次の手は?
報告書を読み終えた日廻永遠は、小さく溜息を吐いた。
これは私がそれぞれとの接触を、マイちゃんの挿絵付きで小説風にまとめた記録を、佐藤宙と土岐野廻に読んでもらい、それを土岐野が飛行機メンバー用に報告書として整理し直したものだ。
さすがに「小説調のまま翻訳」したわけではなく、きちんと事務的な体裁に整えられている。
『……まぁ予測はしていたけど、接触によって何の変化も見られないか。
彼らが“核”なのかどうかも、まったく読めないな』
フランツが発言の許可を求めるように日廻を見やり、口を開いた。
『後は……ループの情報をあえて与えた上で接触する、という方法を試すしかないか』
「でも、いきなりそんな話をしたら変人扱いされるだけじゃない?」
マイちゃんは慌てたように反論する。
『君たちが事故前に接触、あるいは連絡を取れるのは――時田と天か?』
ミラーが問いかける。
私は首を傾げ、それからうなずいた。
「時田さんには、タイミングを選ばずメールは送れます。
ただ天さんの場合は事故の十数分前……かなり微妙な時間帯です。
一応SNSでDMを送ることは可能ですが、相互フォローではありません。私は“時雨結”の名前ではSNSをしていないので、見知らぬ人から突然連絡が来る形になってしまいます。怪しまれる可能性が高いでしょう」
『それでも、未来を言い当てる内容なら何かしら反応はあるのでは?』
ミラーの言葉に私は考え込む。
もし私なら、怪しいDMを受け取って内容通りの出来事が起きたら……その後、送り主と対面して説明を受けることになる。果たして信じられるだろうか。奇行と思われるリスクは大きい。
「……報告書にどこまで書いてあるかは分からないけど、天環は何にでも大騒ぎする面倒なタイプ。
一方で時田悠久は……ナオコさんに下心を抱いて、距離を縮めようとしてるっぽい!」
マイちゃんの指摘に、佐藤は心配げにこちらへ視線を送る。
「……俺たちじゃ、直接助けに行けないしな」
土岐野も悩むように呟いた。
「もちろん、二人きりで会わせるつもりはない。人目のある場所での対話にしてもらう。舞さんも一緒なら、さすがにおかしな行動はできないだろう」
日廻がそう答える。そりゃ、個室で二人きりなんて選択肢ははなからない。
時田さんは物静かなタイプで、以前の打ち合わせでも穏やかに人の話を聞いていた。悪い人ではないと思う。けれど、逆にそういう人の方が内面は読みにくいともいう。もし問題が起きたら、私とマイちゃんの二人だけで対応できるのか……マイちゃんを危険に晒すのは嫌だ。
『ふと思ったんだけど……その“核候補”って、ヒロシやメグルが見えるのかな?』
リンダが疑問を投げかける。
もし来年以降の核候補に、過去の核が視認できるのなら、この異常な状況を手っ取り早く理解させられる。試す価値はあるし、なにより面白そうだ。
「それも含めて試してみるべき……かな」
そう返事をすると、マイちゃんは私の腕を掴んだ。時田の件にはやはり警戒をにじませているようだ。
『それはそれでいいだろう。仮に時田から二人が見えなかったとしても、ヒロシやメグルとスマホで繋げばいい。
もし相手が強引に迫ってきたら、通話画面をそのまま見せれば警告になる。“知り合いに繋いでいる”と告げれば牽制にもなる。
ループの話を信じても信じなくても、彼らならフォローできる』
ウォーレンが助言する。
『まあ……左手薬指に指輪をしていくだけでも、口説く気は萎えるかもな。そこを気にするかどうかで、相手の出方もある程度読める』
ミラーがのんびりと付け加えた。
こうして、アプローチを変えつつ、再度の接触を試みるという方針が固まった。
出来る限りリスクを下げるべきだという佐藤宙の意見で、時田さんとはWEBで話し合う方向に進めることにした。
それなら隣で二人は見守れる。おそらくは二人の姿は時田には見えない。だからこそ見守りやすいということで、それはそれで私も心強いと思った。
まずは2028年7月11日の出来事を綿密に調べておく。何時にどんな事が起きるのか、どういうタイミングでニュースが発信されているのか。
そうすることで、私がこの一日の事をよく知っているという証明になる。
準備を整えた上で、私は朝の六時に時田氏へメールを送った。
【ご無沙汰しております。突然のご連絡失礼いたします。
時田さん、どうか落ち着いてお読みください。私がお伝えする内容は、事実に基づいた非常に重要な話です。
私は、今日・7月11日をすでに体験しています。
朝から、雨が激しく降ったり止んだり、日差しが差し込むと湿度が上がるという、異常とも言える天気の繰り返しでした。
今朝のニュースでは、
・アメリカとロシアのトップ会談がテロにより中止
・沖縄諸島沖の高気圧が台風に変化し、九州地方に向かう
・7時37分頃、大阪のJR阪和線で雷による停電、電車の運行が停止
・占いは1位:山羊座、12位:天秤座。
さらに9時過ぎ、メジャーリーグで大山選手がホームラン、NBAでは谷口選手がブザービーターを決めました。
そして最も重要なこと……11時11分、ELEVENタワー4階の喫茶店[Onze bonheurs]で、工事現場のクレーンから吊るされた鉄骨が突入するという事故が発生します。
なぜ私がこのことを知っているのか、なぜあなたに伝えるのか。
それについて、12時頃に改めてご説明させていただきたいと考えています。どうか、その時に私の話を聞いてください。】
さて、時田さんはどう反応してくれるのか。
正午の約束に備え、私たちはカラオケボックスに集まり、ちょっとした「作戦本部」を設営することにした。
対策本部はカラオケボックス佐藤と土岐野の三人で、同じカラオケボックスの同じ部屋を、お昼のフリータイムプランで朝十時から夕方十八時まで借りた。
部屋の広めのソファーの上に私のパソコンを置き、そこから時田さんと対話する。
さらに、新しく買ったタブレットをモニター代わりにし、時田さんとのやり取りをそちらでも表示。
その画面をカメラで撮影し、日廻永遠が開いているWEB会議室へ中継する。
私のパソコンの両隣には、佐藤と土岐野がそれぞれ自分のパソコンを並べて置き、二人もルーパーズ全体会議に出席する。
一方、反対側のソファーに座るマイちゃんの前には、私のもう一台のパソコンを置いた。
そこからマイちゃんがルーパーズ会議に接続し、飛行機メンバーと裏でやりとりできるようにする。
必要に応じて時田さんとの対話にも加わってもらい、場をフォローしてもらう算段だ。
こうしてやや複雑なセッティングになったのは、飛行機メンバーの要望があったからだ。
私としては、これはこれで一種の体験型ショーのようで面白いと思う。
ルーパーズ側で「時田さんとのやり取りをどう全員で共有するか」を工夫した結果、この形に落ち着いたのだ。
ありがたいことに、時代が異なるせいで機器どうしは物理的に干渉しない。
だから机の上がギチギチになることはなく、例えば私のドリンクを佐藤のパソコンのキーボード部分に置いても問題ない。
十一時にはセッティングと接続を終え、皆で軽食をつまみながら緩やかな時間を過ごしていた。