていた。
電車は止まってはいないが遅れが出ているようだ。
目も冴えてしまった眠れないまま、二人で朝食を一緒に作って食べて並んで出かける準備をする。
私の部屋には時田に関するモノが、前の二人に比べても多いので危険。
駅まで歩くのも面倒しそうなのと、交通機関も乱れているようなので、タクシーを早めに呼んで向かうことにした。
ソレでも七星四季館に到着したのは10時過ぎだった。
ここは七星記念美術館の別館で、本館とは異なり現代的なテーマの展示をしている。
クラシカルで大仰な佇まいの本館よりも、モダンで洗練された空間のコチラの方が若い人には人気がある。
こんな天気だから流石に空いていた。
逆に台風で閉館になっていなくて良かったと思う。
「なんかこんな天気で、人きてもらえるのかな〜」
「トークショーのチケットは完売ですし、大丈夫です。午後からは晴れそうなので」
すれ違った人がそんな事を話しながら歩いていく。
ロビーはガラス張りで開放的な空間で、星をイメージしたオブジェが多く窓ガラスにも星の模様が散りばめられている。四つの展示室を持つことで四季館としているようだ。それぞれのエリアで異なる季節の星座が配されているらしい。
どうせなら落ち着いてゆっくり展示を楽しみたいとマイちゃんが主張し、アノ時間まで喫茶店に待機することにした。
確かに時間を気にしていては、展示会を全く楽しめないからその方がいいのかもしれない。
マイちゃんはガーディアンモードに入っているのだろう。今日は私を常にエスコートし立つ場所から座る席までを指示してくる。
そして今日はなぜか大きな荷物を抱えている。
「荷物多そうだけどどうしたの?」
「その後の事を考えてタブレットや充電池とか、あとこんな天気だからタオルとかも!」
必死な様子で答えるマイちゃんが、なんか可愛い。
10時半超えた辺りから風は更に強く雷まで鳴り出した。
特製ケーキのセットを注文し、可愛らしい星型のケーキが来たというのに反応も薄い。
今は雨で歪み雷で絶え間なく点滅するように瞬いている外の風景をジッと見つめている。
「マイちゃん? ケーキ食べない?」
そう声をかけるとマイちゃんは緊張した表情で頷いた。そして作業という感じでケーキにフォークを刺す。
「大丈夫?」
マイちゃんは顔をぶるぶると横に振る。
「いえ、……」
マイちゃんは下を向く。
「今日を超えても、ナオコさん私を捨てないでくださいね」
「どうしたの? そんなことあるわけないじゃん」
完全にローモードのマイちゃんに少し戸惑う。
「逆だよ、傲慢で醜い私をかなり見せてしまって、マイちゃんが離れてしまうのではないかと、私の方こそ心配で」
マイちゃんは顔をあげ顔を振る。
喫茶店は人がおらず、厨房からも離れた席。私たちは端っこにいるので会話を聞いている人も周りにいないのでこういう話もできた。
「私がナオコさんを嫌いになるわけないじゃないですか! そんなナオコさんも私をゾクゾクさせるほど素敵で、私はいつもドキドキしているんです」
なんでこんなにマイちゃんは可愛いのだろうか?
同時に以前佐藤宙が私に話してくれた言葉が頭に浮かぶが、私は顔を横に振った。
「そろそろ移動しますか」
全くケーキの味を楽しんだ様子もないマイちゃんは11時超えた所でそう声をかけてくる。
人もいないのでレジの会計もすぐに済む。
外は雨も雷もひどく、かなり荒れている。
マイちゃんは入口近くにある一番大きな展示エリアで行われている「六感アート」のある方とは逆に進む。
「人が通りやすい場所だとなんかイヤじゃないですか。
こっちの方が落ち着ける空間なんです」
そういって私の手を繋ぎ案内していく。
マイちゃんが外の風景を気にしているので、私も釣られて外の荒れた景色に目がいってしまう。
案内されたのは端っこの展示室の出口付近。
全面は全てガラス張りで2階まで吹き抜けのこの場所は、普通だったら陽光輝く明るい空間になるのだろう。しかし今は重く立ち込めた重い雲に覆われた空から絶え間なく放たれる稲光の所為で、なんとも落ちつかない感じになっている。
時計を見るともう少しで11時十分超えた所。
私はふと今いる展示室の入り口の方に目をやる。私はそこに書かれた文字にギョッとする。
【ANIMATIO : Frames of Life】
時田が所属していた会社Decim Animatio Studioが7月に開催すると聞いていた展示会。それがこの美術館で行われているとは思っていなかった。
ドサっ
マイちゃんのカバンが床に落ちる。倒れて出てきたのは時田が担当したアニメのBlu-rayと書籍。
マイちゃんが私に抱きしめてくる。離さないと言わんばかりに強い力で。
一際激しい音と眩しい光が空間に満ちる。
抱きつかれた肩越しにコチラに向かって飛び込んでくる赤い車が見えた。
イベントとかにいるキッチンカーなようだ。
雨の所為で無彩色になった景色の中でソレは異様に鮮やかに見えた。
時間にすれば一瞬だと思うのに、時の流れは異様にゆっくり感じる。 すぐ近くの高速道路の高架から車が落ちてきたらしい。私もマイちゃんを抱きしめ返す。
その車のナンバープレートは「品川110 11−11」。
赤い車まっすぐ私たちの方に飛んできて、そのまま私たちを押しつぶした。




