生贄に相応しい
あれから、ルーパーとしての「普通の日常」が戻ってきている。
月代さんや天さんと、さまざまな形で接触し反応を確かめる――そんな検証は今も続いている。
今日は佐藤宙が彼女さんとデートする日ということで、私はマイちゃん、土岐野廻の三人で話していた。
「作戦は失敗したけど、みんなの様子はどう?」
私が尋ねると、土岐野は肩をすくめる。
「若干は落ち込んでいるけど、まぁ想定内だったんだろうね。動揺まではしていない。
宙さんには明日香さんという癒しがあるから、今日一緒に過ごしたら元気になれると思う」
土岐野はそう言いながら、パソコンに向かい作業を続けている。
「そうか……」
「もうすぐ一年になるし、明けたら次のルーパー探しもあるから、退屈はしないだろう」
私は、土岐野が私から送った新しい暇つぶし用の本や映画のデータを、嬉しそうに眺めながら飛行機メンバーにも転送している姿を、しばらく見守っていた。
「……土岐野さんは、もしループを抜け出す方法が見つかったらどうする?」
私の問いに、マイちゃんが激しく顔を上げ、私を見つめてくる。
私はそんなマイちゃんを安心させるように微笑んでから、再び土岐野に視線を戻した。
「試してみる?」
土岐野は、新しいおもちゃを見せられた子供のような視線を私に向ける。
「また何か見つけてきたのかい?」
私は肩をすくめた。
「加留間遥って知ってる?」
「映画監督の? 結構有名だよね。“マイナーのメジャー”って感じだけど」
土岐野はあっさりと答える。
このループの時間の中で、彼はかなりの映画を観ているからやはり知っていたようだ。
ただ、彼の時代では【閉ざされた夏の日】はまだ制作されていない。
「そう。その人は1995年7月11日にエレベーター事故でループ現象に巻き込まれた被害者なの」
土岐野は眉を寄せる。
「そんなわけないだろ? 少なくとも俺のこの年では生きているはずだ」
私は頷いた。
「私の時間でも生きていて、会話ができる。
実際、工事をストップさせた日、7月11日の11:11:11についてコメントを発信していたわ。
その時代でもツイッターで検索すると出てくると思う」
私の言葉に、土岐野は目を細めてこちらを見てくる。
マイちゃんは黙ったまま、私たちのやり取りを見守っている。
私は【閉ざされた夏の日】の動画データを土岐野に送った。
「こちらが一昨年、加留間監督が作った作品。観るのは土岐野さんだけにして」
土岐野は頷き、私とマイちゃんをちらりと見てくる。
「なぜ、ループを抜け出せる方法を見つけたのに、それを俺だけに伝えるんだ?」
私は大きく息を吐き、土岐野と視線を合わせた。
「その方法で確実に脱出できるのは私とマイちゃんだけ。
飛行機メンバーには不可能。そして、土岐野さんと佐藤さんがそれを行った場合、どうなるか読めない」
「核の連鎖が止まればいいけど……その後のルーパーにどう影響を与えるかってことか。
この話を宙さんのいない今、相談してくるってことは、不測の結果以外に何か問題があるってこと?」
土岐野は、こういう所は鋭いから話しやすい。
「それもあるけど、その方法には倫理的な問題がある」
善良な気質の佐藤は、きっと嫌がるだろう。私たちだけがやるとしても。
それとも、彼女の元に戻るために実行するのか。
マイちゃんが手を伸ばし、私の手を握ってきた。
土岐野は私の様子と、画面の中で見えるマイちゃんの表情を見てしばらく考える。
「称央子さんは、それでもやる方向で気持ちは固まっているんだよね?
でも、俺もそこまで言われると、楽しそうで興味が湧く。
思いついてしまうと試してみたくなるよね?
で、方法って?」
土岐野が無邪気な笑顔で聞いてくる。
「2028年のあの事故現場に、条件に当てはまる他の人を誘導して被害者にするというものなの」
土岐野は驚いたように目を見開く。
「へぇ、時田さんを犠牲にするつもり?」
私は顔を横に振った。
「いや、記憶もない時田さんを会議もサボらせて、あの場所に誘導するのは無理がある。
さらに言うと、ループ現象に理解があり相談できる時田さんをあちらの世界に置いておくことにも意味がありそうだから。
時間差メッセージ作戦が功を奏していたら、向こうからのアプローチもできるかもしれない」
土岐野は顎に手をやり、考え込んでいる。
「あの時間に銀座にいて誘導しやすい人が一人いる」
「天環か……もしルーパーとして来られても、役には立たなさそうかな。
日廻さんやミラーさんあたりなら、上手く転がして情報を仕入れさせることが出来そうだけど」
土岐野は苦笑しながらそう言った。
だが、私はゆっくりと首を横に振る。
「行動力はあるし、ただものではないよ。
発想力が私よりも遥かに高い。思いもしないアイデアを、当たり前のように形にしてくる。
そういう作品を生み出す人だから」
言葉にしながら、胸の奥にモヤモヤとしたものが湧き上がる。
私と同じ作家という職業で、私とは真逆の作風で作品を生み出す天環。
まるで、私の存在を鏡に映したもう一人の作家。
だからこそ、彼女がこの現象に差し出す“生贄”として相応しい。そう思うことにした。
土岐野は天井に視線を向け、再び私に戻す。
「あっ、でも天環がルーパーになったとしても、君たちが次のループで最初の一日と同じ行動をしてしまったら、そこでまた元通りにならないか?」
「だから、364日目に実行しようかと思っている。
もしそれで私たちが戻るなら戻るで検証になる。
それで私たちが戻ってきたのなら、土岐野さんたちも試す意味が出てくる。そうでしょ?」
私はそう言って笑顔を土岐野に向けた。
土岐野は曖昧な笑みを返す。
「ところで、ルーパーが交代となったとしたら、天環の時間や日数のカウントはどうなるの?」
私は首を傾げる。
「映画を観てもらうとわかるけど、加留間監督は事故直前まで一緒にいた双子の兄を犠牲にしたの。
加留間監督には、ループ世界にいても脱出しても“継続した記憶”があり、外の世界では自分がいないはずなのに補完されている時間もある。
つまり、同じ一年の中で異なる二つの記憶を持つことになる」
そこがこの現象の複雑なところだ。
ループで過ごした時間と、無事にあの時間を避けて死ななかった自分がその後過ごしたであろう時間が同時に存在することになるようだ。
そのことから、ループしているようで、時間は外の世界に合わせて前に進んでいることも分かる。
それ故に加留間監督は、自分が兄を犠牲にして殺した記憶と、兄を目の前で亡くし悲しんでいる記憶。その両方が残っているという。
土岐野はしばらく考え込んでから、降参するように両手を上げた。
「オッケー、そこまで覚悟しているのなら止めないよ。
あと、俺に話してくれてありがとう。
俺は、君たちが天環に代わったことは事故の結果として皆に連絡した上で、天環を受け入れる。そんな感じでいいのかな?
そして状況によっては、俺の推理として君たちが消えた状況から推測したとして、この脱出方法を皆に示す……そんな感じでいい?」
私は笑みを作り、頷いた。
こうして、ルーパーの中で一人、共犯者を作った。




