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ペトリコールに融けるふたり  作者: 白い黒猫
未来を創る

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31/60

推理と創造

 私たちのことを心配する連絡が、佐藤(ひろし)土岐野(ときの)(めぐる)から届いた。

 私は「途方もない状況に不安になってしまっただけ」と返信するに留めた。

 お互いの気持ちを確かめ合ったとはいえ、すぐに踏み込んだ関係になったわけではない。

 ただ、以前のマイちゃんの表情に時折浮かんでいた不安の影は消え、日々をより積極的に楽しんでいるように見えた。

 ルーパーズ全体会議の空気は、前回とは違っていた。

 重苦しさよりも、今はわずかな手掛かりを得たことで、皆が熱を帯びている。

 ただしその熱気は、必死さと緊張が入り混じった複雑なものだった。


「未来の人に直接、連絡を取ることは可能なんでしょうか」


 私が問うと、飛行機メンバーが顔を見合わせる。

 逡巡のあと、日廻永遠が代表して答えた。


「……過去に試したことはある。

 ヒロシのFacebookにサブルーパーたちがメッセージを送ったんだ。

 だが、繋がったのは“2017年7月11日”のヒロシだけ。

 未来への警告を送っても、状況は変わらなかった」


 飛行機メンバーは曖昧な笑みを、なぜか浮かべている。


「そして俺の記憶にも、そんなメッセージを受け取った覚えはない」


 佐藤が補足する。

 彼らがメッセージを送った“佐藤宙”は、ただループを繰り返して消えているのか。

 それとも別の次元を進んでいるのか。謎は深まるばかりだった。


「ということは、候補との接触は完全に未知数ってことですね」


 私の言葉に、日廻は深く頷いた。


「そうだ。だが──だからこそ、試す価値がある」


 永遠の声音は静かだが、確かな熱を帯びていた。

 その重みを和らげるように、マイちゃんが手を挙げる。


「え~、じゃあ私たち、ぶっつけ本番で候補に声かけちゃうってこと?


 うわぁ~ドキドキする! でも……楽しそう!」


 場が少しだけ笑いに包まれ、張り詰めた緊張に温度が加わる。


「まずは偶然を装って接触するべきだろう」


 精神科医のミラーが冷静に提案する。


「普通に挨拶して、次のループで記憶が残っているかどうか。それだけでも糸口になる」


 私は悩んでしまう。

 私は三人の情報に視線を落としながら、自然と感じる順序を組み立てていた。


 まずは時田さん。

 私や天さんの作品の脚本を完成させてから退場してもらえば、物語としては最も綺麗に収まる。

 その後に悪詐欺繋がりで天さん、そして月代さん。

 これならシリーズの途中でシリーズ構成・脚本や声優が交代することもない。

 月代さんの声は悪詐欺のロザリオ・スカーレットとハマっている。最後まで演じてもらえれば、作品と共に完結まで一貫した輝きを保てるだろう。

 これはあくまで過程の話ではある。

 犠牲が避けられないのなら、どうすれば最も自然で、観客にとって満足度の高い結末になるのか。

 私はただその整合性を見極めているだけに過ぎない。

 そして、ふと思う。

 もしも偶然、天環さんが私の本の近くでサイン会などのイベントをしていて、その場で巻き込まれてくれたら。

 そうすれば来年のループは彼女が担い、アニメは最後まで滞りなく完成する。

 それが一番無理のない、自然な流れではないか。

 筋さえ通っていれば、物語は形を持つ。

 そう信じて私は、自分の推理を肯定した。


 誰が選ばれても、それぞれの方向でドラマは起こる。

 ループが不可避であっても、その犠牲は物語を進める布石にすぎない。

 私は冷静に、事態を進めるためのエピソードを考えてみる。

 いずれにせよ、次の接触イベントがが新しい展開を示唆することになる。

 だからこそ、私は想定できる限りの展開を頭の中で何度も組み替える。

 より整合し、より説得力を持った筋道がどこに収束するのか──

 ただそれを探るように、私は推理を続ける。


 夕方になり、飛行機メンバーの定時が来て別れ、残ったのはカラオケボックスメンバーだけになった。

 私たちの年のこの部屋は、次に入る人が待っているということで、近くのファミレス「サムライ」に場所を移す。なぜか11番テーブルに案内されたが、最初は気持ち悪く思ったものの、逆に便利なシステムのように思うことにした。

