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ペトリコールに融けるふたり  作者: 白い黒猫
新しい局面

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ゲーム再び

 眞光(サネミツ)という男は、やはり油断ならない相手だった。

 加留間監督にも接触し、裏を取っていたようだ。

 トカズコーポレーションがスポンサーにつき、映画の制作も動き始めているという。

 金の力で加留間(カルマ)監督を囲い込もうという意図が透けて見えるが、監督の方もしたたかで、思わせぶりな言葉を並べながら巧みに金だけを引き出しているようだった。

 私はと言うとここ三年、身近な人物が立て続けに不可解な死を遂げたことから、世間の一部ではまるで“魔女”のように囁かれている。


『彼らが求めている答えを、私は元々持っていないからね〜』


 そう笑った監督の顔は、悪びれるどころか楽しげですらあった。

 一方で私は、表向きには平和な日々を送っている。

 だがその噂とは裏腹に、私の名前が広まったおかげで、ライトノベルに触れてこなかった層が興味を持ったのか、既刊作品の売上はむしろ伸びていた。

 年が明け、世間のおめでたムードが薄れた頃、眞光から再び連絡があった。

 今回は幹元さんではなく、“よかったらパートナーの井上舞さんもご一緒に”と記されていた。

 そこに、妙な引っかかりを覚える。


「初めまして、眞光と申します。井上舞さんにお会いできて嬉しいです。

 貴女からもぜひお話を伺いたいと思っていましたので」


 紳士めいた挨拶をしながら、眞光はマイちゃんを迎えた。

 その視線は、可憐な容姿に触発されたというより、獲物を見つけた獣のようにも見える。

 マイちゃんもそれに気づいているとは思うが、無邪気な笑顔を装って返している。


「私もお会いできて嬉しいです!

 ナオコさんからお話は伺ってましたが、本当に素敵なお部屋ですね♪

 参考に写真を撮ってもいいですか?」


 眞光は一瞬戸惑い、「ご自由に」と返す。

 マイちゃんはバッグをソファに置き、スマホで室内を撮り始めた。

 結果、眞光と向かい合って残されたのは私だけになる。


「本日はご招待いただきありがとうございます」


「こちらこそ、またお会いできて嬉しいです」


 笑みを交わしながらも、以前からの距離感はまったく変わらない。

 互いに盾を構え、剣の柄に手をかけたまま会話しているような緊張があった。


「誤解を生みたくないので先に言いますが、私には妻と子どもがいます。

 井上舞さんに興味があるのは……別の意味です。お二人の関係が気になりまして。

 ああ、同性愛にも偏見はありませんよ」


 偏見がないと言う者ほど、どこかに偏見を抱えているものだ。


「貴方がそんな下世話なことに興味を持つなんて意外ですね」


 私の声は自覚できるほど冷えていた。

 私たちの関係を他人から詮索されるのは、不快以外の何物でもない。

 マイちゃんも撮影しながら、こちらを伺っている。


「いえ、貴女方の“()()()()”など興味はありません。

 知りたいのは出会いの方です。

 どう出会ったのですか?」


 私は眞光を見上げ、ゆっくりと首を傾げる。


「もう、私たちのことは調べているのでしょう?

