サブルーパーの条件
眞光との二度目の会合の後、マイちゃんはあの圧にやられたのか、少し元気がなかった。
カラオケボックスで二人で歌って発散してから、改めて受け取った資料を見る。
ここでも、じっと考え込むように資料を見つめるマイちゃんの様子が気になる。
「マイちゃん? 何か引っかかることがあったの?」
マイちゃんは困ったように笑う。
「この資料。本当にすべて正しいのかな? って少し思って。こちらを引っかける罠がないかと……」
確かに、眞光の情報を全面的に信頼するのは危険な気もする。
「その可能性はあるとは思う。
でもマイちゃんは、何をもってそう思ったの?」
「アイツ、やたら私がなぜ助かったのか? あの日どういう行動をしたのか、気にしてましたよね?
たぶん私たちがループ世界にいて、脱出したことを疑っているんだと思うんですよ」
そう言いながらスマホを弄る。
時田の事故に巻き込まれた人にチェックを入れていく。
この事故で、時田さん以外で巻き込まれ死亡したのは、レストラン Over Ten の厨房担当者三人と、ホールの二人。
怪我をしたのはホール担当者一人、あとは Decim Animatio Studio で打ち合わせをしていた五人。こちらの五人は軽傷だった。
マイちゃんと二人で、そのメンバーの誕生日情報をチェックしていく。
最初に亡くなった厨房の二人は12月15日と9月9日。
後で亡くなった人物は8月7日と5月18日。
亡くなったホール担当者は3月4日と11月26日で、ネットの情報と資料は一致している。
店の外で作業していて怪我をした人物が6月11日。
こうしてみると、亡くなった人の中に、11日生まれは時田さん以外いないことになる。
「じゃあ、なぜこの11日生まれのホール担当者は助かったの?」
こうなると、眞光が11日生まれなのに、マイちゃんが事故を免れたことを気にする意味が分からない。
ついでに言うなら、2029年に亡くなった月代零の横にいた声優の二人は、1月11日と12月11日で11日生まれなのに、巻き込まれなかった。
もう一つ謎なのは、2026年・不死原渉夢の年だ。
被害者の欄に、名前はなく誕生日だけが書かれている人物がいる。
年齢は記されておらず、「20代〜30代女性・7月11日」とある。
確か、崖から一人観光客が巻き込まれたというニュースはあった。
だが、なぜ誕生日だけがここに記されているのか。
「たぶんですけどね。アイツ、不死原様と十一様を救いたいんだと思う。
だから私たちから、その方法を聞き出したいんじゃないかな」
「あの男のことだから、大体予想はついているでしょうに」
「でも、はっきりした確証が欲しいから、私たちにあれだけ詰め寄ってきた……って見るべきなのかな。
ナオコさん、私たちの年のとき、死者は天さんだけでしたよね?」
私は頷いた。
あの事故のことはかなり詳細に調べたから間違いない。
怪我人は出たものの、死者は一人で済んだことに、二人でほっと胸をなで下ろしたのを覚えている。
私が資料を見つめていると、マイちゃんはそれを取り上げ、まとめてクリアファイルに戻してしまう。
「ナオコさん! 甘いもの、食べたくないですか!?
私の脳、めちゃくちゃ糖分を欲しがってます!」
大真面目な顔で訴えてくる。その様子に、私は思わず笑ってしまった。
「タカノとか、行っちゃう?」
私の言葉に、マイちゃんは輝いた笑顔を見せる。
「いいですね!! 美味しいフルーツを堪能するのって素敵!」
マイちゃんが、ほかの情報も確認してくれると言うので、資料を渡し、二人でスイーツを食べに行くことにした。
その後、マイちゃんがテキストで打ち直してくれた資料をメールで送ってもらったが、サブルーパー発生の揺れの問題は解けないままだった。
眞光とは時々、挨拶程度に顔を合わせるが、互いに腹を割ったとは言い難い関係が続いている。
六月の末に会ったとき、怖いことに菓子折りを持ってきた。
高級そうで美しい紙包みに包まれていたのは、どうやら菓子のようだ。
露骨な飴と鞭の使い方に、気持ち悪さと複雑な感情が入り混じる。
「そんなに警戒しないでください。
妻が『女性に会うのに手ぶらで行くのは失礼でしょう』と言って用意してくれたものなので。
この包み紙のデザイン、素敵でしょう? 渉夢様のデザインなんですよ」
ニコニコと言われても、この男が相手では怖さしかない。
「素敵ですね。ありがたく頂戴します」
私とマイちゃんは、作り笑顔で受け取ることにした。
「あ、あと余計なお世話だと思いますが、時田悠久氏の情報をお渡ししておきます。
来月の事故回避にお役立ていただけたら嬉しいです。
あなたに何かあったら、コチラも困りますので」
作品リストなどをまとめた書類を差し出してくる。
「私がしっかりナオコさんを誘導しますから、ご心配なく!」
マイちゃんがその資料を受け取った。
「それで、11月11日生まれの人の資料をお持ちしたのですが、時田氏の作品で次の犠牲者を絞るとなると、かなり難しいですよね」
眞光は、11月11日生まれのクリエイターの資料を見せてくる。
私同様、時田のキーアイテムも多い。
Blu-ray などのメディアだけでなく、設定資料集などの書籍、映画のパンフレットも含まれており、発生場所を絞るのはかなり難しそうだ。
「天さんのような例もありますし、発生場所の特定だけでも大変そうですよね」
個人で所持している物がキーアイテムになるとしたら、どこで発生してもおかしくない。
【11】の意味を持つ場所も同じだ。番地とかまでいうとソレこそ日本中にある。
「そうなんですよね。
だから今年は、可能性のありそうな場所に条件をそろえたら、事故が発生するのか……
そういう形で検証しようかと考えています」
「えっ!?」
思わずマイちゃんと私は同時に声を上げてしまった。
この男、何を言っている?
私たちが行ったのは、あくまでループ世界の中でのトライアンドエラー。
だが、この男は現実世界でそれを行おうとしている。
「ですから、時雨さん。くれぐれも危ない場所には行かれないでくださいね」
そう言って目を細め、ニヤリと笑う相手に、私は少し背筋が冷えた。