 四人でここに来たのは、ある程度の対策をこちらの四人でまとめておくためだ。


「まあ、私が一番連絡を入れやすいのは、すでに何度も仕事で打ち合わせしている時田さんですね。

 後の二人は……天さんと月代さんは一度だけ会ってごあいさつしただけの関係です。

 まあ個人的に二人の作り出す世界のファンではあります」


「わかります! 悪詐欺はとんでも展開が面白いし、月代さんの演技も最高ですよね! 本を読んでいても月代さんの声でキャラクターが喋ってくるくらい!」


 私の言葉にマイちゃんが続き、そして私の顔を見てハッとする。


「もちろん! 時雨結先生が作家で一番好きですよ!」


「いや、そんな気を遣わなくてもいいよ」


「本当ですよ! 私の最推しのアルマくんを産み出した時雨結先生は、私にとって神な存在です!」


 力説するマイちゃんに、私はまっすぐな言葉に気恥ずかしさを覚えて顔が赤くなるのを感じる。

 前に座る佐藤と土岐野は少し引き気味だ。


「そう言えば、舞さんって何されている方なんですか? 作家仲間? 編集者とか?」


 土岐野の質問にマイちゃんはニカッと笑う。


「神・時雨結様の第一信徒で、宣教師です」


「マイちゃん、なんてふざけたことを」


 マイちゃんはとぼけるように顔を傾ける。


「半分は本音です。今の私って、神と挙げめている創造主様と共に歩み、そのお言葉を直接聞けるんです。

 まさに天国ですよ!


 そして今現在、ルーパーの皆さんに布教活動中! 時雨結先生への萌えと喜びを味わってもらい、ハッピーを伝播させているところです! 人生、推しと萌えがあれば元気になれますから!」