 なのに、なぜ改めて聞くのです?」


 肩を竦める眞光の仕草は芝居がかっていて、鼻についた。


「ええ。2028年7月11日、アオイネミさんと時雨結さんのコミカライズ顔合わせ。

 そこが出会いですね」


「それを分かっていて、なぜ聞くんですか?」


 その時、マイちゃんが私に抱きついてくる。


「その時、事故で震えてる私をナオコさんが抱きしめて守ってくれたんです。そこで恋に落ちたんですよ♪」


「吊り橋効果ですか?」


「いえ、運命です! 私とナオコさんは!」


 眞光が求めている答えとは、微妙にズレた返し。

 そのせいか彼はどこか気の抜けた反応を返し、私たちをソファに促した。

 私の前には珈琲が、マイちゃんの前にはエレガントなティーカップの紅茶が置かれる。


「先日いただいた、7月11日の事故者リストを基にこちらでも調べました」


 そう私はループの核リストだけ渡していた。

 これだけの事をしておきながら“何も知られない“には無理があるから。

 眞光は続ける。


「1995年以降、7月11日に亡くなった“11月11日生まれ”の人物は、ほぼこのリストに載っています。

 昭和以前は情報不足で難しいので現段階ではこれが限界でした。

 事故発生時刻と生年月日の一致を基準に調べています」


 マイちゃんは眉を寄せてリストを見つめていた。


「試しに他の日時でも調べましたが、ここまで連続した事故は怒っていませんでした。

 そして生まれが11月11日に限らず、“11日生まれ”の方もかなり巻き込まれていますね。

 井上舞さん、何か気づきましたか?」


 私ではなくマイちゃんに向けるその視線が、あまりに露骨で不快だった。

 “表情が隠しにくい彼女の方が情報を引き出しやすい”そう考えているのだろう。


「うーん……情報量に圧倒されています。それと個人的な感想ですが……」


 マイちゃんは顔を思い切りしかめる。


「このリストに貢門命架が含まれてるのが、どうしても気に入らないんです。

 錚々たるクリエイターが多い中で、どうしてコイツが……」


 眞光の目も同じように険しくなった。


「同意します。そういえば時雨さんも迷惑をかけられていましたよね」


 私は頷く。


「ええ。トレパク騒動の時に騒動に巻き込まれました。


 出所後も“また一緒に仕事しましょう”と連絡がひっきりなしで……それでSNSを閉じました」


「日本人とは思えないほど言葉の通じないやつですからね」


 怒りを押し殺した声が部屋に響いた。私の視線に眞光はすぐに表情を整えた。


「クリエイターは確かに多い。しかしそれだけではない。


 誕生日以外に、共通点があると思いませんか?」


 私は問い返す。


「眞光さんはどう思ったんです?」


「エンジニア、学者……いずれも“何かを創り出す人”。

 そして“その人が創り出したものが、翌年の事故につながっている”。

 ただ、一つだけ分からないことがある」


 彼は新たな資料を差し出す。事故現場や状況が詳細にまとめられたリストだ。


「天環の年だけ、前の年の被害者に関連するものが見当たらない」


「でしょうね」


 マイちゃんがあっけらかんと返す。その反応に眞光の眉がわずかに上がった。


「大好きな作家さんに会えると思って、サイン欲しさに“あの女の表紙の本”を私が持って行っちゃったんです。

 デビュー作の初版を持ってるガチファンをアピールしたくて!

