ファーストコンタクト
渋谷にある『フルフルフルーツ』は、映え系フルーツサンドで人気のお店だ。
マイちゃんは散々下調べをしてきたらしく、すっかりお口がフルーツサンドになっている様子で、ご機嫌に歩いている。
「完熟マンゴーサンドと清水白桃は外せませんよね♪ でももう一種類食べたいんですよね〜」
そんな声を聞きながら、私は順番待ちの名前を用紙に書き込む。
その時、淡いレモンイエローのワンピースが視界の端に映った。
次に名前を書こうと待っている女性……視線を合わせると、可愛らしいボブヘアの女性が驚いたように目を見開く。
月代零である。
アイドル的な人気もある声優で、歌も出している。芸能人らしい華やかなオーラを纏い、今日はマネージャーらしき女性と一緒に来ていた。
(狙い通り……)
昨日からこの店を張って、インスタにアップされていた写真を画像検索で店を割り出し、前の時間で張り込みして彼女の行動をチェックしていた。
月代は12時半過ぎに来て、1時すぎに出る。だから、こちらも少し早めに来て待っていたのだ。
読み通り、ばっちりのタイミングだった。
「えっ! え、時雨先生?!」
先に声を上げたのは彼女の方だった。
こちらから声をかける前に、月代さんが嬉しそうに笑顔を見せてくる。一度会っただけなのに覚えていてくれたことに、私は少し感動した。
隣のマネージャーが丁寧にお辞儀をしてくる。
「月代さん!」
「きゃー、私のこと覚えてくださって嬉しいです! え? 先生もフルフルフルーツに?! すっごい偶然!」
四人がけの席が空いたということで、そのまま一緒にテーブルにつくことになった。
「実は先日お会いしたとき、緊張でほとんど喋れなかったから……こうして話せて嬉しいです!」
はしゃぎ気味で嬉しそうに語る月代さん。
見た目の華やかさとは違いクールな人かと思っていたが、全然違ったらしい。
「零ちゃんは、時雨先生の大ファンなんですよ」
マネージャーが微笑んで補足する。
「先日は緊張のあまり固まってしまって、何も会話できなかった。それで『失礼に思われたんじゃないか』って大騒ぎしていたんです」
「いえいえ、私も月代さんのファンなので……そう言っていただけて嬉しいです」
そう答えると、月代さんは目を潤ませて感動していた。
「私はアオイ・ネミです!」
少し不満げな顔をしていたマイちゃんが自己紹介すると、今度は彼女に向けて弾けるような笑顔が返る。
「『紺碧の宙の下で』を描かれた方ですよね!」
「え? 読んでくださっていたんですか?」
「はい! アオイさんの絵が秀麗で、物語が美しくて……読んでいてドキドキしました!」
そして好奇心に満ちた目で、私とマイちゃんを交互に見つめてくる。
「でも、どうして今日はお二人で?」
緊張で固まっていた前回とは正反対。今回はテンションが高く、どんどん話しかけてくる。
私は、少し探りを入れるように秘密めいた声で言った。
「ここだけの話にしてほしいのですが……実は今度、アオイさんが私の作品のコミカライズを担当してくださることになって。その縁で仲良くなったんです」
本当は口外できない話だが、ループを越えた記憶の継承があるかどうか――その反応を見たかった。
「えっ! それ最強タッグじゃないですか! 絶対読みたいです!」
キラキラした目でそう言われて、マイちゃんもすっかり機嫌を直し、嬉しそうに笑った。
「ところで、結さんと月代さんは、どうしてお知り合いなんですか?」
マイちゃんの問いに、月代さんは一瞬迷ったようにマネージャーを見やる。
私が軽く頷くと、内緒話をするように身を乗り出してきた。
「明後日には情報解禁になるんですが……私、『記扉(記憶の扉と11の鍵)』のフォルトゥナの声を担当することになって」
「それ……最高じゃないですか!」
マイちゃんは目を丸くして叫ぶ。
そこからは、マイちゃんと月代さんの間で「記扉」についての熱いトークが始まった。
私とマネージャーは、微笑ましく二人を見守る。
マイちゃんと月代さんの「記扉トーク」は尽きることなく続いていた。
「そうだ!」とマイちゃんが思いついたように声を上げる。
テーブルの上に置かれたコースターを取り、サラサラとペンを走らせた。