 大仰に話す、マイちゃんの瞳が想いを秘めている。その姿はキラキラと輝いていて美しい。

 マイちゃんの言葉に、佐藤と土岐野が思わず笑う。


「確かにそうだな。俺ってアイドルとかそこまでハマることもなかったけど、推しがいる人はパワフルで楽しそうだ」


「本当ですね!」と廻さんも苦笑しながら相槌を打つ。


「アイドルと言ったら少し聞きたいことがあるんだけど」


 土岐野が表情を真面目に戻して言った。


「アイドルグループ[ニャンニャン麺]のミライさん、元気かな?」


「今は女優として活躍していて、イケメン俳優の杉田玲士さんとおしどり夫婦です。お子様もいます! いい夫婦の日には必ず登場する感じです。

 あれ〜廻さん推しが結婚してもう子供もいるなんてショックですか?」


 土岐野は穏やかな表情を崩さずに首を横に振る。


「ファンとかじゃなく、仕事上で接点があったから気になっていたんだ。事故のときにガラスの破片を被っていたし、俺の死を目の当たりにしていた筈だから。良かった」


 そう言って笑う表情には悲しみも寂しさもなく安堵と喜びだけを見せていた。

 マイちゃんはちょっと残念そうな顔をしている。

 佐藤はその様子を見ながら、私の方を見て何か言いかけたが、やめた。土岐野同様、未来を知りたい存在がいるのだろう。

 だが、土岐野とは違い、それを知るのを躊躇う相手だったからやめたように感じた。

 土岐野はそんな佐藤にチラリと視線をやり、目を細めた。



 会話が途切れたところで、私たちは再び会議に戻ることにした。

 候補者たちのSNSを洗い直す。


「時田さんはFacebookで、自分の携わった作品の宣伝くらいしかしていません。

 後の二人は……日常も含めてかなり活発ですね」


 タブレットを見せながら言うと、佐藤が口を挟む。


「著名人の投稿って、そのまま信じていいんですかね? 時間とか場所とか」


「月代さんはプロダクションに所属しているタレントでもあるからか、多少ずらしていますね。


 でも天さんは……ほとんどリアルタイムのようです」


 私は天さんのXに投稿dstrys虹の写真を示した。


「今日の午後四時ごろ、私もこの一日で見かけました。この時間に虹が出ていたので、撮影してすぐ投稿したと考えていいでしょう」


 マイちゃんが頷いて口を開く。


「インスタは後投稿みたいですけど、Xは脊髄反射タイプですね!」


 Xを軽く見るだけで、天さんの一日の流れが浮かび上がる。


 朝は「酒のリセット」と称してしじみドリンクとコンビニおにぎり。


 午前中は土砂降りの風景と天気への文句。


 ELEVENタワーの事故現場の写真をアップして大騒ぎ。


 銀座で楽しむランチ寿司と日本酒。


 夕方には虹の写真。


 そして夜は三軒茶屋でクラフトビール。今はそのお店で知り合った人と盛り上がっているらしい。


 派手で、ガサツで、能天気で、危機感がない。


「随分おおらかな人ですね」


 土岐野が抑えた表現で評する。


「作風もそのままですよ。辻褄より勢い、豪快で大胆。……でも作品は最高に面白いんです」


 私は少し羨望を混ぜながら言った。自分のように細部を積み上げるのとは真逆の作り方だ。

 マイちゃんはスマホを弄りながら眉を寄せる。


「ちなみに……ELEVENタワーの投稿、プチ炎上してます」


 画面を覗くと、コメント数がじわじわ増えていた。


 《こういう写真をあげるなんて不謹慎》


 《野次馬根性がイヤ》


 《”心配♪”って何だよ》


 《被害者出てるのに笑ってんのか?》


 ーーーー


 ーーー


 ーー


 佐藤と土岐野は、炎上そのものよりも別の部分に気を留めたようだ。


「……現場に、彼女も居たんだ」


 それを聞いて悩むように眉を寄せる佐藤。


「言い方は悪いですが、貴方たちでなくこの方が巻き込まれてもおかしくなかったのでは?」


 佐藤の言葉に、私は首を振る。


「天さんが私の初版本を持ち歩いているとは考えにくいです。書店は七階なので、喫茶店とは五メートル以上離れています」


「近くだから野次馬的に行って、写真を撮った……というところじゃない?

 炎上も当然ですね」


 マイちゃんが冷たく言い放つ。その言葉に、私は苦笑するしかなかった。


「炎上しているのに、謝罪も削除もしていないのはどうしてなんだ?」


 土岐野が小さく呟く。


「バズってると勘違いしてるとか」


 マイちゃんが冷ややかに言い捨てる。


「遡ってみても仕事とかで会う人会う人を全部写真付きで載せているし……

 結構、周りに関係ない人が写っていても気にしないでアップしてしまう。

 ……ちょっと厄介で面倒くさい匂いがする人ですよね。

 天さんが来年のルーパーとなる可能性は低いですよね? ならば一旦置いて、他の二人に接触をはかりますか?」


 マイちゃんは不快そうに思いきり眉を寄せてそう言った。


「日廻さんと相談しなければならないけど、今年中に三人それぞれと接触して試すべきだとは思う。

 それに天さんがこういうキャラクターの人だと理解した上で接するなら、むしろいい距離感で関係をつなげられるかもしれないし」


 マイちゃんは小さくため息をつく。


「まあ命華と違って、こちらは普通に会話はできる人……なんですよね?」


 私は頷く…


「それは大丈夫。普通に挨拶はできたから」


 もし厄介な人なら、命華のように切り捨てればいいだけ。

 私はニッコリとマイちゃんに微笑んだ。



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