 ……でも、それがあんなことに繋がるなんて!」


 怒りのこもった声でマイちゃんは言い放つ。


「忌々しい……本当に。そう思いません!?」


 突然の振りに、眞光は目を見開く。


「本当に……よりにもよってあの場所で……。

 六年では足りなかった……もっと上乗せして一生出られなくするべきだった……」


 眞光の表情は凶悪そのものだった。

 冷淡な男だが、こういう話題には簡単に感情が顔を出すらしい。

 マイちゃんの感情的な“ズラした揺さぶり”の方が効き目があるのかもしれない。前の時よりも素の表情を引き出せている。


「私のせいなんです……私があんな本なんて持っていったから……」


 マイちゃんは俯き、拳を握りしめた。


「マイちゃんのせいじゃないよ。

 この現象は、人や条件を強引に引き寄せているような気がする」


 私は背中を撫でて慰めた。


「そうですね。貴女はむしろ被害者です。全く悪くありません」


 眞光は穏やかな声を出したが、目の鋭さはそのままだ。

 その視線はマイちゃんを射抜くように向けられている。


「ただ、もう一つだけ疑問が。

 井上舞さん。なぜ貴女は事故から逃れられたのですか?」


「え?」


 涙の残った目を上げるマイちゃん。

 眞光は、本当に泣いていたマイちゃんに一瞬だけ戸惑ったようだ。


「貴女の誕生日は8月11日。巻き込まれていてもおかしくない」


 私はマイちゃんの手にそっと手を重ねる。


「そして、時雨さんの描かれた小説でも“11日生まれの人が巻き込まれてループ世界に飛ばされている”という表現がある。

 時雨さんは“見た夢とやら”で、11月11日生まれの人だけでなく、他の月の11日生まれの方とも会っているんですよね?」


 眞光の問いに、マイちゃんは小さく深呼吸をして――私より先に口を開いた。


「……あの時、私はナオコさんと会うことは決まっていたので、ナオコさんの本しか持っていなかったんです。

 待ち合わせ場所の近くで天さんが通りかかって、急遽いっしょに喫茶店に入ることになって……」


 過ごしたはずのない時間を辿るように、ゆっくり言葉を紡いでいく。


「そうなると、ナオコさんにだけサインをお願いするって、できないじゃないですか。

 だから“二人からサインがほしい”から、上の本屋さんまで買いに行くことにしたんです」


「私も天さんのサインが欲しいと言ったから」


 私が補足すると、マイちゃんはこくりと頷いた。


「なぜ天さんを一人で席に残したんですか?」


 尋問だな、これは。

 そう思いながらも、私たちには“過ごした覚えはないのに共通している記憶”がある。


「天さんと“サイン交換しよう”って話になって、私が買いに行くことになったんです。


 そしたらマイちゃんも“二人のサインが欲しいから”と付いてきた……そんな流れです」


 私がその時の経緯を説明すると、眞光は鋭い視線を向けてきた。


「クリエイターとして中堅の天さんを、一人で残して?」


「えっ!? 私がナオコさんをパシリみたいに使えると思いますか!?

 それに、天さんと二人きりは……キツいですよ!」


 反射的に叫んだマイちゃんに、眞光の視線が向く。

 間髪入れずに出た声は、作り物ではない“本音”として届いたはずだ。


「キツい?」


「作品自体は大好きでファンなんですけど……まさか作者本人があんなに強烈だとは思いませんでした。

 そもそも、仕事の打ち合わせをしてる人たちの場に“私もご一緒していい?”なんて……ありえなくないですか?

 私はビックリしました」


「天さんは、天真爛漫で行動的で……パワフルな人なので……」


 私は控えめに、天環の性格を補足する。


「三人で買いに行くんだと思ったら、“私の分もお願い”ってナオコさんに頼んで、そそくさと見送ったんですよ!

 ちょっと、なんだかなぁ……と思いません?

 私はむしろ“離れられてホッとした”くらいなんです。

 私のこと、何者かも把握してない感じでしたし……残ってても会話にならなかったでしょうし……実際、あの時の私は無名に近かったですし……」


「状況はわかりました。もう大丈夫です」


 眞光は、これ以上の追及は無意味と判断したのか、質問を切り上げた。


「なるほど。11月11日生まれ一名の犠牲だけは固定だが、それ以外には揺らぎがある……。

 巻き込まれるのは必ずしも近くにいる者とは限らない。もしくは条件が別にあるのか……。

 月代さんの時もそうでしたから、近くにいた声優の二人は11日貴女のように11日生まれだったのに怪我だけですんだ」


 そう言って、またもマイちゃんを意味ありげに見つめる。

 その視線が嫌で、私は意図的に話題を変えた。


「一つ考えてみたのですが、この連鎖を止めたら、何か変わると思いませんか?」


 眞光は私に視線を戻す。


「今の段階で最も可能性が高いのは貴女でしょうね。時田氏とも親しい」


 マイちゃんの気配が揺れ、私を不安そうに見上げた。


「ナオコさんは私が守る!」


 マイちゃんはそう叫ぶ。


「私が逃げても、他の誰かに降りかかるだけ。

 だから……止められないんです」


 私はループ世界で仕掛けた“ゲーム”を思い出す。

 ここでも、使える。

 金と権力をそれなりに持つ眞光なら、ネットの情報以上に深く調べられる。

 そして大胆な手を実行することもできる。

 その反応を見るのは……悪くない。

 私は、あの世界で遊んだゲームを、眞光にも仕掛けてみることにした。

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