そこに描かれたのは、月代さんがこれから声をあてる予定のキャラクター――フォルトゥナ。
「わあ……! 素敵!!」
月代さんが感嘆の声をあげる。
「せっかくだから」
私とマイちゃんは顔を見合わせ、小さく笑った。
そして二人のサインを添え、その即席イラストコースターを月代さんに差し出す。
「今日の記念に、よければ」
月代さんは両手でそれを受け取り、目を潤ませながら胸に抱きしめた。
「一生の宝物にします!」
彼女の無邪気な喜びに、私もつい微笑む。
けれど心の奥底では、別のことを冷静に考えていた。
このコースターを、彼女は次のループでも覚えているだろうか。
もし覚えていたなら、彼女は確かに「こちら側」の人間だ。
甘いフルーツサンドの余韻と共に、その小さな布石だけを残し、私たちは席を立った。
そんな形で、月代零とのファーストコンタクトは終わった。
一方、天環との接触は、月代さんのような濃密な時間を過ごしたわけではなく、実に圧はあるものの中身のないものだった。彼女は私のことを覚えていないのが明らかで、その場しのぎで調子を合わせるタイプであることがよく分かった。
彼女が「土砂降りで最悪!」と投稿していた現場で待ち受けて声をかけると、一瞬ぽかんとされた。
しかし私が時雨結だと明かすと、能天気な笑顔で、
「ゴメンナサイ、ビックリしちゃっただけなの。
結さんお久しぶり〜!」
と、まるで最初から分かっていましたよという風を装って返してきた。
雨も降っていたので地下街の喫茶店に入り、天気や気候といった当たり障りのない話をした。
だが三人でいるのに会話の八割は天さんが占め、内容もSNSの愚痴やこの後行く寿司屋の話、校正者への文句。
こちらに残るものは何もなかった。寿司屋の予約時間までの暇つぶしに使われたような印象すら受ける。
そのためか、彼女はニュースをチェックできずELEVENタワーに関する投稿はなく、炎上は起きなかった。
だがその代わりに、しっかり私の写真がアップされていた。
『時雨結さんと銀座で偶然バッタリ! お茶を楽しみました〜♪』
という文章付きで。私はネットで顔を出しておらず、写真の掲載許可も与えていない。
それなのにマイちゃんが誰なのかも理解しないまま一緒に写真を載せてしまう。この無神経さを改めて痛感させられた。
一方、時田悠久氏には情報解禁直前ということで、挨拶を兼ねたメールを送ってみた。すると比較的早く返事が届いた。
「時雨結先生
ご丁寧なメールをありがとうございます。明後日の情報解禁と思うと、私もソワソワしてしまいます。結先生の作品を読み返したり、脚本を何度も見直したりして、落ち着かない時間を過ごしています。
アフレコも始まり、いよいよ私たちで作り上げた脚本に命が宿り、《記扉》が世界へ羽ばたこうとしているのを感じています。結先生の協力もあり、自分でもなかなか良い脚本になったのではと自負しております。
もしよろしければ、今週末にでも美味しいワインを飲みながら前祝いをしませんか?
制作の一区切りを機に、少しリラックスした時間をご一緒できれば嬉しいです。」
このメールを読んだマイちゃんは思いっきり顔をしかめ、私に訴えるような視線を向けてきた。
「時田様
お返事ありがとうございます。
メールを読みながら思わず笑みがこぼれてしまいました。アフレコの様子を想像するだけで胸が高鳴ります。
それと、ワインのお誘いありがとうございます!
私はお酒が大好きで、結構強い方なので、
二日酔い知らずな方なので、乾杯の場では誰よりも元気に楽しめます。
スタッフの皆さんとワイワイ前祝いできたら最高ですね。
せっかくなので、みんなでボトルをいくつか開けましょう!
当日お会いできるのを心から楽しみにしています。」
私は苦笑しつつ、少し時間を置いてから、下心には気づいていない体で返信を送った。
その後、時田氏からはこの日、追加の返事はなかった。スタッフを慌てて集めているのか、それとも別の誘い方を考えているのかは分からない。
そして同じように三人それぞれと接触を試みたが、いずれも前のループでの記憶はまったく残っていなかった。こちらの言葉選びの違いによって多少会話そのものは変わったものの、返ってくる反応は結局どれも変わらなかった。




