新しい駒
テーブルには、ココアの入ったお揃いのマグカップが二つ並んでいる。
エグゼクティブフロアで飲んだコーヒーも香り高くて美味しかったけれど、マイちゃんが淹れてくれたこちらの方が何倍も美味しく感じる。
頭を使いすぎて、身体が甘いものを欲しているのもあるのだろう。
「で、ソイツ信じてくれたんですか?」
私が途中で話を引いた途端、眞光は見事に食いついてきた。
私が何か握っていることは察していて、それをどうしても欲しがっていたからだ。
私が彼に伝えたのは、少しだけ真実をぼかした話。
天環の死を目の当たりにした日から見始めた夢。そこに土岐野廻らルーパーたちが現れたという説明。
私とマイちゃんが過ごしたあの一年を、すべて“夢”として語った。
今の私の状況からしても、まったくのでたらめというわけでもない。
「納得はできないけど、信じざるを得ない……というところなんでしょうね。
幹元さんは信じてくれたみたいだけど」
「あ〜あ、私が一緒に戦いたかったのに」
ぶつぶつとぼやくマイちゃんについ笑ってしまう。
「私と眞光は戦っていたわけじゃないよ。立場のすり合わせ、みたいなものかな」
あの気丈な幹元さんが圧倒されるほど、彼は強烈な圧を持っていた。
『時雨先生、すっごく格好良かった! あの男と堂々と渡り合えて! 私、要らなかったくらいよね!』
会合のあと立ち寄ったレストルームで、幹元さんはそう言いながら頑張った私を抱きしめてくれた。
『ところで……夢の中での天環先生の様子は?』
そこは彼女としても気になるところなのだろう。
私は首を横に振るしかなかった。
夢で会ったのは、もっと前の人たちだとしか答えようがなかった。私が会った天環はループしているだけの彼女だったから。
ナオコの部屋で待機していたマイちゃんに、会合の音声データの書き起こしを渡し、実際のボイスレコーダーの音声も聴かせる。
眞光が気にしていたのは不死原渉夢、そして十一残刻のこと。それ以前に亡くなった社員にはほとんど関心がないようだった。
眞光は聞いて来たのも、夢で二人と会ったのか?という事。
私が否定すると、彼は露骨に落胆した表情を見せた。
「私が夢で会ったのは、佐藤宙さんと土岐野廻さんです。その二人を通して日廻永遠さんたちと対話しました。
夢での私が東京にしかいなかったのもあるのかもしれません」
「なら、藤原市にあなたが来たら……!」
「会えたかもしれません。でも事故から一年を過ぎた頃から、ぱったり彼らの夢を見なくなってしまって。
もう無理だと思います」
霊媒師のまねごとをするつもりは毛頭ない。
「だからこそ、同じような体験をした人がいないか確かめるためにも、小説を発表して反応を見ることにしたんです。
本当にただの夢で、私の妄想だったという可能性もありますし」
「信じたくはありませんが……二人がどこかで生きていると思うと、少し救われるのも確かです」
それが眞光の本音なのだろう。二人とは幼馴染だったようだ。
「11月11日生まれの人が選ばれて、7月11日の事故に遭遇する。
近くにいた11日生まれも巻き込まれる……あなたの話を全面的に信じたわけではありません。
一つの意見として受け取っておきます」
彼はそういうスタンスを取るらしい。
「まだ話しきれていないことや、何か思い出したらご連絡ください」
そう言って連絡先を渡し、会合を締めくくった。
“まだ隠していることがあるはずだ。それを早く吐き出せ”。
そんな意図が透けて見える。
音声を聞きながら、マイちゃんはじっと考え込むような表情をしていた。
「すっごく面倒くさそうな相手ですね。不死原と十一に対する感情も、ちょっと気持ち悪くなかったですか? 途中『渉夢様』って言ってましたよね?」
やはりそこはマイちゃんも引っかかったようだ。
「でも、こういう人物の視点で現象を追ってもらうと、思いもしないものを見つけてくるかもしれないよ。
対話するのは気疲れするけど、面白い男だった」
私は柔らかく癒してくれるマイちゃんに抱きついた。
「こうしてるとホッとして癒される〜」
マイちゃんはふふっと笑い、私の頭をそっと撫でてくれる。
「あ、そうだ。このテキストデータ、監督にも送っておかないと。
あの男、あっちにも凸っていくかもしれないし」
私はマイちゃんから身を離し、テーブルのノートパソコンに向かう。
加留間監督と、私が見た“現象”について認識を揃えておく必要がある。
時代も立場も違う二人が、似た体験をしているとなれば信憑性も増すだろう。
私と土岐野廻のつながりは、眞光から見れば説明不能で、私の言葉を信じるしかない状況だ。
それに、不死原と十一に関わる可能性がある存在。
そう思えば、彼も簡単には私を無下にできないはずだ。
もっとも、今の私にも監督にもルーパーとつながる術はない。
だから“一年ほどで見えなくなった”と言い張るしかないのだけれど。
さて、眞光はどんな情報をもたらしてくれるのだろう。少し楽しみだ。
「ナオコさん、楽しそうだね」
マイちゃんが私を見つめて、そっとつぶやく。
「だって、私たちのゲームに、また面白い駒が手に入ったから」
私がそう言うと、不安げだったマイちゃんの顔がぱっと明るくなる。
「じゃあ、今度そいつと会うときは、絶対に私も連れて行ってくださいよ!
私たちの“コマ”なんですから!」
そう言って勢いよく抱きついてくるマイちゃんを受け止め抱きしめた。




